第9話
「強力かつコンパクトな石弓とそれを支える強固かつ組み立てが楽なやぐらね……奥様、現場を知らずに無茶を言ってくれるじゃないか。だが興味は沸いた。設計してみよう。城で今ある石弓を実験用に一つ解体したいんだが、構わないかね」
「クリストファー様に訊いてみないと解りませんけれど、昨日同じ話をしたら老兵のの方がばらしてみると言っていたので、それが使えればなんとかなると思います」
「こっちの下書きは――気球か何かかい?」
あ、あるんだ気球。はい、と頷いて私は二人に挟まれながら気球の下書きを出す。
「そのままでは矢で射られる可能性があるから、大きな鎖帷子のようなものを被せた熱気球です。竜の上を取れれば良いので、大きさはそんなになくても。現実性はあるでしょうか」
「鎖帷子って辺りが難しいね……鉄も青銅もそんなに余ってはいない。大体竜の上を取れるぐらいなら、普通の弓は届かないだろうから心配しなくても大丈夫なんじゃないかな。問題は飛んでいかないようにする事だよ。鎖か何かで二重三重に繋いでおかないと。それに布地。人を雇ってミシン掛けして、大変な作業になるよ、これは」
やっぱりそうだろうなあ、しょぼんとしていると、だが、とお髭の紳士風の人は笑ってくれた。
モノクルを指で押さえ、ニヤリと悪い顔。でも敵意は感じない。張り合いのある仕事に出会ったかのような様子は、私に期待をくれる。
「やってみる価値はあるな。一人二人乗れる物を二・三機用意すれば、竜の頭を取れるかもしれない。こっちは任されたぞ。石弓とやぐらはお前がやれ、アクセル」
「やれやれ、設計も楽じゃないんだがなあ。まだ魔獣もうろうろしているらしいじゃないか、この近所の森。木を切り出すのも大変だぞ」
「固くて曲がらない樫が生えていましたから、やぐらにはそれを使う事をお勧めします」
「木の特性まで調べたのか。勤勉なお嬢さんの言葉に、任されてやろう。バルタザール」
二人はニッと笑い合って、私を挟む。なんかあんまりガラが良くないぞ、この二人。おっとりしたお爺ちゃん、アクセルさんなんて奥様をお嬢さん扱いだし。否まあ私は厳密には奥様ではないから良いのだけれど。ぴっちりした髭に眼鏡のバルタザールさんは立ち上がって、さて布地集めだ、と出て行く。アクセルさんは紙を出してさっさっとペンで設計図を描き始めた。やぐらのものだろう。太い足と細い梯子、分厚い天板のような上はやっぱり組む木が太い。
「なるべく持ち歩きやすして頂きたいんですが……」
「これは初稿だよ。ここから段々削っていくんだ。それが終わったら実際木を切り出して作ってみる。兵の体力とのバランスを見て、また削る」
「なるほど」
「お嬢さんの気球だって大きなものを想定していただろう? だが熱気球はそんなに大きいと中々飛べない。小型にしていくつか飛ばした方が効果的だ。ここに来て頭を取られるとは連中も考えていないだろう。良い案だよ、お嬢さん」
「グレタです。お嬢さんと言う歳ではありません」
「失礼、グレタ。よし、とりあえずはこんな感じで行こう。さて、じゃあ石弓をばらしていると言う奴の所に行ってみるか。どうせエーギルの奴辺りだろう、そんな元気者は」
エーギル。そう言えば昨日の傾聴にそんな名前を書いた気がする。あのお爺さんだ。年嵩は確かにこの二人と、同じぐらいだろう。武器設計士と兵士。切っても切れない関係。なるほどと納得して、私は立ち上がったアクセルさんについて行く。石弓の位置は知らないから、取り敢えず後ろをカルガモのように歩いて行った。
重い木戸を開け城の外階段に出ると、踊り場で石弓をばらしているエーギルさんにかち合う。こちらに気付いた彼も、アクセルさんの顔を見てにやりとした。悪い。悪い老人三人組だ。でも頼りにはなりそう。
「ばらす手間は省いておいたぜ、アクセル。さてこの石弓、どうする?」
「破傷風狙いなら矢は小さくして良いだろう。そうすると全体の大きさが大分省ける。勿論反動もだ。しかし元々城の防衛兵器、反動は最初から考えられていないものだ。軽減させるとしてもどうしたものか」
「木のしなりを利用するのではなく、ゴムを使ってみてはいかがでしょう?」
「ゴム? ああ、雨合羽なんかに使うあれか。防水性は高いが、そんなものでどうにかなるのかね? グレタ」
「これ、奥様と呼ばんか。失礼じゃぞ。もしくは看護師さんじゃ」
「なんじゃ医術にも明るいのか。マルチじゃのー」
「その経験から言うと、ゴム紐で腕を縛って血管を浮かせることが出来ます。そのぐらいにゴムは強いし、柔らかいです。柔らかいと言う事は壊れにくいと言うこと、ですよね? アクセルさん」
「そうだな、グレタ。なるほど、ふむ、パチンコの要領を大きくしたようなものだしな。その手は使えるかもしれない。わしはちょっと町に行って調達してくるよう頼んで来るから、それ以上はばらすなよ、エーギル。試作品にはなるべく手を付けたくない」
「へいへい、アクセル。看護師さんや、あんたの湿布で打撲は大分よくなったよ。ありがとうな」
「あ、いえ、それは私の仕事ですので」
「しかし大変な所に来ちまったなあ。クリストファー様もお忙しいし、城は薬臭いし、慣れていなければぶっ倒れちまう所だぞ」
「……私は看護師ですから、慣れています」
「どっから来たんだい」
なんでこの人は動じてないんだろう。ちょっと謎に思いながらも、私は日本と言う国です、と応える。ほ、と目を見開いたエーギルさんは嬉しそうにけらけらと笑って見せた。
「わしはスイスじゃ」
「え?」
「アルペンホルンとか知らんかの?」
「え、えええええ?」
「わしも転生者じゃ。十歳の頃に十七で事故死した記憶がよみがえってな。最初は苦労したもんじゃが、士官学校でバルタザールやアクセルと会って意気投合し、以来兵士一筋じゃ。いや登山鉄道の件では日本に助けられた、こんな所であんたに言うのもなんだが、ありがとうなあ」
「あ、箱根の、行ったことある……って、結構多いんですか? 転生者って」
「隠しておる奴もいるだろうしなあ。突然人格が変わったようになったらまず記憶が戻った事を疑うようにしていたが、あんたはその辺り解り易かったの」
「思い出すと頭の痛い事ばかりしてます、グレタ……」
「ほっほっほ、それを楽しむのも転生者の醍醐味じゃて。わしもアクセルやバルタザールには言っていないしの、こんなことは。頭がおかしくなったと思われるのが関の山じゃ」
「確かに昨日からずっとクリストファー様にそんな目で見られています。メイドさん達にも。本当グレタどうなってんだよって感じです」
「ふっふ、しかし辺境伯夫人とは、お前さんは前世で良い事をしていたのかもしれんな」
「良い事? 前世で?」
「ま、この世界は向こうの天下り先みたいなもんじゃ。偶に記憶の戻るものもいるが、それだけで、今生は今生で生きて行かねばならん。自分の力で。それが少し楽だと言う事は、お前さんには徳があったと言う事じゃよ」
まあ看護師として何人もの命を救ってきた自負はあるけれど、駄目だったこともある。それにそんなだったらお医者さんとかが領主や貴族に生まれるんじゃないだろうか。まだまだぺーぺーの看護師である私がこんな所に飛ばされた理由。やっぱり、適度に働ける看護師だからなのかもしれない。医者ほど徳も無く、病棟を歩き回るのに慣れている。
そう言えば今朝は傷病兵の見回りが出来ていないんだっけ。丁度暇になったところだし、行ってみるか。看護師して来ます、とエーギルさんに背を向けて、私は重い木戸を開け、城の中に入る。途端に温かく感じた。冬の初めだから仕方ないけど、あんなところでシャツ一枚で石弓ばらしてたエーギルさんは生前何者だったんだろう。スイスって国民皆兵の国だから、その頃の知識があるのかな。
取り敢えず私は病室に向かった。幸い傷が熱を持ったり悪化したりしている人はいなくて、みんな改めて水で傷を清められ、ワセリンと油紙で手当てされている。中には、こんなに治りが早く感じるのは初めてだ、と言う人もいた。まあそう言う事もある、と言う事で私はその場を離れ、三人で武器の考案を行っていた部屋に戻る。バルタザールさんはまだ戻っていないようだった。
竜の上を取ったとして、どうやって攻撃しようかなあ。考えながら私は、武器の本を見る。大きなモーニングスターみたいなものでもあれば良いんだろうけれどな。下の仲間には当たらず帰って来る。まあ大きな岩をぶつけるので精一杯だろう。仲間が巻き込まれない戦法と言うのは中々難しい。
あ、ガソリンぶっかけて火を点けるとか、軽くて楽じゃないかな。産油地域だし、ここ。ぽんっと手を叩いて我ながらの名案に、私はにっこり笑ってしまった。
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