第31話孤児院までの道中
ルーシュ先生の授業は午後まで続いたが、この日は早めに授業を切り上げてもらった。今日は前から決まっていた大切な予定があるのである。
俺は使用人に馬車を用意してもらって、リリシアとシズと共にそれに乗り込んだ。
ちなみに馬車には、クッションが置かれている。移動中は尻が痛くなるので、置いてもらったものだ。これが完全に尻へのダメージを防いでくれるわけではないが、なにもないよりは圧倒的にマシになる。
「食事以外は休憩時間がないって、地獄だろ」
今日はいつもよりも短い授業時間であったというのに、シズはぐったりとしている。
ルーシュ先生はシズの学力を見極めて特別授業をしてくれたが、それでも二年近くも勉強から離れていたシズにも辛いものがあったのだろう。
しかし、彼の授業風景は不真面目ではなかった。それなりにやる気があるということであろう。
「オヤツの時間があったわよ。タルトタタンを美味しそうに食べていたじゃない」
俺たちは出かける前に腹ごしらえとして、お茶とおやつを食べてきた。俺たちとしては毎日の習慣になっていることだが、自分のために用意されたおやつにシズはちょっとばかり感動していたようだった。
とても美味しそうにタルトタタンを食べていた様子が忘れられない。おかわりまでしていたのだから、よっぽど気に入ったに違いない。
それとも、頭を使ったから体が糖分を欲していたのかもしれない。なんにせよ微笑ましい光景だった。
「それで、これからどこに連れて行くんだよ。もうすぐ日暮れだぞ」
シズの言う通り、辺りは赤く染まりつつある。普通ならば、この時間から出かけることはあまりしないであろう。田舎ならばなおのことだ。
いぶかしむシズに、リリシアは「孤児院よ」と答えた。
その返答に、シズは驚いていた。
「お兄様が寄付して、そこの子供たちに読み書きを教えてもらえるようにしているの。読み書きが出来れば、将来できる仕事の幅が広がるからって」
貴族の慈善事業は、基本的に金を施設に渡すのみだ。使い方まで指定せず、その金は基本的に施設の維持や子供たちの食事に使われる。むろん、そういうことだって有益な金の使い道だ。
しかし、そこから一歩進んだ支援を俺はやってみようと思った。
実験的な試みであったが、孤児院の管理者は俺の思いつきを受け入れてくれた。これには、とても感謝をしている。
俺が寄付した資金は、出来る限り子供たちの教育費にまわされることになっている。子供たちに読み書きや計算を教えてもらって、彼らを貧困から救いあげられないかと考えたのだ。
孤児院で育つ子供たちには、基本的には教育は施されない。そのため、生きる手段が限定される。
金が稼ぐことが出来ないから、孤児院に出来てしまった自分の子供を置いていくという貧困の連鎖が出来上がってしまっているのだ。
その貧困の連鎖を断ち切るためには、教育しかない。俺は、そう信じて孤児院の子供たちに勉強の機会を与えたのである。
「こうやって慈善事業を見せておけば、リリシアの教育にも良いだろうしな」
俺は、こっそりと呟いた。
リリシアには、聖女然とした聖女になってもらわないと困るのだ。善行の仕方もしっかりと学ばせなければならない。そして、その善行は形ばかりのものであってはならないのだ。
こっそり呟いたつもりだったのに、リリシアにはしっかり聞こえていたらしい。俺の言葉に、なぜか頬を染めいた。
「もう。眉毛のお兄様ってば、私のことばっかり」
文句を言っているようで、リリシアは嬉しそうだ。
そして、得意げに話し始めた。
「眉毛のお兄様のことを見ていれば、人に優しくするやり方が分かるわ。自立できるように手を差し伸べる。その場限りの手助けだけではなくね」
リリシアが聖女になるための教育は、順調に進んでいた。昔と違って、これならばいつ聖女に選ばれても大丈夫だろう。
妹が成長して嬉しいが、それ以上に寂しさも感じる。
リリシアは聖女になって、もうすぐ俺から離れるのだ。それは前から決まっていたことだが、それでも寂しさを感じてしまう。
「眉毛のお兄様は、私に正しい道を教えてくれるわ。同い年なのに、まるで人生の師のようなのよ」
リリシアは、腕に巻き付けたままでシズに俺を見せつける。それはまるで、お気に入りのヌイグルミを自慢しているような恰好であった。
「あなたの事は気に入らないけれども、眉毛のお兄様が決めたのなら仕方がないわ。眉毛のお兄様をよく見て、学びなさいよ」
リリシアは、彼女なりにシズを認めたらしい。最初の夜のこともあってリリシアはシズを嫌っているようであったが、これで一安心だ。
俺の館にいる間、少しでもシズには居心地が良い時間を過ごして欲しかった。そのためには、リリシアがシズの認めてくれることが大切だ。
同じ空間にいるのに、そこに自分を嫌いな人間がいるのは苦しいものであろう。
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