第19話シズの本性
眠りにつく前には、ホットミルクを飲みながら本を読むのが俺の日課になっている。蝋燭を贅沢に三本も使った毎日の日課は、この世界の基本を学ぶ上ではとても役に立っている。
本で常識を得るなど必要ないほどに現世に馴染んでいる俺だが、知的好奇心を刺激される読書の習慣は止められない。それに、この時間が一番脳が働いて良いアイデアが沸いてくるような気がするのだ。
「航海技術は、中世のものと変わらないのか。食糧事情も変わらないみたいだし、強飯を作れたら売れるかな」
本によれば船乗りたちの食料は焼き締めたビスケットとビール。原始的な缶詰も開発されていない現世では、それぐらいしか日持ちする食料はないだろう。だとすれば、船上では様々な問題が起きているはずだ。
「たしか、大航海時代の船乗りのメニューって酷いんだよな。虫食いだらけのビスケットを食べていたとか聞いたことがあるな」
日持ちだけを考えたメニューは、栄養面のことは全く考えられていない。おかげで、船乗りたちはビタミンC不足に苦しむことになった。
さらに航海が長くなればビスケットには虫がわくが、それしか食料はない。つまり、絶対に食べなければならないのである。
未熟な後悔技術では命の危険云々の前に、俺が外国に絶対に行きたくない理由の一つである。俺は虫だらけのビスケットなど食べられない。
ところが、強飯という保存食は全ての問題を解決する。
強飯は炊いたり蒸したりした米を乾燥させたもので、前世におけるアルファ米だ。お湯や水をかければすぐに食べられる上に、玄米はタンパク質を除けばパーフェクトな栄養素を持っている。米の底力は、恐ろしい。
「米の生産量をあげられたら……。でも、現状で米のメニューは少ないからなぁ。売れないものを作らせるわけにはいかないし」
色々な思いをはせながら、俺は金儲けのことを考える。俺の領地の主な生産物は小麦だが、不作の影響もあって蕎麦も作るようになった。
俺としては米も追加したいところなのだが、どうにも難しい。そして、三種類の農作物を育てろというのは領民たちの負担にはならないか心配にもなってしまう。こういうときに農業未経験な身が口惜しい。
「強飯を作って、どこかの会社に売り込むか……。それで、米を売りさばく場所を先に確保して……。てか、この世界で保険とか出来ていたんだっけ?保険会社の始まりは、船の会社から始まっていたと思うんだけど……」
色々な事を考えながら、俺は眠気に襲われる。そろそろ夜の思考の時間も御開きにするべきだろう。あまり夜更かしすると明日が辛くなる。
蝋燭を吹き消して、俺が寝る準備を整えていると
「きゃー!!」
絹を引き裂く悲鳴に、俺は飛び起きる。
悲鳴は客間、つまりはシズの部屋から聞こえてきた。ならば、女の悲鳴はリタのものだろう。美しいメイドの悲鳴に、賊でも忍び込んだのかと俺の心拍数があがる。
「何があったんだよ!」
ベッドから飛び起きて、俺は蝋燭に火を灯す。そして、燭台ごと鷲掴みにして部屋を出た。
廊下を蝋燭の炎で照らしながら、俺は出来る限りシズの部屋へと急いだ。今まで屋敷に賊が忍び込んだことはなかったが、今回もそうだとは限らない。
ましてや、今夜からはシズがいるのだ。パーシーの領で怨みを抱いた何者かが、シズを害しにやってきたという可能性がないわけでもなかった。
「眉毛のお兄様!」
シズの部屋の途中には、リリシアがいた。
彼女も悲鳴を聞いたが、女一人では動けずに立ち往生していたらしい。俺は震えるリリシアを抱きしめて、彼女の目を見て指示を出した。
「隠れていろ。俺は悲鳴の確認をしてくる」
リリシアの返事を待たずに、俺はシズの部屋に急ぐ。たどりついた部屋のドアは閉められていたが、鍵はかけられていなかった。息を整える間もなく、俺は部屋を蹴破る。
「リタ、シズ。大丈夫か!何があったんだ!!」
俺の目に飛び込んできたのは、リタをベッドに引きずりこもうとするシズの姿だった。上半身をはだけさせた彼は色っぽかったが、今はそれどころではない。というより、状況がよく分からなかった。
「なにやっているんだ!!」
俺は、そう叫びながら目の前の状況を整理する。シズが、リタをベッドに引きずり込もうとした。そして、リタが悲鳴を上げたのである。
つまり、シズが悪い。
そして、シズがリタを引きずり込んだ理由は……どう考えても夜伽をさせるためだろう。
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