第16話ティーパーティー

 そんなふうに子供時代を過ごす俺とリリシアには、人生の新たなステップに踏み出す時が来た。王都で開かれるティーパーティーに招待されたのだ。


 ティーパーティーは、社交界に出られないような幼い子供たちが招待されるパーティーである。


 デビューの歳がはっきりと決まっている夜会と違って、親がマナーが身についたと判断した時から出席を許される。しっかりとしたマナーを身に着けていた俺たちなので十三歳のデビューは遅いぐらいだったが、毎度のごとくキャリルの反対にあっていたのである。


 俺のマナーはなっていないとヒステリーを起こし、そこに俺と一緒でなければティーパーティーにはいかないとリリシアがごねた。娘のためにも、あまりデビューを遅らせてはいけないと判断したキャリルは俺のデビューをようやく許したのである。


「なんというか……。幼いな」


 普段は大人を相手にしているせいもあって、ティーパーティーにやってきている子供たちが殊更のこと幼く見えてしまう。俺が転生者だからという理由ではない。普段一緒にいるリリシアがしっかりしているせいで、周囲が子供っぽく見えてしまうのである。


「本当に、周囲が幼く見えます。お兄様の大人顔負けの活躍を見ているせいですね」


 俺にエスコートされているリリシアは、そんなことを呟いていた。これかに関しては、俺が転生者だからというだけだ。


「ところで、お兄様。新調したドレスは、どうでしょうか?」


 リリシアは、今日のために作られたドレスを俺に見せた。黄色いドレスは、タンポポを思い起こさせる明るい色合いだ。元気で溌剌なイメージがあり、リリシアに良く似合っている。それに、とっても春らしい。


「似合っているよ。たんぽぽの精霊みたいだ」


 俺の一言で、リリシアの顔が輝いた。


 俺は言ってから、タンポポの精霊と言うのは褒め言葉だったのだろうかと首をひねってしまった。


 なにせ、タンポポは雑草である。


 女の子が言われて、嬉しい例えではなかったのではないだろうか。それでもリリシアは喜んでくれたので、不器用な兄としては及第点だったのであろう。次は、もうちょっと気の利いた褒め言葉を考えておこう。


 それにしても、ティーパーティーは暇である。普段大人を相手にしているせいもあって、子供たちの会話についていけない。これなら王都に来ずに、領地に引きこもっていた方がマシであった。


 ティーパーティーに出席できる歳になれば、社交界シーズンは王都にいるのが普通だ。俺としては領地のことが心配だったが、そこは優秀な部下および使用人が守ってくれることを信じるしかない。


 ティーパーティーに参加するのは、貴族の子供たちばかりだ。市井の子供たちよりも会話が鮮麗されているかと思いきや話す内容は、自分たちの家がどれだけ素晴らしいのかという自慢話が主である。


 男の子は先祖が勇敢な騎士であったことを自慢したり、王に気に入られた家系であることを自慢していた。


 女の子はドレスや宝石の自慢で、彼女たちの仲には気に入った男の子に粉をかけようとしていた者までいた。どこの世界でも恋愛に関しては、女の子は早熟だ。


 ともかく、驕り高ぶった子供たちの会話を聞くのは神経が磨り減る仕事だった。子供だからこそ、まだ長い鼻を折られた事がない。


 そんな子供たちの話は、可愛らしくもしつこいのだ。大人になればさりげない自慢の仕方や長い鼻を折られる経験もしているので、少しはマトモになるのだが。


「いや、マトモにならない人間もいたか」


 俺に会いたいと言いつつ、何故か自分の自慢話だけをして帰っていく大人を何人か見たことがあった。そういう人間ほど自分は周囲に好かれていると勘違いしていて、二回三回と面会を求めるのだ。子供たちが成長しても、あんな大人にならない事を今から祈ろう。


「眉毛のお兄様。このパーティーは、つまらないわ。だって、ドレスと男の子の話しかしないのよ」


 さっきまで同じ年頃の女の子と喋っていたはずのリリシアが、いつの間にか俺の隣にいた。


 リリシアは、ぷくっと膨らませた頬を仕立てたばかりの扇子で隠す。パーティーに退屈する姿には、淑女の面差しが見え始めていた。


「私たちは普段は領地に籠っているから、ここでお友達が出来ると思ったのに……。皆、退屈な会話であきないのかしら」


 俺から見たら大人びていた女子の会話だったが、リリシアには物足りないらしい。退屈そうに、大きなため息をつく。


「お兄様のように大人のお客様の対応がしたいわ。楽しいお客様が来た時のお兄様は、本当に楽しそうだから」


 そうはいっても当主の俺とは違い令嬢であるリリシアが来客の相手を出来るのは、まだまだ先のことであろう。リリシアとしては、それが残念でならないようだが。


「ねぇ、ここの婦人のサロンに行ってみたいわ」


 ティーパーティーは、裕福な家の女主人が中心となって行われる。


 今回のティーパーティーの主催者の婦人の姿は見えないが、彼女の娘と息子が小さな体でお客様をもてなしていた。会場も主催者の館であり、品の良い調度品が豊かな生活を思わせている。


 この家の女主人は、趣味が良い。インテリアに疎い俺でも、そう思うような部屋作りだ。良い意味でリラックスできる。


「ここの御婦人は、天文学者のパトロンになっているそうよ。望遠鏡という物を見せてもらえないかしら」


 きらきらと目を輝かせるリリシアは、数年前までは勉強の度に寝ていた少女だとは思えない。あらゆるものに興味を示して、まさに知りたがりの瞳をしていた。その顔に、俺は思わず吹き出してしまった。


「望遠鏡は持ち運びが出来ないから、サロンでご披露というわけにもいかないだろう。遠駆のついでに披露するとかじゃないのか?だとしたら、見られるのは、大人たちだけだな」


 子供の遊びはわずかで、それよりも勉強に身を入れるのが良しとされる。


 その代わりに、大人になればパーティーにダンス。お茶会や狩りといった遊びを謳歌して、時には賭け事まで楽しむのである。


 この世界の大人は遊びすぎだ。もっとも、そのような遊びが文化を作っているという側面もある。


 バレエや演劇、音楽。そういうものは貴族が享楽にふけらなければ発展せず、静かに消え去っていくだろう。そう考えると大人が遊びまわることも悪い一面だけではない。子供の俺としては、複雑な気分になるが。


 しかし、そんな享楽的な暮らしが出来るのは王都のみである。


 地方にあるのは大抵の場合はのどかな農村で、大抵の貴族は領地でせっせと仕事をするのだ。領主の仕事は多数にわたり、真面目にやっていれば休み暇がなかったりする。


 その仕事の補佐をするのが、使用人および部下だ。領主は彼らをよく教育して、自分たちの仕事の一部を任せたりする。そうして、一年に数ヶ月の社交界シーズンだけ王都にやってくるのである。


 ただし、王都で一年中遊び呆けている貴族もいる。そういう貴族は、二種類に分かれた。


 一つは、親が存命中の貴族たちだ。自分たちの責務を半場放棄して、歳をとっても親に甘えているのである。


 もう一つは、自分の使用人や部下に領地を完全に任せてしまうタイプの領主だ。彼らは遊ぶ金だけを送金してもらって、王都で享楽に耽るのである。


「おや、あなたはスタルツ子爵家の当主イムル様ではありませんか」


 子供ばかりが集められたティーパーティーだというのに、大人の声が聞こえた。しかも、俺の名を呼んでいる。


 嫌な予感がしたが、俺は精一杯の笑顔を張り付けて子供の群れのなかに混ざった大人に挨拶をした。


「お久しぶりです、パーシー男爵」


 俺に声をかけてきたのは、領地が隣り合っているパーシー・リム男爵である。


 お隣さんということもあって、何度か挨拶をしたことがあった。たしか、俺たちと同い年ぐらいの息子もいたと思う。


 でっぷりと太ったパーシー男爵が、子どもたちに紛れて俺に話しかけてきたというのは中々に滑稽な姿だ。子供たちも自分たちだけのパーティーに混ざってきた大人を不審者でも見るような目で見ている。


 それぐらいにティーパーティーに大人が混ざるのが異質なことなのだ。


 ティーパーティーに混ざる事を許されるのは、基本的には会場を提供した屋敷の女主人と使用人ぐらいである。大人の——しかも、男性がティーパーティーに混ざろうという事はない。


 それだけで、パーシーがやっていることが異様と分かる。


 そうでなくともパーシーという男とは、俺はあまり関わり合いになりたくはなかった。


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