第37話自分で決めた事
「暴力を振るわなくとも人の心を傷つける手はいくらでもある。子供に無理に女を抱かせるのは、あきらかに虐待だ」
俺の言葉を聞いたパーシーは、シズを睨んだ。
あきらかに、シズを非難している目である。
「しかも、それで金儲けをしていたなんて……。あなたは、自分の息子を男娼したことに罪悪感すら持たなかったのか!」
俺の目は、怒りに燃えていた。
この瞬間を何度もシュミレーションしたが、何度でも怒りが沸いてきた。
だが、パーシー本人を前にした本番はシュミレーションの何倍も頭に血が上った。けれども、いつかは社交界にデビューする身として鍛えた表情筋は、俺の怒りを表に出さない。
「シズ。お前が、全部を喋ったのか!」
怒鳴り声が響き渡るが、シズは表情を変えない。
シズは、親との決別を決めている。
俺は、パーシーに容赦なく止めを刺した。
「あなたと違って、俺は王の忠臣です。違法行為を報告して、そのついでにシズの虐待についてもお話しましょう。王も子供を持つ親だから、この件には心を痛めるはずだ」
パーシーは、忌々しいという顔で俺とシズを睨みつける。
もはや、パーシーに逃げ場はなかった。あるとすれば、俺の恩情に縋るぐらいだろうか。俺が調べたことを王に進言すれば、パーシーは間違いなく罰せられる。
シズに行ったことも明るみに出る。
シズを買った女性たちは貴族か金持ちの商人の奥方だから大スキャンダルに発端するだろうが、それでも王は彼女たちとパーシーを厳しく罰することだろう。
「私が没落する時は、シズも一緒ですよ。それでも、私を脅すのか?」
俺は、にっこり笑った。
いや、正確に言うならば大爆笑したかった。パーシーの反応が、あまりにも予想通りであったからだ。パーシーは、あまりにも小物であった。
「脅すぞ。ただし、助け舟も出してやる」
俺は、シズの背を押した。
シズは俺を見て頷き、そして椅子から立ち上がる。彼は父親にゆっくりと近づき、パーシーの眼前に置かれた書類を指先で叩いて見せた。
「お前は隠居して、こっちが指定する人間を俺の後見人にしろ。そうすれば、財産も領地も俺のものになる。生活費については、最低限のものをそっちに渡す。ただし、一年に一回だ」
贅沢に慣れた人間が、一年に一回だけの支援でやっていけるわけがない。持っている私財を切り売りして、それでも駄目になってやっと倹約を覚えることであろう。
もしも、倹約を覚えずにシズに泣きついてきたり、無断で借金をすれば秘密は全て王に話すと契約書には書いていた。
パーシーは、四面楚歌だ。
頼れるものは、なにもない。
これはシズの断罪であり、両親に対して向ける最後の愛情だ。まともな人間になれるように、シズは両親に学びのチャンスを与えたのである。
やはり、シズは悲しいほどに悲しい。
「これからはシズが領主になって、領地運営をする。無論、成人をするまでは俺のところの部下を貸し出すが」
実質的には、俺がリム家の領地を支配したような形である。
シズの後見人も、俺の息がかかった人間に頼むつもりであった。あまり褒められた方法ではないが、これしか方法がなかったのだ。
それに、シズはすでに十三歳。
この世界では十六歳で成人なので、あと三年もすれば誰にも文句を言われずに政治に関われる。状況によるが、その時になれば俺は自分の部下たちをリム家の領地から撤退させるつもりであった。
これによって、リム家の領地は正式にシズのものになる。
「イムル様……。なんだ、そういうことだったのですか」
パーシーが、突如として爛々と目を輝かせた。ここまで追い詰めたというのに、起死回生の一歩を見つけたかのようだ。
気持ちが悪いパーシーの態度に、俺の顔に思わず嫌悪の感情が浮かび上がってしまった。
「我が息子の肉体をよっぽど気に入ったようですね。愛人のために政治を捻じ曲げるのは、よくあることです」
パーシーは、下卑た笑いを見せた。
こともあろうに、パーシーは最悪の勘違いをしていた。俺とシズが肉体関係を持ち、それによって俺はシズに有利なように様々なことを融通したのだと……。あまりに屈辱的な勘違いに、俺は怒りに震えていた。
俺は、シズがシズだから助けることを決めたのだ。肉体関係などシズの間になかったし、たとえ襲われていてもシズの人格に触れたら支援しただろう。
それぐらいに、シズは素晴らしい人間なのだ。
なのに、その人格が実の親によって汚されている。肉体しか意味のないものだと貶められている。
「だが、良い噂は流れませんよ。社交界デビューも前の子爵が、男の愛人のために隣の領地のに手を出したなど……笑い者になるでしょうな。妹君の婚姻に影響するかもしれませんね」
シズは、しばらくパーシーの下品な笑い声を聞いていた。だが、我慢ができなくなったらしく、シズは無言で父親の胸ぐらを掴む。
そして、パーシーを力いっぱい殴り飛ばす。パーシーの身体が店の壁に叩きつけられ、傷みのあまりにパーシーはうめいた。
「そんな事をしてみろ。俺が、お前を刺殺してやる!」
野犬のような荒々しさでシズは、パーシーに向って叫んだ。
放って置けば、シズはさらにパーシーを殴りそうだった。俺は止めるべきか悩んだが、シズは動くことはしない。そのことに、俺はほっとした。
「……俺は、お前のことを親だなんて思ったこともない!お前を殺すことなんて簡単だってことを忘れるなよ。分かったら、イムル様とリリシア様のことは一切口にするな!!」
シズの荒々しさに、パーシーが唖然としていた。大人しく身売りをしていたほどだ。シズは、両親に反抗していなかったのだろう。
だが、今は違う。
今のシズは、自分のために決心をしていた。
「今の話を理解できたら、さっさと引退の準備をしろ!!」
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