第15話リリシアの快進撃


 リリシアの快進撃は、そこから始まった。


 元々が、母親を操れるほどに地頭の良いリリシアだ。授業をまともに受けるようになれば知識の吸収は素晴らしいものがあった。


 俺とルーシュ先生は、リリシアに様々なことを教えた。歴史や数学、古典、外国語。リリシアは、様々な教科の知識をスポンジのように吸収していった。


 リリシアは、魔法についても優秀だった。硝子玉を割らなくなったのもあっという間だったし、俺よりも魔力量が多いことが判明した。


 さすがは、聖女と言うところだろうか。


 ともすればルーシュ先生より多いかもしれない魔力量に、リリシアは喜んだ。


 貴族にとって魔力量は関係ないが、それでも自分の可能性が広がったことが嬉しかったのかもしれない。魔力量ばっかりは天性のものだから、努力云々でどうにかなるものではない。


 そして、リリシアは特に受けなくともいい属性判断を受けると自分で決めたのである。


 受けなくとも良い魔力の属性判断を自分から受けたいと言い出すのは、良い兆候なのであろう。何かに挑戦したいという気持ちの表れだからだ。


「自分の可能性を広げてみたいの」


 リリシアは、どこかワクワクした様子だった。自分を知る事が、楽しくて仕方がないという様子である。俺は、そんなリリシアが誇らしかった。


「眉毛のお兄様。私のことを見守っていてください。私は、自分の道を進みますから」


 リリシアは、そんなことを言うようになった。


 生意気だと思ったが、その生意気が可愛らしく感じるようになった。俺はリリシアのことが、今までよりも好きになっていた。


 もちろん、妹としてだ。


 というよりは、今までのリリシアのことを鼻もちならない奴だと無意識に思っていたのである。自分の可能性を広げたいとひたむきに進むリリシアは、俺にとって可愛い存在になっていた。


「あんまり生意気をいうな。俺だって、自分の道って奴を進んでいるんだから」


 リリシアが努力を進めている裏側で、俺もひっそりと色々やっていた。正確に言うならば、リリシアの先回りをして彼女が自分の可能性を広げられる下地を整えていたのだ。


 何をやっていたかというと出来る範囲で領地を富ませていたのである。


 勉強に打ち込むためには、まずは周囲の憂いを取り除かなければならない。周囲がギスギスしていたら、勉強どころではないからだ。


 母親のキャリルの問題は解決しようがないが、領地のことは俺でもなんとかできる。だからこそ、本気で領地と向き合ってリリシアの心配事はなくそうとしていたのだ。


「リリシア様、イムル様。私の恩師が魔力の属性判断を出来ると言っていました。一緒に行きましょう」


 リリシアと俺はルーシュ先生に連れられて彼女の師の元に連れて行かれた。


 ルーシュ先生の恩師は、穏やかな老人だった。


 彼が、リリシアと俺の属性判断をしてくれたのだ。といっても、ルーシュ先生の恩師は俺たちの頭に手をやっただけだ。傍目には、それだけだったので、ありがたみというものはなかった。


 ただし、ルーシュ先生は興奮していたので魔法使いとしては凄い光景であったのだろう。



 リリシアのついでに、俺も属性判断をしてもらった。


 俺の属性は、火。


 本職の人にテイマーとして才能があると言われたことをルーシュ先生の恩師に説明したが、自分ではあくまで属性判断しか出来ないと言われてしまった。テイマーとして活躍するには、専門家にきちんとした指導を受ける必要があるようだ。


「いつか竜を迎えるために、牧場に行って習っておいた方が良いかな?」


 竜は高価だが、いつか関西弁の竜を俺の近くに置いておきたいと考えていた。そのためには、テイマーとしての基礎的なことを学んでおいた方が良いだろう。


「あの人の所に行ったら……帰してもらえないような気がするんだよな」


 俺の脳裏に浮かぶのは、テイマーの男である。別れのギリギリまで俺をテイマーにしたがっていた人間の所に赴くのは、少し怖い気がしてならない。


 行ったら最後、帰してもらえそうにないぐらいの勢いだったからだ。行くときは、必ずルーシュ先生に付いてきてもらおうと思った。


「リリシア殿は、光の属性ですね。非常に珍しいものですので、出来れば魔法使いになることをオススメしたいのですが……」


 光の属性というのは、いかにも聖女らしい。


 しかし、歴代の聖女は必ずしも光の属性の魔力を持っているわけではなかった。だからこそ、光の属性の魔力は「めずらしいもの」というものとしか受け取られなかったのだ。


「貴族の御令嬢なら、魔法使いの道を目指すのは無理ですよね。本当は、ルーシュにしっかり鍛えてもらうのも面白いと思います」


 リリシアは、目を輝かせる。


 貴族令嬢が魔法使いになるだなんて思っていない恩師は、その様子に面食らっていた。


「魔法使いの才能もあるんですね。なら、頑張って魔法も練習します。私、自分の選択肢を増やしたいんです」


 そう言ったリリシアは、ルーシュ先生に本気で魔法も教えてもらっていた。俺は魔法の方にはあまり力を入れなかったので、魔法の腕前に関してはリリシアに抜かされてしまった。


 俺だって、魔法には興味はあったのだ。


 だが、領主としての仕事が忙しくなってきて、魔法の勉強は、後回しにせざるを終えなかった。これは俺の最大の後悔だ。いつか時間があったら、ルーシュ先生にじっくりと教えてもらうことにしよう。


 貪欲になったリリシアは、かつてのように俺を敵視するようなことはなくなった。ただし


「眉毛のお兄様」


 と未だに呼ばれている。「眉毛の素敵なお兄様」と呼ばれないだけマシだと思うことにしよう。そう呼ばれたことが一回だけあるのだが、おもわず変な顔をしてしまった。そんな俺を慮って、そのように呼ぶことはリリシアはしなくなった。


 呼び名などはどうでもいいと思っていたのに、こんなときばっかりは嫌だったのだ。だって「眉毛が素敵なお兄様」である。もはや、嫌みだ。未だに、どんなに整えても丸くなると言うのに。


 リリシアが勉強に励んでいる間、俺はというと子爵として行うべきことを徐々に増やしていった。


 無論、十二歳程度の子供に財産運用といった大切なことは任せてはもらえないが、来客があれば主として対応して、手紙があれば俺が返信を書くことすらあった。


 この手紙を書く作業に、意外と頭を使うのである。


 貴族社会は閉じられたコミュニティで、そこでいかに味方を多く作るのかというゲームをしているようなものだ。


 社交界デビューしていない俺にとって、手紙というのは他の貴族と交流を深める唯一の機会でもある。だからこそ、手紙の返信は気を遣うのだ。


 数学や古文、英文を読み解くのとは大きく違う。それでも、手紙で数学に興味を持つ好事家がいることが分かったり、前世の古文や現代文で学んだ詩を組み替えただけで感心する人がいたので、かつての勉強が全く役に立たないというわけではなかった。


 さらに、俺は領地改革のために何人かの専門家を招いたり文通したりしていた。彼らのなかには貴族社会に知り合いがいる者もいて、俺の噂を他の貴族たちに広めていたのである。


 これは俺の預かり知らないところで行われていたことで、いつの頃からか俺は面白い考え方をする子供と社交界では知られていた。


 もっとも、社交界に出られない俺が自分の噂に気がついたのは後のことである。姿が見えないのに注目されるのは奇妙なことで、俺宛に届く手紙はかなり増えていた。


 手紙をくれる人は領地に引きこもっている俺に会いに来たいという人がほとんどで、その申し出に俺は出来る限り答えることにしていた。


 客人は噂の変人子供の姿を一目見たいという人間がほとんどだったが、彼らとの繋がりだって将来は大切な縁になるかもしれない。


 それに、客のなかには専門家にも負けない知識を持っている貴族もいて、彼らと会話するのは純粋に楽しかった。そんな楽しい相手とは、出来る限り文通で繋がるようにしている。俺のちょっとした楽しみである。


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