第36話救済



「パーシー男爵、こちらです」


 俺は、自分の領内にあるレストランにシズの父親を招待した。


 王都で遊び回っているパーシーがやってくるまでには数日を費やしたが、格上のこちらに会うのに相応しい格好で現れてくれた。


 きらびやかなとは言わないが、きちんと仕立てられた服装である。男爵家が着るに相応しい高級品だが、これが息子を売った金で作られたのだと思うと途端に下品な物に思われた。


 王都に縁がなかった俺は、流行り廃りにはかなり疎い。


 それでも、パーシーの格好がお洒落なものであることは分かった。ボタンの形が普通の物とは違うし、それにカフスの形が合わせられている。


 さりげなくネクタイに付けられたピンの石は、もしかしたらエメラルドかもしれない。どれもこれもが高価な品だ。


 シズと共にパーシーの格好を見た俺は、彼の姿に呆れてしまった。とてもないが、自分の領内が荒れている領主の格好ではない。


 領主には、務めがある。


 領地を治めるためには、私財さえもなげうつ覚悟をしなければならないものだ。


 むろん、全ての私財ではないが、贅沢な小物ぐらいは売り払うべきだろう。パーシーのネクタイピンとカフスだけでも、かなりの金額になるはずである。


「イムル様は、もう少し気を使っても良いと思うけどな」


 シズが、小さな声で呟いた。


 たしかに、俺の格好はお洒落とは程遠い。変に見えなければ良いと言って、リタにコーディネイトしてもらっているのだ。少ない衣装のなかで試行錯誤してくれているリタには感謝である。


 隠れているリリシアも「お兄様もあれぐらいお洒落に気を回してもいいのに」と言っている姿が想像できる。


 仕方があるまい。


 領内に引っ込んでいると家族以外の人と会わないので、どんどんと服に無関心になっていくのだ。いつかのときに俺が洋服を売り払ったのは、こういうのが理由だ。一着あればいらないと本心から思ってしまったのである。


「ここのお店は、美味しいらしいですよ」


 ルーシュ先生から、教えてもらったのは城下町にある立派な店である。普段から町に出ない俺は良い店というものを知らなかったので、大人であるルーシュ先生を頼ったのである。


 だが、個室がある部屋が良いと言ったら、女性客に人気なケーキ屋を紹介されてしまった。


 親子ほど年の離れた三人がそろって店内に入るときなど、他の客からの視線が痛かった。


 店の奥に個室があるのは良かったが、密会が出来そうな店とルーシュ先生には言った方が良かったのかもしれない。


 しかし、良いように考えれば、こんな場所で密談などしているようには思われないだろう。なにせ、ここからの会話は人に聞かれては困るものなのだ。


 俺達が予約した部屋は、乙女趣味な家具でまとめられた個室である。置いてある家具は、どれも白とピンクで塗られていた。


 白い花瓶に生けられている花でさえもピンクのバラで、俺だったらデートでも恥ずかしくて使えないような部屋だ。


 だが、リリシアは好きそうだ。これが成功したら、ちゃんとケーキを食べに連れて来てあげることにしよう。無論、個室ではない席で。


「それで、なにか御用でしょうか?」


 パーシーは、シズがゆすりに使えるネタを作ったと考えているようだ。俺から金を引き出せると思っているらしく、下品なニヤけ顔を隠せていない。


 高貴な人間ならば、出来る限り表情の変化は抑えるべきだ。相手に付け入るスキを与えてしまえるからである。


 そこの抑制が出来ていないパーシーは、社交界に向いていないのかもしれない。だからこそ、カード遊びになんて熱中してしまうのか。


「回りくどい話は苦手ですので、手っ取り早く本題に入らせてもらう」


 俺は、こほんと咳払いをした。


 普段の俺にスタルツ子爵家当主の威厳などないが、今だけは堂々とした態度でパーシーに挑んだ。俺があまりにも堂々としているので、パーシーの方が怯む。


 パーシーの計画が実行されていたら、秘密をバラされないように俺はおどおどした態度を取っていたかもしれない。しかし、今の俺には恥ずべきところなど一つもなかった。


 いや、たとえパーシーの卑劣な案が実行されていたとしても、俺は堂々としていたであろう。ここにはシズという最強の味方がいるのだから。


「御子息のシズは、俺が預かる」


 俺のはっきりとした物言いに、パーシーはひどく驚いた。まさか、息子が自分の元に帰ってこないとは思ってもみなかったに違いない。彼にとって息子とは、餌がなくとも懐いてくれる犬のような存在にすぎない。


「そして、我が家で教育させる。反論は許さない」


 俺は、必要最低限のことを言い終わる。そして、シズが一枚の書類を差し出した。細かい文字で様々なことが描かれている。


「これは契約書だ。こちらからはシズの教育費の類は一切求めないし、彼には最高の教育をする。その代わり、シズにはもう会うな」


 俺は、別の書類をテーブルの上に出す。そこには、調べさせたリム家の収入と支出。そして、領地の様子を書かれている。


「王からたわまった領地の改善のための資金。見事に横領しているな」


 数年前に不作と飢餓が発生した際に、いくつかの領地には復興のための資金が配られている。その前からパーシーの領はにっちもさっちも行かなくなっていたのだが、その金さえも彼は贅沢に使ってしまったらしい。


「民への王の温情を台無しにするなんて、立派な背信行為だろう。しかも、息子を虐待までして……」


 殴ったり怒鳴りつけたりする事だけが、虐待ではない。愛にトラウマを持つまで追い詰めるなど、親であるからこそ許されるべきではない。


 パーシーは、シズに絶対に許してはいけない事をした。その怨みを込めて、俺はパーシーを睨みつける。


「私が、シズを虐待しているだと……。跡取りに手をあげる訳がないでしょう!」


 自分のやっている事に自覚がないがない父親に、シズは一瞬だけ悲しげな顔をした。


 パーシーがしたことが虐待ではないとすれば、父親にとってシズの身売りはなんだったのだろうか。少なくとも、シズのことに関してパーシーの良心が微塵も痛んでいないことは分かった。


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