7.大願

 しばらくして森の入り口にマリーヤを乗せた馬車がやってきた。後ろにもう一台、馬車が続いている。凍える空気を日が少しずつ温めて、ようやく胸の内が和らいで来た時だった最中に現れた恩師の顔を見て、皆少しも笑わなかった。

「話は聞いた……ご苦労だったな」

「……」

 メドはマリーヤを見据えながら、口を閉ざしていた。

「どうした、メド。疲れたのか」

 メドが立ち塞がるようにそこにいるのを見て、楽団員達も黙りこくる。

「先生、お話ししたいことがあるんです」

「……良いだろう。しかし急ぐな。疲れているんだろう」

 甘く優しい声がメドの背中を撫でる。いつも温かい風のように思っていた彼女からの言葉が、今は泥のように身体にまとわりつくような気がして総毛立つような気分がした。

「……」

「帰ったら必ずだ。さあ、馬車に乗りなさい」

 有無を言わさぬ声にメドは押し黙る。やむなく従って馬車に乗り込んだ。それに仲間たちが続いていく。いつもはすぐにメドの横を選ぶルサルカはなかなか前に進んで行こうとしない。立ち尽くすルサルカの目の前にマリーヤが立つ。

「ルサルカ。これを」

 マリーヤは彼女の手のひらに一片の包み紙を手渡した。透けて見える中には、粉薬が溢れそうなほどに詰められている。

「薬が切れる時間だろう。飲んでおきなさい」

「はい……先生」

 ルサルカは手のひらをじっと見つめ、詰襟の胸ポケットにそれをしまった。ルサルカはメドとは別の馬車に乗り込んで、全員は帰路についた。


***


 楽団の拠点に戻ってすぐにメドは気絶するように眠った。サージェントに見せられた記憶の整理と、マルブエルの操縦で酷使した脳を休めることを身体が優先していた。

 意識が戻ったのは一日が終わるころだった。飛び起きて窓を見る。夕立が降っている。遠い西の空はオレンジ色に包まれているのに、気味の悪い雨雲が楽団の拠点の空を鈍色に染めている。メドは自分の身体がしっかりと動くのを確認して、ベッドから降りた。姿見には皺ついた制服姿の自分が立っている。帰ってくるなり着替えもしなかったことを思い出す。だが悠長にはしていられない。メドは前髪を後ろに流して寝癖を整えると、部屋の外へと飛び出した。

「早く、先生のところに行かないと……」

 油断していた自分を責める。寝こけている場合ではなかった。マリーヤの研究室を目指す。

 病棟に向かうために通りかかった食堂は静かだった。時間を考えれば夕飯の支度を始めているはずだ。だが当番の子供の姿も、明かりもかまどで薪を燃やす匂いもしない。冷え切った空間。メドは方向を変え、寮の部屋を巡った。

「おーい、誰か返事してくれ! いないのか!?」

 やはりそこにも誰もいない。全ての部屋の扉をノックして、ドアの部を開いた。内向的な子供達に限って、全員が一斉に出払うなど稽古の時間でもない限りあり得なかった。第一にして楽団は事件を受けて稽古を取りやめている。誰もいない状況など、起きるはずがない。

 全身から汗が噴き出る。寮の玄関を飛び出し外に出た。激しい雨の真下、マリーヤがメドを待っていたかのように立っていた。白衣のポケットに手を入れて、その髪に雨粒を滴らせていた。

「遅かったな。寝坊助」

「先生……みんなはどこですか?」

「まだ少し時間がある。お前が話したがっていたことを今ここで話そうか」

 マリーヤはメドの問いには答えずに、玄関前の柱に身体をよりかからせた。

「……」

「どうした? 何か言いたいことがあるんだろう?」

「それより先にみんながどこに行ったのか、教えてください」

 一文字に結んだ口元が一向にメドの問いかけに答えようとしない。まるでメドの言葉など聞こえていないようだった。

「なんだ。言い出しにくいようなことなのか」

 メドに詰め寄って問いかける彼女はメドがよく知る恩師の顔ではなかった。にたにたと口元を歪ませながら笑う目の前の女は、ただひたすらにメドの恐怖心を煽った。

「ルサルカに聞いたよ。パナシアに会ったそうだな。会ってどうだった?」

 メドは息を呑んだ。何を言えばマリーヤが納得するのかを考えた。

(……あれ)

 そう考えようとする自分に違和感を感じた。自分は真実を明るみにするべく彼女との対話を望んでいた。にも関わらず機嫌を伺おうとする自分の姿勢に疑問を抱いた。頭を支配していた黒い影が取り払われていく。メドは意を決して口を開いた。

「貴女がパナシア……サージェントの家から大切なものを奪ったと」

 マリーヤは少しの間黙った。雨粒がその頭の上で弾けていく。それがたまらなく滑稽に見えた。

「大切なものというのは、心臓のことか?」

 メドの胸に手を伸ばす。ノックをするように左胸を叩いた。その手を冷静に押さえつけて下げさせる。

「じゃあ、僕の心臓は本当にタンバンではないんですね」

「ああ、そうだ」

「貴方がそんなことをした、意図が知りたいんです」

「なんだ。そんなことを知りたいのか」

 棘のついた女の声がくつくつと笑う。明らかに侮蔑の意を含ませながらゆるく丸めた手のひらを叩き合わせた。ちくりと胸が痛む。描き続けてきた先生の姿がやはり虚像だったと、思い知らされた。

「サージェントというのは私の中では愚かな存在だ。命を救うタンバンの存在を知りながら、それを世に伝えない。その方針も彼を盲信する家族も私には馬鹿らしくてな」

「……」

「私は秘密裏に研究を進めた。私だけの研究。期待通りの成果が上がった時に私は震えた。この技術はこの世界を大きく変えると確信付けば、もうあの研究所にいる必要はなかった」

 淡々と語るその目が雨空を見て恍惚としたものに変わっていく。論に熱が入ったのか、マリーヤの声は次第に大きくなっていった。

「一体、何の研究を……」

「タンバンの本質は物を自在に生み出すことではなく同じ物質を自在に操ることだ。バラバラなものを統率する力。お前たちが媒介装置と呼んでいるのがその力だ。それがあると知りながらサージェントは私たちに口約束しかしなかった。その半端な精神ではダメなのだと、サージェントの言いつけを守る『良い子』の姉に教えてやることにした。お前はその過程で手に入った、単なる見せしめの道具だ」

「そんな……」

「もっとも、彼女たちに思い知らせるのが私の目的ではない。この技術の世界で最も尊い使い道を、私は世間に知らしめたい」

「それが僕らの手術ですか」

「いや違うな。一つや二つ、十や百の命を救うなど世界から見れば大した価値はない。それで世界は救われない」

 玄関の前に立つメドを直視してマリーヤは断言した。その視界に入っているであろう数十人の靴箱の数。それを無価値だと言われた。行き違いの甚だしい現実にメドは目を覆いたくなった。

「人は憎しみ合い殺し合う。そうやって命を杜撰に扱えば、巻き込まれた人間も命を失う。そんな間違った世界を変えるには人間の根本を覆すしかない。全ての人間が同じ思想で一つの方針にさえ従うことができたら、そんなことは起こらなくなる。タンバンの本質がお前たちのような子供を世界から無くすことだってできるんだ」

 メドに彼女の理論は理解できなかった。自分たちが信じてきた存在がそんな道具に成り下がることが、メドには耐えられなかった。

「それを人は征服というんです……!」

 彼女が背にする柱を叩く。怒りに震えるメドを至近距離からマリーヤは嘲笑って見ていた。

「まるで私を悪役に仕立てあげたいようだね」

「自分が正義だと言いたいんですか!?」

「もちろんだ。私は正義で、その名の元でタンバンとして支配する力を確立する」

「貴方が間違ってる! 絶対に!」

 自分の言葉を真っ向から否定するメドをマリーヤは冷たく白けた顔で見つめた。

「そうは言うが、私をいつも正しい正しいと言っているのはどこの子供たちだ?」

「え……?」

「お前だけは少し違うようだけどね。サージェントの魂を受け継いだお前だけは。復元元の心臓を生かしておいたのだけが私の失態だ」

 マリーヤは組んだ足を元に戻すと白衣のポケットから、包みに巻かれたキャンディーを取り出す。紙のちりちりとした音が雨音に紛れる。砂糖を塗した下につるつるとした飴の照りが見える。下の子供達がみんなで作っているやや焦げた飴の色だった。それを自分の口に放り込んだ。

「良い子供達だ。親を亡くしても病気になっても、私の元で逞しく生きてくれている。私にとって最早かけがえのない存在だ」

「……どの口でそんなことを」

「言っているだろう。全ては彼らのような子供たちがこれ以上増えないようにと。だから……すでに手遅れの彼らには、この先にその危機を防ぐべく、盾となってもらいたい」

「何を……」

「この世界と全てを統べる者を繋ぐ」

 マリーヤの歯が音を立てて飴を砕く。ごりごり、ごりごりと耳を塞ぎたくなるような音が嫌に響いてきた。その時、雨が静かに上がった。遠くへと流れていく雲の下は、太陽が姿を消す直前だった。夕闇の下、地上を照らす光が現れ始める。目の前に見える丘に光が集っている。見たことのない光景だった。メドは怪訝に目を凝らす。

「着いてきなさい」

 マリーヤはメドを一瞥して丘へと向かっていく。メドはその背中を追いかけた。丘が近付くにつれ、燃えるように発光する光に視界が奪われていく。その明かり一つ一つを抱いているのが、楽団の子供達だった。

「みんな、遅くなったな」

 マリーヤが声をかけると。光を抱えた子供達が一斉に集まり出した。子供たちはメドを囲んでじっと目を凝らす。彼らは一言も言葉を発しない。少女が一人、前に躍り出た。トロンボーン班のあの少女だ。メドをじっと見上げていたかと思えばその身体を強く押した。それに合わせて子供たちがメドに向かって雪崩のように迫る。足元を滑らせ、低くなった姿勢で見る子供たちはメドの知っている彼らではなかった。判を連ねたような同じ笑顔でメドを押し潰さんとする。

「みんなっ……? 先生、何をッ!?」

 メドは子供達に揉まれながら、マリーヤを疑って睨みつける。彼女は片頬で笑いながら首を横に振った。

「何をしているんだ。早くしなさい」

 少し厳しい口調になってマリーヤが叱れば、子供達は突然興を削いだようにメドの元を離れていった。丘を当分するように縦に二列で並び向かい合う。子供達は頭を下げて目を伏せた。手に持った光を大事に抱えると、その唇で歌い出した。稽古前に音出しで吹いていたソナチネだった。それぞれが音を分けて、いつもと変わらぬ合奏がささめくように歌い上げる。

 その音に引き寄せられるが如く、丘の向こうから白い綿毛のような影が現れた。ゆらゆらと足取りは覚束ないままにやってくる。白いコットンを水溜りの上で跳ね上げて、音に合わせて軽やかに歩く。花冠にくくりつけた髪のた弛みがふわりと揺れ動く。

「ルカ……?」

 初めてシェリを見た時を思い出す、その生気の無い青白さにメドは戸惑う。彼女はメドの視線に気が付くこともなく、子供たちが作った花道を辿った。規則的にただ真っ直ぐと進む彼女は薇仕掛けの人形のようであった。その行き着く先に、マリーヤがいる。マリーヤはやってきたルサルカを見て歓喜に満ちた。彼女の手を取り、その両手の指先にキスをする。

「立派な姿になったなルサルカ。私の見立てに狂いはなかった。お前の心臓こそ私が求めた傑作品だ」

「……どういう、ことですか」

「彼女はもとより、私の計画のために連れてきた。彼女に薬はよく効いたよ。おかげで私を求め、楽団の繋がりを密に働かせるようになった。優しいルサルカには世界を包む才がある。ルサルカを起点にエウリピたちはこの世界と私を繋ぐ媒介となるのだ。そうして私たちはこの世界の苦しみを一挙に解き放つ『デウスエクス・マキナ』となる!」

「!」

 ルサルカの身体はマリーヤの腕を支柱にぐったりと折れている。彼女に意識はない。今まさにマリーヤに野放図にされるその姿を前にして、メドは無意識に動き出していた。心臓が激しく発光し始める。

「ルカを離せ!」

 力を込めて振り上げた右腕にマルブエルの槍が現れた。柄が手に馴染むのを感じて、メドは遠心力でパナシア目掛けて槍を払った。だが届かない。立ち塞がったのはあたりにいる子供達だった。

「なっ……!」

 そのまま押されて倒れ込めば槍は無惨に砕けた。子供達がメドを睨みつける。

「これがお前の成果だよメド。お前は団員の羨望の眼差しを恐れた。ルサルカは引かずに受け止めた。お前は世界を救う真の特別にはなり得なかった……同じ道を歩いておきながら、グズでガキのままだった」

「貴方の言う力がそんなに尊いんですか!? ルカが本当にそれを望んでいると思っているんですか?」

「ああ。もちろん。お前には分からないだろうがな」

 マリーヤの嘲笑が止む。心底失望したと言いたげに蔑みの眼差しを最後にメドから目を逸らす。ルサルカを抱いて、マリーヤは丘の頂上へと歩き始めた。

「っ待て!」

 メドの周りを子供たちが阻む。子供達に手をあげることなど到底できず、次第にそのまま埋もれていってしまう。もがく手足を押さえ込まれ、息する場所も奪われる。このままでは圧死する、目が眩みかけたその瞬間。

「メド君!」

 風を切って現れた声が、メドの手を掬い上げる。引っ張られたその腕は子供達の波から救出され、宙に浮かんだ。メドを救出したのはマルブエルと、それに乗り込んだシェリだった。

「大丈夫かい!」

「シェリ!」

「よく見ろ、俺たちもいるぜ!」

 辺りを見回せば、マルブエルの上にディルとスプラウト、エケベリアの姿があった。

「みんな……!」

「シェリさんの指示でマルブエルに隠れていたんだ。みんな先生の指示に従って様子がおかしかったんだけど、僕らだけは平気で」

 スプラウトが首から下げた媒介装置を翳す。全員が同じようにメドから分けたものを携帯していた。

「多分これのおかげだ! 俺らはお前に着いていくぜ!」

「……ありがとう!」

 絶望を一挙に振り飛ばす、希望的な存在にメドは胸の内に込み上げるものをなんとか堪えた。メドを体内に引き上げると、フロントガラスに向かってエケベリアが激しく拳を叩いた。かつて見たことのない鬼の形相でメドを睨みつけている。

「絶対……取り返しますから」

 内部へとくぐもって聞こえるその声の怒り様は明らかだった。鼻息荒く憤慨する彼女をスプラウトがすかさず宥める。

「落ち着いて。それよりあれを見て」

 スプラウトが指差す方向で子供達の光がルサルカを囲んで照らしていた。光を掲げた彼らはその光が浮き上がると同時に体をぐったりと倒れ込む。

「なんだ……!?」

 マルブエルの中から目を凝らす。光はルサルカを包み込むと、彼女の体と一本の糸で繋がった。蜘蛛の巣のように張り巡る中心部でルサルカの身体が逆さになって宙を漂い始めた。楽団から高く高く遠のいていくと、より離れた彼女めがけて光が集まり出した。朧げな薄紅の灯火が満ちていく。タンバンの光がこの街を覆い始めた。

「あれがマリーヤ先生が、やりたかったこと……」

「なるほど、随分と人の心がないじゃないか」

「どういうことだよ」

 焦るディルの手元の媒介装置をシェリが指差す。

「今ルサルカは子供達にとってそれと同じ存在になっている。タンバンを手繰り寄せられた子供達は、今は彼女の手中になっているはずだ」

「じゃああれはあいつらの、心臓の光……」

「でもそれなら街からも光が現れているのはどうしてです? 楽団以外でタンバンを持つ人間なんて……」

「キャンディーだよ。先生はルサルカと国中の人間を結びつけるために、あれを流通させたんだ」

「なんだって……!?」

「信じたくないよな、そんなこと」

 メドは奥歯を噛み締めてシェリからマルブエルの操縦を引き継ぐと空中へと浮上した。その意思が仲間たちの媒介装置に強く反応する。メドの力が仲間達に流れ出す。一人一人の体をマルブエルと同じ鎧で包み込んでいく。

 全員が背中を覆うその剛石が宙を踊るための翼を授けた。そして、耳に装着したタンバンが無線の役割となり、外にいる仲間たちの声が聞こえてくる。

「おいおい……なんだよこれ」

 引き気味にディルが笑う。その一方で確かな高揚感を口元に浮かべていた。

『僕はいいと思う。団長のこの、むちゃくちゃな想像力』

『まあ、先輩を助けに行くのにそれなりの格好っていうものがありますからね』

 顔を見合わせたスプラウトとエケベリアが笑い合う。二翼が先行してルサルカの身体の周りを旋回した。

『で、どうするんだよ』

「原理はこの媒介装置と同じはずだ。親役のルサルカを止めさえすれば、送受も収まる」

「シェリ、ルサルカを止めるって言うのは」

「……可能性は、いくつかあると思う」

 ルサルカを見つめるシェリの横顔は少し険しい。唇に指を置いて慎重になっていた。

「まずはあの状態のルサルカと意思疎通ができる場合。みんなで彼女に訴えかけて、彼女自らあの装置を停止してもらう……だけど可能性は極端に低いと思う」

『なんでだ?』

「実際に引き起こしたのはルサルカじゃないだろう? 強い意志の介在がある。それが二つ目の手段だ。話し合いで解決するか、武力行使に及ぶか、やってみないと分からない」

「先生を止める……」

 そう容易く止まるような人間でないことは十二分に理解していた。だからこそ、シェリの提案する武力行使という言葉に怖気付いた。簡単に切り捨てられるほど、楽団とマリーヤのつながりは薄くなかった。あれだけの言葉を連ねられたメドでさえ、彼女への温情が潰えたわけでは無い。それを見たシェリが静かに立ち上がる。

「少し私に時間をくれないか。マリーヤを止める算段がある」

「どうするんだ?」

「……君たちには、少し頼みにくいことだよ」

『おい、嬢ちゃん……!』

 ディルが焦燥に駆られるまま口を開く。シェリは舌を打ってディルの言葉を遮った。

「命を脅かすような真似は誓ってしないよ、大丈夫! いいだろう、団長?」

「……僕は団長だ。決意が固められていないようじゃ示しが付かない。僕も、やるよ」

 力強く、自分を鼓舞しながら言う。握った拳にシェリの視線が当たる。シェリは自分の髪を一束にまとめると、先んじてマルブエルのフロントガラスを解錠した。

「君の決意はよく分かった。だから私が失敗した時は、メド君。君に託すよ」

「シェリ!」

 清々しく笑った彼女の笑顔だ。だのに心は不安を包まされる。乱風の走る外へ彼女のつま先がはみ出る。

「それじゃあみんな、健闘を祈る。またね」

 曲げた太ももを強く引き伸ばすと高度に躊躇わずに外へ飛び出した。括った髪を激しく振りながら、後ろを向いたまま手を振った。その腕を掴むように、黒い傘の柄が現れる。風に乗りながら傘を支えに降りていった。

「……僕たちも行こう」

 メドはシェリの決意を尊重し、マルブエルのフロントガラスを再び閉めた。光の糸を迂回しながら進むマルブエルに、三人も追従する。目指すはルサルカの元だった。


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