第18話シズ・リム


 シズ・リムという微妙に語感が悪い名前の子供が家に来たのは、俺が十四歳の誕生日を迎えた後の話だった。


 俺の館の馬車も高価なものではないが、それよりも数段落ちる馬車から降りてきたのは身長が高い少年だ。


「これは、随分とデカいな……」


 俺は平均身長だが、それをシズは悠々と見下ろしている。シズを頼まれたパーティーでもシズとは挨拶はしていたが、その時よりもさらに成長していた。


 しかも、彼が持っているのは身長だけではなかった。全身に程よい筋肉がついており、均整の取れた身体つきをしている。少しばかり日に焼けた肌は貴族たちにはないワイルドな魅力に溢れていて、大人っぽい服を着せたら年頃の御夫人だって口説き落とせるかもしれない。


「暫くの間、お世話になります」


 シズは、ペコリと頭を下げる。


 貴族の子弟らしい礼儀正しさで、少しばかり安堵する。獅子のような見た目だが、中身はリリシアと大差がない子供である。身体が大きいからと言って、こちらが脅える必要はないのだ。


「パーシー男爵には勉強させろとは言われているけど、同年代の君に俺から教えられるようなことはないと思う。だから、明日からは俺と同じ授業を受けてくれ。ルーシュ先生は優秀な人だから、新しい学びがあると思う」


 シズを預かったのは良いが、実の所なにを勉強させれば良いのかは模索中だった。俺としてはすぐにでも領地改革の技術を盗んでいって欲しいが、十四歳の彼には荷が重い可能性の方が強かった。


 だから、とりあえずは俺と同じスケジュールで動いてもらうことにしたのである。これならば、俺もシズの学力が分かる。


 もしも、シズの学力に遅れがあるならば、ルーシュ先生に特別授業をしてもらってもいいのだ。


「今日は疲れただろうから、休んで欲しい。部屋は、メイドのリタに案内させるから」


 ひかえていたリタが、ぺこりと頭を下げる。


 十歳の頃から俺の面倒を見てくれていたリタは、二十代前半の魅力ある女性になっていた。結婚もしていたが、相変わらずメイドとして屋敷で働いてくれている。俺としても気心が知れているリタに生活の面倒を見てもらえるのは、気楽なので助かっていた。


「リタは、普段は俺つきのメイドだ。ここにいる間のシズの面倒は、彼女に一任するから。なんでも言ってくれ」


 リタは、非常に優秀なメイドだ。


 本当は俺の側から離したくなかったのだが、いくら立派な体つきをしていると言ってもシズも所詮は子供である。


 ホームシックになる可能性を考えて、俺の面倒を見ていたせいで子供の扱いになれているリタにシズをお願いしたのだ。


「シズ様、リタと申します」


 リタは、改めてシズに向かって頭を下げた。その優雅さに、シズはどこかほっとしたように見える。彼女が熟練のメイドだと分かったからだろう。


「イムル子爵、ありがとうございます。メイドまで付けてもらえるとは思ってもみませんでした」


 シズの堅苦しい呼び方に、俺はなんとも言えない気分になる。


 貴族同士が階級で呼び合うことは普通なのだが、同い年のシズに家の中でまで「子爵」と呼ばれるのは落ち着かない。


 俺は歳若くして子爵を継いだから、大抵の人間が「子爵」ではなく様付けで呼んでいた。家の中では、特にそうである。


 だからこその違和感だが、俺もそうは言っていられない時期が近付いている。なにせ、もう十四歳だ。


「まぁ、良いチャンスだと思って慣れるか」


 俺は、小さく呟いた。


 この国の成人年齢は十六歳で、俺は後二年で子爵家の権利や財産を全て相続する。正式に当主となった暁には、子爵と呼ばれる場面が増えるのだ。その時のためにも、今回のことは良い経験になるのかもしれない。


「あら。そちらの方が、リム男爵家の御子息ね。はじめまして、私はイムルとリリシアの母のキャリルです」


 キャリルの声が聞こえてきて、俺とリリシアは背すじを正した。キャリルと俺の関係は相変わらずで、彼女は俺の行動にいちいち難癖をつけるのだ。


 さすがにシズのいるところではいつものヒステリーも鳴りを潜めるかと思ったが、俺の考えは甘かった。


 キャリルは、冷徹な瞳で俺を睨みつける。


 そして、金切り声で俺に文句を言い始めた。


「イムル、教師ぶった態度を取るのは止めなさいと言ったでしょう!普段から家で偉そうにしているから、友人の一人も出来ないのですよ。しかも、ティーパーティーでは農業の話をし始めたとか。まったく、家の格を落とすような事ばかりして!!」


 キャリルのヒステリーは、昔から全く変らない。俺のやることが気に食わないだけなので、俺は相手にしていない。キャリルが満足すれば落ち着いてくれるのだ。


 キャリルのヒステリーを初めて見たシズは驚いていたが、この屋敷に住む以上はコレにも慣れてもらわないと困る。なにせ、止めようがないのだ。


「お母様!眉毛のお兄様は領民をバカにした子どもたちを叱って、穀物や野菜が苦労の末に出来ているのだと説明していただけですわ。勘違いしないでください!」


 放っておけば徐々に沈静化するキャリルのヒステリーに、リリシアが油を注ぐ。止めて欲しいと思うのに、リリシアは止まらなかった。


「お母様は、眉毛のお兄様を目の敵にしすぎです。お兄様は、この世で一番素晴らしい当主ですわ!これ以上のお兄様の侮辱は、お母さまでも許しませんからね」


 火に油を注いだせいもあって、キャリルのヒステリーはさらに燃え上がった。リリシアも頭に血が上って、母親をなだめるという事が出来ていない。


 昔は母親を操っていたというのに、最近のリリシアはキャリルに反発してばかりだ。これが反抗期というものだろうか。


「……まぁ、これが我が家の日常だから慣れてくれ」


 驚いているシズに、そのように俺は伝えておいた。シズは俺やメイドのリタの方に視線をさまよわせて「家族仲が悪いのですか?」と耳打ちしてきた。


 まぁ、仲良しこよしではない。



 そのように、シズには説明をしておいた。


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