第21話百人切りの理由


 シズは、切り裂いたシーツで拘束された。白い布で作った即興のロープで縛られたシズは、最初こそは生意気な態度だった。


「男が、女を食って何が悪いんだよ」


 悪いことだらけだが、シズはそれがよく分かっていないらしい。善悪の判断は曖昧なのか。それとも、教育が悪かったのか。


「燃やしましょう……」


 リリシアは、蝋燭を手に取った。


 そして、シズを縛っているシーツの縄に近づけようとする。さすがのシズも体をひねって逃げようとするが、リリシアは容赦などしない。表情が消えた顔で、シズを殺そうとしている。


「リリシア、ダメだからな。人殺しだけは駄目だ」


 放って置いたら、本当に火付けをしようとするリリシアを俺は必死に止める。リリシアは残念そうな顔をしていたが、俺の言う事を聞いてくれた。


「そうよね。当事者が怨みを晴らすべきよね」


 リリシアの言葉に嫌な予感がした。


 シズの方を見れば、今度はリタがやらかしていた。新たに作ったシーツの縄をシズの首に巻きつけようとしていたのだ。


「リタ、駄目だ。駄目だからな!」


 女性陣の洒落にならない脅し——というか犯行未遂に、シズは自分が凶行に走った理由をぽつりぽつりと語り始めた。命が惜しかったのだろう。


 シズ曰く、リム家の財政というのは芳しくはないらしい。


 領地経営に興味のない当主のパーシーは王都で遊び呆けるだけだし、部下も優秀とは言い難い。


 それは分かっていたことだが、息子のシズまでもが察するほどだとは驚いた。


 いくら領地が隣とは言え、ご家庭の財政状態までは分からないものだ。なにせ、リム家は領民から税をギリギリまで搾り取っていたのである。だから、もっと余裕があって豪勢な暮らしをしていると思っていた。


 シズの父であるパーシーは、遊びたいのに金はないという状況に陥った。いいや、度重なる散財が収入を超えただけである。普通は、そこで贅沢をあきらめるだろう。なにせ、先立つ物がないのである。


 ところが、パーシーはとんでもない商売を考えた。


 それは、貴族女性たちの相手に息子を斡旋するという商売だ。


 暇を持て余した女性のなかには、青い果実を食べてみたいと考える人間もいるらしい。社交界で派手に遊ぶパーシーには、そのような倒錯的な趣味を持つ婦人の知り合いがいたらしい。


 シズは十三歳にしては精悍で、獅子のような雰囲気を醸し出す美形だった。しかし、どことなく十三歳らしい揺らぎがある。そのアンバランスさが、大人の女性たちを虜にした。


 シズが相手にした女性の人数は片手に収まらず、時には少年に良いようにされたいという倒錯した男まで相手にしたらしい。


 百人の女性を相手にしたと強がったシズだが、あれは相手にした女性の人数を覚えていないという意味だったのかもしれない。


 俺は、シズに同情してしまった。


 シズは、親に売られたのである。そして、心をすり減らして大人の相手をしていたのだ。だが、リリシアとリタが情けはかけるなという目で俺を睨んでいた


 シズが身売りをしているという噂は社交界の裏であっと言う間に広がり、顧客はより一層増えたのだという。その頃にはシズは女性の喜ばせ方を誰よりも分かっていたし、自分の天職だと勘違いしていた。


 俺は天職ではないと思う。


 シズは、それしか仕事を知らなかっただけだ。


 知らなかったから、それが天職だと思い込んでしまったのだ。


「シズ……」


 俺は、シズのことをぎゅっと抱きしめていた。


 俺の行動に、全員が驚いていた。自分を襲おうとしていた人間を抱きしめるなんて、自分でもどうにかしている。けれども、この子供が可哀そうで仕方がなかった。


「なにするんだよ!」


 シズは、俺を押しのける。


 俺はよろけたが、そんな体をリリシアが支えてくれた。兄としてリリシアが頼りがいのある妹に育ってくれて嬉しい。


「同情なんてするな!子爵として大事にされてきたお前に、人の気持ちが分かるわけがないだろう!!」


 たしかに、分からないであろう。


 けれども、今に必要なのはシズがいらないといった同情であろうと思ったのだ。


「気持ちが分からなくても優しくしたいときはあるだろ」


 シズは、痛みに耐えるような顔をした。


 その気持ちは俺には分からなかったが、シズを守りたいと思った気持ちだけは本当のものだった。


 シズは、再び語り始める。


 すっかり爛れた生活に慣れたシズだが、パーシーの贅沢も止まらなかった。


 領地からも金は搾り取っていたが、荒れた領地から送られる送金など僅かだったであろう。ただでさえ王都の物価は高い。地方から様々なものを送られてくるが、そこには輸送費がかかっているからだ。


 下手をすれば、高級紅茶の一杯分の値段が地方よりも三倍も高かったりする。


 普段の俺は、味の違いが分からないので安い紅茶しか飲んでいない。それでも社交界シーズン中にかかる紅茶の費用が増えたので、王都での暮らしの大変さは身に染みていた。


 社交界シーズンのみ王都にいる俺たちでも、こうなのだ。王都に一年中いるようなパーシーの出費は、かなりのものであろう。


 パーシーが特に好んだのは、ポーカーだという。


 カード遊びは貴族の嗜みであり、王都には専用の会場があるほどである。そこでは夜な夜な貴族たちがカード遊びに興じているらしいが、身持ちを崩すほどに遊ぶのは恥だ。


 カード遊びは、あくまで社交の一つ。


 遊び自体を楽しむというよりは気の合う仲間を見つけたり、格上の人間と知り合うのが目的なのである。


 だが、パーシーの遊びは度を越えていた。


 そもそもパーシーはカード遊びが弱いらしい。それだというのに、身分不相応な額を賭けて負けるのである。


 時々なら勝つらしいから、そのときの幸福感が忘れられないのだろうか。カード遊びをしたことがない俺には分からない趣味だ。


 パーシーは、領地から搾り取った金と息子の肉体を売って稼いだ金も使いきってしまったらしい。


 ものすごい浪費癖である。


 いくら王都の物価が高く、カードが趣味といってもなかなか消費できない額だったと思うのだが。


「そうか……。俺の家よりも領地が狭いのか」


 リム家は男爵であり、子爵の俺より領地が狭いのだった。


 俺は、今まで自分の領地が荒廃した場合で計算していた。だから、リム家はもっと余裕があると思っていたのだ。だが、男爵家の領地であっても、それなりの税収はあるはずである。たとえ荒廃していてもだ。


「どれだけ使ってたんだよ……」


 俺だって、領地で新しいプロジェクトを始める時は色々とカツカツであったのに。


 シズの手前では言えないが、いっそのこと羨ましい。


 なにせ、俺は新規のプロジェクトを立ち上げる時に資金が足りなくて服まで売り払ったのだ。資産運用はキャリルがやっているので、俺が動かせる金は微々たるものなのである。だから、資金を集めるのに苦労したのだ。


 息子で稼いだ金も使い切ったパーシーは、新たな金儲けを考えた。


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