第24話畑のプロジェクト
俺の言葉に、シズは意味が分からないと言う顔をした。俺は得意げな顔をして、両手を広げる。
この畑こそが、俺が手掛けた最大のプロジェクトだったからである。
「俺の所の領地はそれなりに広いから、各地で使っている農薬や肥料の割合が地方ごとに違うんだ」
学のある農民は少なく、農薬や肥料の割合は文字に書き残されていない。口伝と勘である。
俺は、その口伝を集めたり、勘で行っている作業を改めて測定している。そして、他の場所でも同じように育つかどうかをためし、それ以上の組み合わせがないかどうかを試しているのだ。
「さらに、領地では作っていなかった新しい種類の苗を試している。凄いだろ」
米は今のところは失敗だが、蕎麦に関しては成功だった。痩せた土地でも育つ食物だと生前から知っていたが、見事に育って不作を救ってくれたのだ。
それが成功したのは、この畑のおかげだ。
俺の領地の土でも蕎麦が育つのだと分からなければ、不作の対策として蕎麦を育てさせるなんて怖くて出来なかった。
「わけが分かんないな」
シズは靴を汚れることを恐れて、畑に近付こうともしない。シズの靴は磨かれた革靴なので、汚さないようにと思っているのだろう。
一方で、俺は履きつぶした襤褸靴だった。この世界には、ゴム長靴などはないのだ。だから、畑仕事には出来るだけ襤褸靴を使うようにしている。
「農業なんて、種をまいて農作物を収穫するだけだろ」
シズは、農業というものを知らないらしい。貴族の子弟らしい返答だ。
農業と言うのは、学べば学ぶほどに奥深い学問でもある。そして、この分野の教師は主にヨルゼだった。
ヨルゼは、シズの言葉を聞いて豪快に笑う。
この男は、酒を飲まないのに素面で酒飲みのように笑うのだ。その笑い声は、朝の静かな庭園によく響く。
「農業には雑草抜き、害虫退治、肥料やり、水やり。その他にも沢山の手間があるもんですよ」
ヨルゼの言う通りである。
人間は、大昔から土と向き合っていた。人々の間に伝わる話と模索してく今の技術。双方を大事にして実験をするのは、物凄く楽しいのだ。
「でもって、その農業は各地によって方法なんかが微妙に違うんです。イムル様は各地の人間の話を聞いて、収穫量がより多い栽培方法を模索されているんですよ」
この世界での連絡手段は、竜による手紙の配達が最速だ。
農民は竜の手紙など使わないので、人伝手の噂話程度でしか他の村の様子を知らないことも多い。
だからこそ、ちょっと距離がある村同士であっても肥料を与えるタイミングや水の量。害虫退治に使っている薬の種類が違うことがあるのだ。
「自然素材で農薬が作れるっていうのは、この世界に来てから知ったことだけどな」
なまじ前世の記憶があるので、農薬というと化学薬品のイメージが強かった。しかし、この世界に住まう人々は、唐辛子や牛乳などの自然ゆらいの農薬を使っていた。これはヨルゼから教えてもらった知識で、初めて聞いた時はひどく驚いたものだ。
この農薬は自然にも人にも優しいが特定の虫にしか効かないものだったり、量の調整が難しいという問題があった。農薬に使う材料によっては、購入費がかさむことだってある。なかには、ただの迷信だったという場合もあるのだ。
それらの情報を集めて、精査し、時には改良して、俺は自分の領地に広げている。
各地にまことしやかに流れている農業の迷信については、本当かどうかの有無を検証して王にデータを献上したこともあった。
王には農業に迷信があるとは最初は信じてもらえなかったが、俺の事細かなデータの価値を側近たちは認めてくれた。そして、このデータの有用性を王に熱心に説明をしてくれたのである。
おかげで、今では国の食料の生産量を少しだけ上げることが出来た。
小さな一歩だが、それでいい。
積み重ねれば、大きな一歩になるはずだ。
そうすれば、皆が豊かに生活することができる。
「……こんなことをして、なんになるんだよ」
未だに分かっていないシズに、俺はにやりと笑ってやった。
「俺たち貴族は、領民の税収で暮らしている。農民たちの収入が増えれば、その分だけ余裕が生まれて、新しい畑が開墾できる。そうすれば、俺たちの収入が増えるんだ」
全ては、金儲けのためだと俺は言ってやる。
そうした方が、興味関心を引けると思ったからである。なにせ、シズの領地は金を欲しているのだから。
俺の話を聞いていたシズは、驚きで目を剥いていた。やり方ひとつで効率的な農業が出来て、その効率が金を産むというのが新鮮なのだ。
なにより、シズは領民から搾り取ることしかしらない。それしか見たことがないであろう。
だから、シズにとって農民を富ませることによって収入を増やすことは実感のないことのはずだ。
俺は、シズに正しい領主の姿を見せたかった。
俺は前世の記憶があるから、民を富ませるのが上の者の使命だと知っている。
領主というのは、いわば会社の社長なのだ。だから、どういうことをやりたいかを決めて、部下である領民に伝えている。そうやって、皆で豊かになるのである。
「イムル様のおかげで、作物の収穫量は着実に増えています。おかげで、どこの村でも子供が増えて、働き手には困っていません。俺の出身の村だって、子供の声で騒がしいぐらいです」
ヨルゼは「そういう俺も、今年は孫が産まれました」と言う。
この世界では大切な財産が沢山あるが、そのなかでも人材は重要な財産だ。単純労働が多いので、人口の減少は労働力不足にすぐに直面する。
労働力が不足すれば畑は耕せないし、その他の仕事も出来なくなる。
干害を防ぐための工事にも、荷物を運ぶための道路の整備にも、果ては日用品を作るのにも、どんなことにも人手はいるのだ。子供が増えるということは、将来の労働力を確保するのにも大切なことなのである。
前世の世界だって、少子化による労働力の減少が問題になり始めていた。中世レベルの技術しかない今世の世界では、労働力不足は人々の文明維持に繋がる大問題になるだろう。
しかも、労働力が新たに育つには最低でも十数年の月日が必要だ。
俺は常に人口には気を配り、領民たちの生活を維持できるようにしなければならない。
「人口が増えれば、出来ることも増えるからな。最近では、米の栽培も実験的に始めている。ちょっと今は上手くいってないけど……。それでも、この米で一儲け出来るかもな」
米の保存性を生かした船の食料改善計画は、まだまだ出航段階である。
俺の領地は海に面していないので、保存食に関しては早急の問題ではない。けれども、金儲けが出来る臭いがするのは本当だ。
「いつか米で一攫千金を当ててやる」
元日本人として、米の底時からを見せつけてやるのだ。
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