第20話シズがもたらす恐怖
「人の家で、メイドをベッドに引きずり込もうとするな!」
俺はシズを怒鳴りながら、リタを引きずり剥がした。リタは泣いてはいなかったが、目を大きく見開いて呼吸を荒くしている。乱れてしまった着衣が憐れだったが、俺はどうすることも出来ずに目をそらした。
「というか……シズは十四歳だよな」
俺は、改めて事実を確認する。
だが、十四歳がメイドをベッドに連れ込もうとした事実を脳が拒否するのである。
「誕生日がまだだから、俺は十三歳だぞ」
シズ本人から、衝撃的な一言が告げられる。
十三歳といえば、前世では小学生か中学生という年頃である。そんな年頃の子供がしでかしたことは、俺の理解の範疇を超えていた。
「まだ十三歳だよな。十三歳って、女性を引きずり込んで色々と出来るのか?精通しているのか……?栄養状態が良ければしているのか?俺って、どうだったっけ?いや、前世じゃなくて今世でも……」
俺が混乱にしていれば、シズは髪を書き上げる。その仕草は艶っぽくて、俺でさえ心臓が高鳴った。
それどころではないというのに、目の前の獣のような少年から俺は目が離せなくなったのだ。
「ちょっとまて……。なんで、こっちにくるんだよ」
シズは、成長が早い。
故に、周りよりも早くに雄になった。それだけだというのに、シズに近づかれると冷や汗が止まらなくなる。何かをされてしまうのではないかと不安になるのだ。
「……ああ。眉毛に目を潰れば、イケるか」
なにが、イケるのか。
リタを置き去りにしたシズは、俺にゆっくりと近づいてきた。十三歳のくせに大人と大差ないシズの体躯が、蝋燭の光でぼんやりと闇に浮かび上がる。自分よりも力強くて大きなものに、俺は本能的な恐ろしさを感じた。
「こっちに来るな!」
燭台を振り回して、俺はシズを追い払おうとする。シズは面倒臭そうな顔をして、俺の手首を掴んだ。ぎゅっと掴まれると、傷みで動けなくなる。見た目だけではない。シズは力も大人の男並みであった。
「危ないもんを振り回すな。火事になったらどうする」
燭台を取り上げられ、シズは蝋燭を吹き消した。それでも明るさが損なわれないのは、シズの部屋の蝋燭に明りが灯されているからだ。
あっと言う間に壁際に追い詰められた俺は、退路がシズの両手で阻まれていることに気がつく。この状況は何なんだと脳内で大混乱を起こしていれば、昼間とは別人のように吊り上がっているシズの瞳が近づいてきて——。
「何やっているんですの!!」
淑女らしからぬ叫びと共に、シズの頭が俺の視線から消えた。
駆けつけたリリシアが、シズを蹴り飛ばしたのであった。シズはリリシアの蹴りによって壁に叩きつけられて、「ぐはぁ」とよく分からない声をあげていた。
女子の力とは思えなかったが、これが火事場の馬鹿力というものかもしれない。ともかく、助かったことに俺は安堵する。妹に助けられた兄の情けないという感情は、今この時は消えていた。それぐらいに、俺は切羽詰まっていたのだ。
「こんな眉毛なのに……。こんな眉毛なのに」
俺は自分を抱きしめて、よく分からない事を口走っていた。
「嫌な予感がしたと思ったら、これですか!!このケダモノ。眉毛のお兄様の唇の純潔を散らすのは、私ですよ!!」
聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、聞こえないふりをした。なにせ、リリシアは俺の救世主だ。彼女が来なければ、どうなっていたことか。
親切心で泊まらせた子供に、ぺろりと食べられた子爵など恥以外の何物でもない。
いや、その前に俺が正気でいられただろうか。迫られただけで、こんなにも怖かったのだ。襲われてしまったらと思えば……考えるだけで恐ろしい。
「イムル様。お怪我はありませんか!」
血相を変えて俺に駆け寄ってくるリタだが、彼女の胸元のリボンは外されて胸元は大きくはだけている。いかにも、何かをされそうだったという格好だ。
俺よりも酷い格好に、シズに対して殺意が沸いた。小さい頃から世話になったリタには、身内意識があるのだ。そんな彼女が酷い目にあわされたのだから許せない。ついでに、俺を襲おうとしたことも許せない。
リリシアに蹴られたシズは、痛そうにしながらも起き上がる。背中をさすっていたので、そこを強か打ち付けたのであろう。いい気味だ。
「たく。若くて美人のメイドを世話係によこしたんだから、やる事は一つだろ。なのに夜更けに騒ぎやがって」
昼間の良家の子息然としたシズは、どこに行ったのか。
眼の前にいるのは、シャツをめくって腹筋をさらす男に近い少年だった。しかも、ガラが悪い。
貴族の綺麗な育ち方をした少年ではなく、裏路地の汚い悪事を知っているような瞳が恐ろしい。
「お前、十三歳だろ!ベッドに女性を引きずり込もうとするなんて!!」
前世だったら、中学一年生である。部活やら何やらで、きらきらとした青春を送っているはずの年齢なのに。
しかも、シズの様子からして今回のことが初めてではないだろう。リタの時といい、俺の時といい、シズはかなり手慣れているふうだった。
女を連れ込むのは絶対に初めてではないし、男に手を出すのも初めてではないはずだ。早熟にもほどがある。もういっそのこと怖い。
「うるせぇな」
シズの乱暴な物言いに、俺はびくりと体を震わせる。そして、リリシアが俺とシズの間に立つ。情けない俺を守っているのである。
「こっちは、親父の付き合いで女なんて百人は食っているんだよ」
聞き捨てならないことを聞いた。
俺の父親は前世および今世も早世しているので、父親と息子の正しい関係など分からない。
分からないが、シズの置かれた環境が普通ではないことだけは分かった。どこの世界に息子に女を紹介する父親がいるというのだろうか。
「そっちこそ、その歳でなに良い子ちゃんぶっているんだよ。子爵家のご当主様ならば、女なんて放っておいても入れ食い状態だろ」
百人云々に関しては、十三歳らしい見栄だろう。どうやったって計算が合わない。一夜で複数を相手にしたって、百人は絶対に無理だろう。
それとも、一人に対して早業で戦っていたのだろうか。俺は滅茶苦茶になっている思考回路を落ち着けて、なんとか平静を保った。
しかし、見栄の内容が十三歳らしくない。女性経験の数を誇る十三歳なんて、聞いたこともなかった。
「色々と言いたい事はあるけど、リム家の教育はどうなっているんだ……」
俺の父親のことがあるから、男が女好きの絶倫でも理解ができる。俺の父親だったら、百人切りを達していても驚かないだろう。
だが、シズは違う。
彼は、まだ十三歳だ。
十三歳の子供に付き合いで女の味を覚えさせるなど、前世では虐待の部類に入ったはずである。
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