第30話遊びに行く予定


「リリシア以外との外出は久しぶり……いや、初めてなんだよ。妹とは、友達との遊ぶにはならないだろ」


 数か月に一度ぐらいの頻度で、俺はリリシアに連れられて城下町に行く。そこで、リリシアのドレスや帽子といった物の買い物の荷物持ちをさせられるのだ。


 リリシアは楽しそうだからいいが、俺だって同世代と遊ぶ経験がしてみたい。


 シズは、可哀そうなものを見る目で俺を見ていた。


 王都にいるシズには、友人と遊びに行くような機会はいくらでもあるのかもしれない。


「おまえって、何なんだよ。朝はすごい奴だと思ったのに、城下町に行くだけで興奮したりするし……」


 変な奴、とシズは言った。


 シズの言葉には、俺は苦笑いをするしかなかった。


「俺は、あんまり人生で遊んだことがないんだよ。いつも勉強漬けで」


 前世の幼い頃。


 それこそ幼稚園のころから、お受験戦争のなかにいたのだ。遊んだりするような時間はなかった。


 小学校から高校も進学校に進んだこともあり、勉強に関する以外の行事というのは一切ないような環境にいたのである。おかげで、俺は運動会や文化祭といった青春を代表する行事に参加した記憶がない。


 だからこそ、大学生になったら自由に青春を謳歌したいと強く願っていたのだ。そのまえに、これ殺されてしまったが


「小さい頃は、単純なことだったんだよな……。良い点数を取ると母さんも褒めてくれて、それが嬉しかっただけだった」


 前世の母親は教育ママだったけれども、嫌いではなかった。嫌われたくなかった。


 幼い頃は、母親に褒めてもらえることが嬉しいばかりに勉強をしていたような気もする。そこから先は勉強することが少し好きになって、自分のために勉強をしていたけれども。


「小さい頃の愛情しか覚えていないなんて、俺みたいだな」


 シズは、硝子球のような瞳で俺を見ていた。


 その瞳は、自分を客観視しているときの少し冷えたものだ。


「……イムルは、俺と同じぐらいに親からの愛情に飢えている」


 不意に、シズはそんなことを言った。


 俺は、どきりとした。


 俺の実母は早世したし、父親は子供を顧みるような性格ではなかった。養母であるキャリルはヒステリーを起こして、俺を敵視する。たしかに、俺は親の愛情からは程遠い育ち方をしている。


 だからなのか、思い出したのは前世の母の顔だ。前世においても父親は早くに亡くなっていて、俺は母だけに育てられた。


 母が俺に対して愛情を持っていたのは確かであっただろうが、俺が優秀な子供でなくとも愛情が長続きしたのかどうかは今になっては分からない。


 死んだから——離れたから分かるのだが、母は単純に優秀な子供が欲しかっただけではないのかと思ってしまうのだ。


「俺は、その気持ちがちょっと分かるんだよ。愛情に飢えている奴って、愛情にトラウマを持っているんだ。愛情という名で搾取される経験をしたから、愛情をかけられたらソレを思い出すんだよ」


 その言葉には、シズの全てが込められているような気がした。


 シズは、俺を通して自分を見ているのだ。


「俺は、愛情に飢えてなんてないよ。正しくはもらえなかったかもしれないけど、俺を愛しくれる人はいた。それに、愛情を与えるべき相手だっていたんだ」


 俺は、リリシアの方を見た。


 最初こそ妹という実感が薄かったが、今ではリリシアが可愛くてしかたがない。それこそ聖女になる日が、一日でも伸びることを望んでしまうぐらいには。


「聞きましたわよ!眉毛のお兄様と外出なんて許しません!!」


 一緒に授業を受けていたリリシアが、俺の腕に自分の腕をからませる。その頬は膨れていて、あからさまな不満を表していた。


「眉毛のお兄様を獣から、お守りしますわ。私も買い物に同行します!」


 シズを敵視しているような言葉だが、リリシアだって彼には思うところがあるはずだ。さっきの話を聞いていた割には、殺意のこもった目つきをしているが。


「楽しそうな話をしていますね。私も混ぜてもらえませんか?ちょうど新しい魔導書が欲しかったんです」


 ルーシュ先生も笑顔で、俺達の間に入ってきた。


 俺としてはシズとちょっとだけ出かけるだけのつもりだったが、随分と大所帯になってしまった。だが、それも楽しそうだ。


「私は、日傘が欲しいの。これからの季節にピッタリだし。大人っぽいデザインがいいなぁ。お兄様は、私にはどんな色が似あうと思いますか?」


 リリシアは、自分が欲しい日傘に夢中であった。シズが、その隣で「日傘なんて、どれも同じだろ」と言って肘鉄を食らっている。


 ルーシュ先生は、それを見て微笑ましいとばかりに笑っていた。その雰囲気に妙にワクワクしてしまう自分がいて、俺は出かける日が楽しみになってしまっていた。


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