第38話気持ちの悪い言葉


 シズの怒鳴り声に怖気づいて、パーシーは店から逃げるように出ていった。シズは疲れ切ったように、店の床に座り込む。


 俺はシズの隣に座って、彼の肩を叩いた。シズは、何も言わずに虚空を見つめている。


「……これで、シズは家の子になったんだからな」


 俺の言葉に、シズはくすりと笑った。


 そうやって笑えば、彼は年相応の子供だった。その姿が愛おしくて抱きしめそうになるが、我慢して頭をなでるだけで止めた。その手だって、払われてしまったが。


「家の子って、なんだよ。俺はペットの竜じゃないぞ」


 俺としては、サカイはペットではない。従業員や部下のようなものだ。給料(餌代)も出しているし。俺の領地を富ませるための仲間の一人だ。


「なんというか。色々と終わったなと思っていな。考えていたよりも簡単にすんで、今までの俺が情けないぐらいだ」


 シズは、そんな事を言う。


 俺は、シズの頭を軽く叩いた。


 俺の行動に、シズは目を丸くした。そんなシズに、俺は注意してやる。


「情けないわけがないだろ。シズは地獄を生き抜いたんだから」


 俺は、大きく息を吐いた。


 シズの地獄はシズのものだし、気持ちが分かるとも糧になるとも言いたくはない。


 けれども、過去のシズは情けなくない。


 それだけは言える。


 シズはちゃんと生き抜いて、俺に出会ってくれた。それだけで、ものすごく偉いことだ。


「二人共、お疲れ様です!」


「眉毛のお兄様、格好良かったですわ!」


 乙女チックな家具の影に隠れていたのは、リリシアとルーシュ先生である。


 ルーシュ先生はパーシーがごねたときに、魔法で一発決めてもらう予定だった。リリシアに関しては、彼女自身がシズと俺が心配だからと言って勝手についてきてしまったのである。


「もしもの時は、私の拳が唸る予定でしたが……。淑女としての体面を保てて何よりですわ」


 リリシアの言葉に、シズは視線をそらした。リリシアの拳の威力を知っているのはシズだけなのだが、どうやら思い出したくもないらしい。


 リリシアは、影でボクサーになるための訓練でもしているのだろうか。そうだったら、聖女になったあかつきには身を守れるから嬉しい限りなのだが。


「でも、本当に良かったんですか?。パーシーを魔法で爆発させることも出来たんですよ」


 ルーシュ先生は物騒だが、卓越した魔法使いの先生ならば不可能ではないだろう。だが、それをしたらパーシーは死んでしまう。懲らしめるどころではない。


 俺とシズは、ルーシュ先生の申し出に苦笑いをした。


「俺は、親父のことは殺せないだろうよ。それに殺したら、これからの人生が台無しになるだろ。さすがに、人殺しは」


 シズは、俺の方を見た。


 俺は、微笑む。


 シズはとても強くて、とても優しい。


 ならば、きっと良い領主になるだろう。そうなれるように、俺も頑張らなければならない。


「シズ様……。嘘みたいな話ですけど、私には前世の記憶があるんです」


 ルーシュ先生の突然の告白に、リリシアとシズは驚いていた。


 俺も驚いていたが、二人とは別の種類の驚きだ。自分と同類がいたことが信じられなかったのだ。しかも、こんなに近くに。


 しかし、考えてみればルーシュ先生は人生二回目だと考えなければ説明がつかないほどの賢い先生だった。


 だからこそ、ルーシュ先生だったらおかしくはないかもしれないと考えてしまう。俺には自分と言う前例もあったので、それは尚更であった。


「私は前世で嫉妬から、人を殺してしまいました。電車……走る乗り物に向って人を突き落としたのです。でも、そんな私でも天寿を全うできました。罪は許されるんです。だから、逃げることを恐れないでください」


 シズは、ルーシュ先生は何を言っているのだろうかという顔をしていた。だが、俺にはルーシュ先生の気持ちが分かった。


 受験戦争でおかしくなっていたときに、前に並んでいた人間の模試の判定が見えてしまった。


 魔が差したのか。


 それとも、これぐらいしないと自分は受験の地獄から抜け出せないと思ったのか。


「逃げることで、楽になることもあるんですから」


 お前だったのか。


 俺を突き落としたのは、お前だったのか。


 俺は、無意識にルーシュ先生に飛びかかった。彼女を床に押し倒し、首に手を伸ばす。


 その手を止めたのは、シズであった。


 シズは力強く俺を手首を掴むが、俺はあきらめたりはしなかった。


「イムル様、何をしているんだ!」


 シズが怒鳴る。


「眉毛のお兄様!!」


 リリシアも叫んだ。


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