第39話殺された恨み

 シズとリリシアは、ルーシュ先生と俺を必死に引き離そうとする。しかし、俺の手はルーシュ先生の首にかかっていた。


「こいつだ……。こいつが、前世の俺を殺したんだ!!」


 俺の魔力が、爆発する。


 いつもならば制御できているのに、体から水のように溢れてくる。溢れて止まらなくなる。硝子球で魔力のコントロールを学んだはずなのに、そんな学びさえも俺は思い出すことが出来なくなっていた。


 ルーシュが憎くて仕方がなかった。


「リリシア様は、こっちに!」


 俺の身体から溢れた魔力は黒い靄となり、意思あるかのように細かく蠢く。その異様さに、シズがリリシアを守るように背にかばった。


「離れるぞ。リリシア様も危ないから外に!!」


 シズは、リリシアを引っ張って外に逃げようとする。もはや、俺は素人が手を出すのは危険な状態になっていた。


 シズがリリシアを避難させようとしたのは、正しい判断である。だが、リリシアはひどく抵抗した。


「嫌よ!お兄様が、お兄様が……!!」


 シズは、リリシアの身体を後ろからしっかりと抱きしめた。それこそ、俺には絶対に近づけさせないというかのように。


「これは、魔力の暴走だ!専門家のルーシュ先生に任せるべきだ」


 リリシアは心配そうな顔で、ルーシュ先生をちらりと見る。ルーシュ先生は、俺の手を力ずくで離す。


 俺はまだ十三歳で、身体が一人前になっていない。女性の力でも、なんとか引き離せてしまう。咳一つして、ルーシュは俺のことを睨みつけた。


「何を言っているの……」


 ルーシュ先生の掌が、俺に向けられる。


 勢いある水が俺の顔面に向って発射されたが、俺から発せられた魔力がそれを防ぐ。


「お兄様!やっぱり、お兄様を見捨てておけません!」


 リリシアの泣きそうな声が聞こえたが、シズの怒鳴り声も聞こえる。修羅場をくぐってきたシズは、リリシアとは違って冷静であった。


「いいから来い!リリシア様が傷ついたら、イムル様は自分を許せないはずだ!!」


 シズは、俺の気持ちを代弁してくれた。


 ルーシュは、シズとリリシアに向かって俺の状態を説明する。


「大きな感情の振れのせいで、魔力が暴走しています。私が何とかしますので、御二人は避難してください」


 シズは、その場を離れようとしないリリシアを抱きかかえて逃げていった。遠ざかるシズが大声で「魔力の暴走がおきたぞ!」と店の人間に知らせる。シズのおかげで、店の人間はすみやかに避難してくれるだろう。


 よかった。


 俺も無関係な人間は殺したくはない。


 落ち着かせないといけない、とルーシュ先生は言った。


「イムル様。お聞かせください!なにが不満なのですか!!」


 ルーシュ先生の叫びに、俺は自分でも分かるぐらいに不気味に笑った。だって、しょうがない。


 オリンポス女は、任務達成後にはご褒美をくれると言った。ルーシュとの再会と彼女の正体を知ったことが、ご褒美に違いない。


 リリシアは、もうすでに聖女に相応しい精神を身に着けた。聖女の導き手としての仕事は終わった。


 だから、間違いない。


 これが、ご褒美だ。


 自分で自分の仇を取れるように、オリンポス女が用意してくれたのだ。俺は、初めてオリンポス女に感謝していた。それぐらいに、ルーシュを殺せるのが嬉しくてたまたない。


「不満……。そうだな。受験直前に、お前に殺された事かな!」


 黒い霧が、炎に変わる。


 実践的な魔法を習っていない俺の力任せの魔法は、憎しみに影響されるように燃えていた。とても、醜い炎であった。


「殺された……。イムル様、何を言っているんですか?私はイムル様に何もしていません!」


 ルーシュは、俺が何を言っているのか分かっていないらしい。自分で、俺を殺したくせに。俺の未来を奪ったくせに。


「さっき自分で言ったのに、もう忘れたのかよ。線路に突き落としたって言ったのに」


 そこまで言って、ルーシュは顔色を変えた。ルーシュは、電車とは言った。


 この世界には、電車はない。


 故に、線路もない。


 なのに、俺は線路を俺が知っている。それは、俺が転生者だからだ。ルーシュの顔色が変る。自分の殺した人間が、俺の前世だとようやく分かったようだ。


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