第17話パーシー男爵

 パーシーと家族は、一年を通して王都いる。


 つまり、遊び呆けている貴族の一人だ。親の世代はしっかりしていたと話には聞いていたが、息子の教育は熱心ではなかったらしい。おかげで出来上がったのは、働くことが大嫌いで遊ぶことが大好きな駄目な大人である。


 領主が無能であろうとも部下がしっかりしていれば問題ないのだが、パーシーの所は上司部下共にポンコツだった。


 いや、ポンコツに領地経営を任せているパーシーが全面的に悪い。そのせいで、俺はポンコツ達がやらかした失敗の迷惑を被っている。


 少し前に夏の暑さが続いて、作物が不作になった年があった。食料が不足すれば、他の物の値段も上がる。


 この世界のほとんどは自然から生み出されるもので作られており、自然環境が厳しくなれば全ての産業が打撃を受けるのである。


 たとえば冬の寒さを乗り切る焚き火に使う木だって育ちが悪くなるし、牛の餌の草だって少なくなる。そうなれば家畜が痩せて肉が取れなくなるのだ。


 おまけに、洋服に使う麻や絹も自然の影響を受ける。全ての物の値が上がれば、苦しい生活を強いられるのは貧しい者たちだ。


 俺は税を安くする代わりに、不作に強い食物を畑の隅などに植えることを推奨した。


 蕎麦の実である。


 蕎麦は、痩せた土地でも良く育つことで有名だ。この国では一般的ではない作物ではあったが、すでに実験して育つことは立証していた。


 食べ方に関しても蕎麦は小麦と同じように粉にしてから食すために、抵抗なく食べられるであろうと考えたのだ。


 そんな工夫もあって、俺の領地は不作であろうとも死者などは出さずに乗り切ることが出来た。それなりに蕎麦も受け入れられて、ガレットのようにして食べる人間が多くなったのは行幸だ。


 このお洒落な食べ物は、貧しさから死者を出さないように作られた作物から出来たものとは考えられないほど美味しい。リリシアも気に入っている。


 だが、あろうことか隣のパーシーの領は不作のなかでも税金を上げたのである。理由はいくつか考えられたが、王都にいたパーシーが金を無心したせいであろう。


 田舎で様々なものが値上がったということは、王都ではより一層の値上げがあったはずである。


 そのせいもあってパーシー領では、飢饉が発生した。こうなると領民は逃げ出して、俺の領地に転がり込んできたのだ。


 これが数人や数十人だったら笑って受け入れられるが、数百人の規模になればそんなことは言っていられなくなる。村単位での移住は困難を極めるのだ。なにせ、すぐに使えるような土地がない。


 農業というのは土が命で、これは一朝一夕で出来るようなものではない。


 土地の癖を理解し、肥料を与えて、土壌改良をしなければ作物を育てることが出来ないのである。移住されても土地が足りないと言うのは、こういう理由なのである。


 俺の領地は豊かだが、それだってキャパシティーというものがある。


 元々の住民が飢えないように、移住しようとしている人間も心を鬼にして追い返すしかない。前世の世界の難民に近いような状況を作ってしまうのだ。これは、非常に心苦しい。


 しかし、難民化した領民を追い返しても、まだまだ厄災は続く。彼らは時に自分たちが生き残るために、俺の領地の村を襲うことがあるのだ。


 こうなってくると共倒れになりかねないので、俺は何度もパーシー男爵に苦情をいれている。王からの補助金も出ていたはずだ。しかし、暖簾に腕押しで結果が出ていない。


 パーシー男爵が領地にまったく気を配っておらず、部下の人事にさえも他人任せにしているからだろう。


「イムル様の噂は、常々聞いております。様々な分野の学者を呼び寄せて、日々勉学に励んでいるそうですね」


 俺をひたすら褒めるパーシーは、とても胡散臭かった。お菓子を食べるふりをして、俺は彼を追い返す術を考える。


 俺の方が身分は上だが、それでもご近所だ。角が立たないようにお別れしたいというのが本心である。


「実は、私の息子もイムル様と同い年なのです」


 知っている。


 だが、会ったことはない。基本的に用があるのは、当主のパーシーか全権を任されている部下なので息子の方には用がなかったのだ。だから、情報としてとしか息子がいることは知らなかった。


 しいていれば、あの領地を立て直すのは大変なんだろうなと同情したぐらいだろうか。それぐらいの興味しかない存在だったのだ。


「是非とも、イムル様のところで勉強させてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」


 なんだそれは、と言いそうになった。


 子供の教育を遠縁の親戚に任せることは、ままあることだ。だが、それはどちらかというと女の子の方が多い。


 親戚の家で行儀見習いをさせて、しっかりとした礼儀作法を叩き込んでもらうためだ。こうした花嫁修業は、主に自分たちよりも格上の家に頼むことが多かった。


 だが、男子となれば話は違う。


 男子は、家で教育されるものだ。唯一の例外は、海外への留学のときだろうか。そういうときは、親の知り合いに子供を預ける場合があった。しかし、どの場合とも今回は違う。


「……いくら俺たちの領地が隣り合っていても、さすがに日帰りということは」


 移動手段が馬車しかない世界なのだ。


 いくら隣の領地だからと言って、家から俺の館まで毎日通ってくれというのは無理がある。


「ええ、ですから、しばらく預かって欲しいのです。イムル様の御家なら、我が愚息を安心してお預けできます」


 やはりそうなるのかと思って、俺はため息をつきたくなった。


 できれば厄介ごとは引き受けたくないので、どうにか断りたい。ただでさえ、パーシーには迷惑をかけられているのだ。これ以上の縁を結ぶのは御免だった。


「パーシー男爵。あなたは息子を眉毛のお兄様ほど有能にして、領地の問題を解決させるつもりですね」


 びしっと言い放ったのは、俺の後ろにいたリリシアだ。


 何を言っているのだろうか。


 俺が戸惑っている内に、リリシアは話を進めてしまう。


「うちの領地には、眉毛のお兄様の工夫がいっぱいだもの。そのアイデアを盗む気でいるんでしょう!」


 リリシアは憤慨しているが、俺の手元に盗めるようなものなどない。有益そうな前世の知識はあるが、それだって今世で通用するのかも分からないのだ。少しずつ実験を繰り返しているが、通用しなかった知識も山のようにあった。


「それに、私から眉毛のお兄様を取るだなんて許さないんですからね」


 頬を膨らませたリリシアは、俺の腕に抱きついた。ご立腹のリリシアを引き離しながら、俺は前向きに物事を考えてみた。俺の領地の技術を盗んでもらえれば、パーシー領が栄えるかもしれない。そうすれば、俺の頭痛の種が一つなくなる。


 しかも、息子が優秀に育ってくれたら、将来の憂いまでなくなるのだ。これは、俺にも旨味がある話なのかもしれない。


「分かりました。しばらく、息子さんをお預かりします」


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