5.母
人里から大きな川を挟んだ森の奥。巨大に成長した木の葉に隠れて日差しもまともに浴びれない、湿った土地があった。ぬかるんだ地面に囲まれた土地の端に、ひっそりと小さな廃屋があった。薄汚れた窓がわずかに開き、生き物を寄せ付けない強い香が外まで立ちこめる。その部屋にいた女が、音も立てずに窓を閉める。
女はゆっくりと立ち上がり、家の中にある地下に続く階段へと向かった。地下に続く螺旋階段は淡い光に包まれている。タンバンが発する薄紅色の輝きだ。鉱石を削り出して作られたその壁を伝いながら、階段を降りていく。
女は鼻歌を歌いながら、最下層に辿り着いた。目の前にある鉄格子にゆっくりと顔を近づける。
「おはよう、シェリ。目が覚めた?」
甘ったるく調子をつけた言葉をシェリは睨む。凄んだ彼女の表情を見てもなお、女は笑っており、それどころか一層うっとりするように頬を蕩けさせた。格子に触れる手付きが甘くなり、じっくりとその縁をなぞった。懐からキセルを取り出すと、おもちゃのように指先の上で回し始める。
「久しぶりの家はどう?」
「……」
「随分と遅いから、お母さん探しちゃったわ」
その言葉通り、母性に満ちた表情で笑顔を作るのに対して、シェリは少しも表情を変えなかった。
「貴女をお母さんだと思ったことはないよ。パナシア」
「……」
〈パナシア〉は片頬を押さえてため息を吐く。煙った息がシェリの方へと漂ってくる。彼女はわざとそれにむせてやった。
「もう、そんなこと言わないの。シェリ、貴女は私の唯一の家族なのよ」
「家族……こんなことをして? どの口が言うんだか」
シェリは後ろ手に組んだ腕を振る。その手首は一束にまとめ上げられて身動きがほとんど取れない。
「それは躾。シェリ、貴女は賢い子。自分が何をしたのかが分かれば、意味くらいはわかるでしょう」
「貴女のエゴには、もう振り回されない」
内側に湧き上がる苛立ちを押し殺して、精一杯笑顔を浮かべた。それを見て、パナシアの目つきが変わる。
「呆れた……外の世界でどんな悪影響を受けてきたのかしら」
「悪影響? ははっ何を言っているんだい? 私が出会ったのは『天使』だよ。貴女がずうっと探していた天使様ご本人。彼の啓示に従って、私は貴女に謀反を起こしただけだよ」
「静かになさい」
パナシアがキセルを格子に打ち付ける。シェリを見つめる目は鬼の形相に変わっていた。我が子と呼んだ存在を見つめる視線では到底ない。深い怒りと嫉妬に満ちていた。
「あなたに彼を見つけ出して欲しいなんて、私はお願いしていないわ。勝手なことをしておいて、子供が偉そうに……」
「そんな子供のために、宰相の長子まで利用したんだろう? わざわざ国に喧嘩を売るような馬鹿げたことをした時点で、貴女の作戦はどう転んでも終いだよ」
シェリがそう言い切るよりも早く、パナシアはキセルを投げつけていた。けたたましい音が、この地下空間に反響する。
「……失敗したりしないわ。今日、もうすぐ、全てが完成するもの」
そう言い放つとパナシアはわざと靴底を鳴らしながら、階段を引き上げていった。かんかんと響くけたたましい音がようやく地上まで帰ったかと思いきや、今度は上から怒鳴り散らす声が聞こえた。
「あんたのさっきの言葉、絶対許さないんだから!」
ヒステリーを起こして吐き捨てたセリフの反響が静まって彼女の気配が完全に途絶える。シェリはようやく息を吐き出した。それと同時に背後で衣擦れがしたので振り返る。
「……ここは、どこだ?」
「おはようアンゼルム殿。残念ながら悪夢のような場所さ」
シェリは心底同情していた。アンゼルムの顔は青白くあまり良くない。その瞳が薄く黄緑がかったのを見て、シェリはますます落胆した。
「貴方も災難だったね。薬を盛られたんだろう。薬で思考を操る……悪人の常套手段さ。身の回りで悪いことをしそうな人間に心当たりはあるかい?」
「さあ……私は平和主義でね。恐ろしいことには首を突っ込まないようにしているんだが。街の女性には恨まれることをしているけども」
この男とパナシアがどんな関わりを持ったか、一瞬想像してシェリはげんなりとした。
「それは仕方がないね……水を少し飲んだほうがいい」
シェリは徐ろに立ち上がり、自分の髪のタンバンを鋭いナイフに変化させた。そのナイフで髪を切り、落ちたナイフを拾って手首を拘束する綱を切った。部屋の隅に不恰好に取り付けた蛇口を捻り、手の先にタンバンで器を作ってそこに注いだ。アンゼルムの目線は、彼女の指先で繰り広げられる奇跡の芸当へと一心に注がれている。
「汚い水じゃないよ。私が上の水を無理やり引かせて作った水飲み場だからね」
アンゼルムの手枷をナイフで切り落とし、水の入った器を手渡す。手のひらに持ったその器の感触を確かめるように、アンゼルムは指先を動かす。
「驚いたな。これがエウリピ楽団の力か」
「厳密にはタンバンの力だけどね」
アンゼルムが水に口を付ける。それを見ながらシェリはナイフを髪の毛に戻した。柔らかい羊毛色の毛の中に鋭利な刃は隠れて消えていく。
器の中の水を一気に飲み干すと、アンゼルムは息を吐いた。
「……あまり記憶がないんだ。何がどうなってる?」
「私にも分かることと分からないことがあるんだ。いろいろ話して教えて差し上げたいところだけど……一旦ここから出ることを考えようか。こっちに私が掘り進めた隠し通路があるんだ。着いてきてくれ」
シェリは口元に人差し指を当て、蛇口の前の壁のレンガを叩いた。奥からタンバンの光が溢れ出る、隠し通路が現れた。
「……なぜ詳しいんだ?」
「ここでの暮らしは長いんだ。地下の奥深くの部屋はいつだって私の専用スペースなのさ。さ、あいつが戻ってくる前に行こう」
先に中に入り込んだシェリはアンゼルムに手招きする。随分と狭いその道をアンゼルムは身を屈めながら彼女に着いていく。
***
同刻、追跡によって黒鳥が逃げた森を特定した軍は総出で首謀者を探していた。楽団は軍に混ざって、マルブエルを置ける場所に待機させられていた。マルブエルの残骸は軍に運び出してもらい、それを材料にここで再構築を行う。
頭の中にある設計書を追いながら、黙々と作業を進める。一通りのパーツが揃ったところで、メドは全員に話しかけた。
「なあ、みんな。僕、一人で行ってきてもいいかな」
「はぁ!? んなの認めるわけねえだろ」
ディルがメドの頭を小突く。突き立てられた中指の関節がつむじに刺さる。
「痛……」
「ディルさんの言うとおりです。メド先輩はバカなんですか」
「そこまで言わなくても……」
仲間の言い分は分かっていた。だがマリーヤとパナシアの関係がどうにも引っ掛かっている。マリーヤを純粋に信じている彼らを連れていくことに嫌な予感が続いて仕方なかった。指を落ち着かなく動かしてまごまごとしながら、なんとか説得を試みる。
「理由は後で説明するよ。だけど、今は……ちょっと言えない」
「んだよそれは!」
「はっきりしてくださいよ、そう言うところですよ!」
よってたかって非難するディルとエケベリアにメドは完全に頭を抱えた。その時、膝を抱えて座り込んでいたスプラウトが小さく手を挙げる。
「本来だったらもう養護院に帰ってる時間だよ……きっとみんな心配してる。先生も……だから、この中の誰かが楽団に報告に行くべきだと思う」
「……誰が行くんだよ」
「団長のタンバンを持たない僕が適役かな。向こうに報告してまた戻ってくる。ディルとエーチェは軍の待機班に混ざって万が一の時の第二陣として残るのがいいと思う……だから、団長と行くのは副団長一人だ」
スプラウトがルサルカに視線を向ける。ルサルカは皆を見渡しながら、服の裾を握った。
「メドは、いいの?」
「……楽団のことを考えたら団長も副団長も前線に出るのは、僕は気が進まない」
「そう? 団長は意外と暴走すると手が付けられないから、冷静でいられる誰かが近くにいた方がいいと思うんだけど……っていう僕の見解」
ぎゅっと膝を掴んだスプラウトが暗に先ほどの騒ぎを指摘しているのだと気が付く。反論の余地は無い。スプラウトの提案に甘んじて、ゆっくりとルサルカに視線を向ける。
「……着いてきてもらっていいか。ルカ」
メドの言葉に息を呑んで、ルサルカが立ち上がる。彼女の立った場所に静かに風が吹きつけた。
「一緒に行くよ。私たちは二本柱だもん」
手のひらを差し出そうとして、その形を拳に変える。メドはどの小さな手にそっと自分の拳を突き合わせた。その時、周囲の軍人たちが騒がしくなってくる。知らせを持って近づいてきた伝令係がその一体に向けて声をかけた。
「潜伏場所と思われる小屋を発見した! 突撃準備に入る!」
その場の空気が一転する。冷たく吹く風が一層強くなった。楽団は急いでパーツを組み上げてマルブエルを完成させる。メドはルサルカと共に、すぐさまマルブエルに乗り込んだ。メドは前後に二人分の座席を作り出して、ルサルカが座れるように体内を加工した。
「……メド、前より器用になった?」
「そうかな」
「うん。シェリの設計なしで自由に作れるなんて……」
メドは自分の手のひらを見つめる。その指摘が少し気がかりだったが、今は優先するべきことに向き合った。
準備のために接続を試みていると、そこへ曹長が現れた。
「最前線に出てもらえるか。その機械人形の身体で、潜伏場所に強襲を仕掛けたい」
「……分かりました!」
緊張の色が濃くなる。この場の重圧も、先ほどよりもずっと重く苦しい。
「ルカ、大丈夫か?」
「メドこそ」
「……何かあったらすぐに脱出できるようにするから」
「大丈夫。私、メドがいれば怖くないよ」
そう言って笑う彼女に心をほぐされつつ、すぐに歯を食いしばった。視界の端で軍人の合図が出される。彼らの剣が突き上げられた瞬間、メドは一気にマルブエルを加速させた。廃屋に向かって突撃する。その勢いが体内にまで及ぶ。
「ッ……」
「ルカ!」
「大丈夫!」
マルブエルの体は扉を破り、食い込んだ頭部で屋根を破壊した。衝撃と同時に濃い紅色の結晶が散らばった。
「この家、タンバンでできてるの……?」
「そうみたいだな……」
慎重に周囲を見渡す。マルブエルのタンバンの輝きにさらされた廃屋の中には誰もいない。全員が周囲を探っていると、空から巨大な影が差し込んだ。わずかに見える月の光を塞いで現れるそれは、やはりカーチャだ。
「来たか!」
メドはマルブエルの槍を抱え、地面から高く飛び上がった。その勢いのままにカーチャの体を貫く。敵は力無く翼を下ろした。呆気なさに違和感を感じた次の瞬間、
「メドっ! 下!」
ルサルカの声で視線を落とすも一歩遅く、そこは無数の黒鳥の海と化していた。重力に引きづられて、マルブエルが落ちる先、カーチャの嘴がマルブエルの半身を抉った。
「まずい、」
足元を取られ、もがくが徐々に食われていく。ルサルカ諸共、このまま飲み込まれてしまう。その危惧が、恐怖が、メドに打開の手立てをイメージさせた。
「こんなところで!」
メドの手を通してマルブエルの体内が電気を帯びる。身体がマルブエルに引っ張られるようだった。
「うが、あああ!」
「メド!」
声をあげて自分を保つ。それと同時にマルブエルに送ったイメージが現実のものとなった。馬の半身を切り落とし、人型の胴体から新しい二本の足を出現させた。
「え!?」
ルサルカがメドに聞くより早く、マルブエルは群れの底に入り込み、その足元から槍を薙ぎ払った。群れが一斉に空に打ち上げられる。再び露わになった家屋の中に人間がいた。白衣の女が、気味の悪い笑顔でマルブエルを見つめている。
「あいつだ!」
メドは女に狙いを定める。その小さな的めがけて槍を放とうとした。だが一瞬躊躇う。彼女は人間だ。タンバンの機械人形ではない。その瞬間に、女を守るように再びカーチャが姿を現した。
「どうする……拘束させるか……マルブエルでどうやって……?」
浮かぶ端から言葉にしていくがいい方法が思い浮かばない。マルブエルの巨体ではどう足掻いても人間を潰す。何も浮かばないまま、黒鳥の攻撃に防戦一方となっていく。
「メド、私が行ってもいい?」
「何言ってんだよ、あいつは僕たちのタンバンを狙ってるんだぞ」
「……どうしても、あの人と話したい。先生の家族と」
「え……?」
「やらせて。お願い」
メドは後ろに座るルサルカに振り返った。苦虫を噛み締めたように、だが口元が無理に笑っている。ルサルカは本気だった。その決意を無碍にするほど、自分に余裕も無い。メドはフロントガラスを開けると右腕を胸元に運んで、ルサルカにその上に乗るように促した。
「頼むから、死ぬなよ」
「ありがとう、行ってきます」
ルサルカは柄に飛び移ると手足で挟んでそのまま地面へと滑り降りたすぐ目の前で待ち構えていた女と対峙する。女はルサルカを見て不思議そうに腕を組んだ。
「パナシアさん、ですか」
「……どなたかしら?」
「私はルサルカ。マリーヤ先生に救われた、マリーヤ先生の子供です」
「そう……あの忌々しい女のね」
パナシアの目の色が変わる。顎を突き出してルサルカを見下した。瞬時に二体のカーチャを呼び寄せる。
「娘として直々に『心臓』返してくれる……ってわけでもなさそうよねぇ」
「心臓……?」
「関係ないか。さァ! 黙ってよこしな! その心臓を!」
黒鳥が一斉にルサルカに襲いかかる。両腕で身を守るルサルカの心臓部にカーチャの嘴が接近していく。
「ルカッ!!」
だが、不思議とカーチャは彼女を避けて進んだ。動揺はメド達だけでなく、パナシアの顔にも浮かんでいた。
「何……?」
「っ今!」
パナシアが目を逸らした瞬間、ルサルカは家の地面を強く叩いた。その手にメドのタンバンが握られている。タンバンの遺伝子に反応した床がみるみるうちに変化して、パナシアの足に侵食する。足元が凍りついたようにタンバンが絡みつき、パナシアは身動きが取れなくなった。
「おのれ……っ」
「メド!」
追撃をするカーチャを前にルサルカが叫んだ。メドはそれを払い飛ばす。マルブエルは膝をついてパナシアの眼前に迫った。彼女の体をゆっくりと掴む。
「答えろ! シェリとアンゼルム殿はどこだ」
「そう……あなたが……」
パナシアはメドの問いに答えず、マルブエルの顔をじっと見つめていた。マルブエルの顔にパナシアが触れる。その瞬間、マルブエルの身体に異常が起き始めた。メドの制御が効かなくなり、そのフロントガラスが溶け始めた。
「なん、だ……!?」
困惑していると座席がメドを押し出して、外に放り投げられてしまう。落下の受け身が取れず、咄嗟に目を瞑る。メドを抱き止めたのはパナシアだった。
「!?」
パナシアはメドの心臓に耳を当てた。腕に力を込め、決してメドを逃そうとしない。
「会いたかった……私のサージェント……」
突如としてパナシアは涙をこぼし始める。メドは頭の整理が追いつかない。その腕からなんとか逃れようとして体を捻り、床に固定されているタンバンを蹴り上げることで解放された。
聞き覚えのない誰かの名前。だがその名前を耳にした途端、心臓の奥が強く鳴った。
「僕は……違う。サージェントじゃない」
「何にも知らないで、可哀想に……」
くすくすと笑う声が夜の森に妖しく響く。そうしてパナシアは懐から銃を抜き取ってメドに突きつけた。
「だけど私も貴方に用はないの。ごめんなさいね。中身だけ、返して頂戴」
「メド! 待って!」
ルサルカが腕を伸ばして懇願する。しかし無情にもトリガーは引かれ、メドの額に銃弾が刺さった。
***
長い隠し通路を潜って十数分、シェリは突然独りごつように話し出した。
「その昔、ここには家族ぐるみでやってる研究所があったらしい。職員は全員親戚で、その数代前の偉大な科学者が発見したある物質の研究をしていたんだ」
「タンバンか?」
「……ああ。その偉大な科学者というのは隠したがりだったのか、まだ解明しきっていないものを世に出したくなかったのか、せっかく見つけた物質を世間には知らせなかったんだ。この研究は身内の間で、ゆっくりと解き明かしていくことを決めた。彼を尊敬していた家族はこれに同意し、長い間そのやり方で牛歩のペースで研究が進んでいったらしい……あ、この辺り滑るよ。靴を脱ぐのをお勧めする」
そう言いながらシェリは自分の靴を脱ぎ、ヒタヒタと音を立てながら先に進んだ。アンゼルムも彼女に倣って靴と靴下を抱えて進んでいく。
「……でもある時に急激に研究が進んだんだ。その物質が人間の遺伝子を学習して模倣する力……人間の血液が物質を強固にする手段を見つけた。そのうちの一人の研究者はそれをいち早く世に広めようと提案したんだ。だけど、家族に強く反発されてね。『祖先の教えに背くのか』と……だけど偉大な研究者の思想に反すると言って、世に広めることを断固として拒否した。優秀な研究員はそこで家族と決裂し、家族で担っていた研究所は終わりを迎えた」
「それは、エウリピ楽団に関することか?」
「んもう、せっかちだなあ。もちろんそうさ。さっきの悪代官みたいな女と、エウリピ楽団を生み出したタンバン研究の権威、マリーヤ・ブランシェの話だ」
「……」
「マリーヤはパナシアからあるものを奪ったらしい。そのことを彼女は憎んでいる。楽団を執拗に狙うのも、そのせいだろうね。貴方という人にまで、根回しをしてさ。ねえ、あの人に会ったんだろう?」
シェリは尋問するかのようにアンゼルムに詰め寄った。アンゼルムは素直に首を縦に振った。
「思い出した……タンバンに着いて調べている最中に、国の司書館で声をかけられた。てっきり楽団の関係者かと思って話を聞こうと、食事に行ったのが間違いだった」
アンゼルムは分かりやすく頭を抱える。シェリはそれを咎めるでもフォローするでもなく、曖昧に笑った。
「……それで何を奪ったんだ?」
「そうだな……ほら、ちょうど良い場所に出るよ」
二人が潜っていた穴が開けた場所に辿り着く。身を屈まなくなって良くなると、シェリは立ち上がって伸びをした。タンバンのドームに覆われたやや狭い空間。その中にごく普通の食卓の残骸があった。生活をしている気配はなく、模型のような場所だった。
「家族と研究……それからこの家が大切に遺してきた宝」
「家宝か」
「本来はそんな呼び方をするものじゃないと思うんだ。この家をこの家たらしめた象徴そのもの……偉大な科学者〈サージェント〉ご本人だ」
アンゼルムの表情が固まる。純粋に驚いたその男の顔を見てシェリは苦く笑った。
「百年以上前の人間だ。だけどマリーヤはミイラを盗んだわけじゃない」
「じゃあ何を」
「……おかしいと思わないかい? 何でも自在に生み出せるタンバンを心臓にしか使わないエウリピ楽団のやり方。どうせ世の中で生かすんなら、もっと広い部位の治療に活かしたっていいはずだ」
壁のタンバンに手を翳す。とうに失われた穏やかな家族の場所は、シェリには滑稽なものに思えた。冷たい微笑を浮かべる。
「エウリピ楽団は恐らくカモフラージュだ。もっと大きなものを隠し込んでる。例えば、パナシアから奪い取ったサージェントの『心臓』を隠すためとか、ね」
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