第14話聖女候補の改心



 俺たちが帰る時間となり、馬車に乗り込もうとする直前までテイマーの男は勧誘し続けていた。テイマーの男いわく、俺は百年に一度の逸材らしい。


「本当にテイマーになる気はないのか?君だったら、最年少で竜騎士になることだって出来るかもしれない!!」


 すでに爵位を継いでいるからテイマーにはなれないと言っているのに、男は何度も勧誘してきた。優秀な若者を逃がしてなるものかという熱意は買うが、俺には俺でやらなければならないことがある。


 俺は子爵で、同時にスタルツ家の当主である。そして、聖女の導き手でもあるのだ。


 リリシアを立派な聖女にすることが、今の俺の最大の仕事なのである。


 それでも、テイマーの男の勧誘は止まらない。それは熱烈なほどで、関西弁の竜に笑われるほどだった。


「ちょっとイムル様は、もう子爵なんですからね。テイマーにはなりたくてもなれないんですからね」


 ルーシュ先生はテイマーの男をなだめているが、まったく聞かない。しつこいと思いつつ、こんなふうに俺を誘ってくれるということは自分の仕事に熱量を持って取り組んでくれているということだろう。


『なにかあったら、また来てや。空を飛んだら、どうにかなると思えるやさかい』


 関西弁の竜は、テイマーの男と違って気持ちよく俺を送り出してくれた。


「竜さん……。その」


 俺の背後に隠れていたリリシアは、関西弁の竜に向き合った。


 そして、深く頭を下げる。


「ごめんなさい!痛かったですよね。私、今度は痛くしないように頑張るから……」


 竜は、リリシアに鼻を押し付ける。


 許した、ということらしい。気が良いと言うか……心の広い竜である。


「じゃあ、またな」


 俺は、竜に手を振る。


 竜も尻尾を振って、俺に答えた。


 そんな一人と一匹に見送られて、俺達が乗った馬車はゆっくりと屋敷に向かって走るのであった。


「眉毛のお兄様……。さっきの言葉を覚えていますか?」


 車輪が地面を転がるガタゴトという音が響く中で、リリシアが真剣な声色で俺に尋ねる。リリシアが知りたがっている事について、俺は検討がついていた。


 俺は、リリシアが将来は聖女になると知っていた。だが、リリシアにしてみれば俺が聖女にしたがっているなど初耳であろう。だからこそ、俺に尋ねたいはずだ。


 この世界の聖女は、唯一神である女神の声を聞く者だ。聖女の数は国によって決まっていて、上限以上は増えない。我が国の聖女は五人で、そのうちの二人が高齢だ。


 不謹慎な話であるが、いつ新しい聖女が選ばれてもおかしくはなかった。そのため、俺が身内を聖女にしたがっているというのは十分にあり得る話なのだ。


 リリシアが聖女になれば、俺としては教会に身内を送り込めることが出来る。それがステータスになって、貴族社会のなかで地位を築いていくことも不可能ではなくなってくるのだ。リリシアは、そういう意味で俺が聖女を求めていると思っているのだろう。


 俺は、少し考える。


 俺は女神の声が聞こえるが、自分を聖女や聖者だとは思っていない。俺の力は、オリンポス女もとい女神もあくまで聖女を導くためのモノという口ぶりだった。


 ここでは、女神と面識があることを明かすべきではないだろう。リリシアが聖女に選ばれたら、俺の能力が彼女に移行される可能性もあった。


 いつまでもある能力だとは限らないし、気まぐれのオリンポス女のことだから「いつまでも力を俺が持っていることが気に入らない」という理由で能力を没収される可能性もあった。


 だから、俺は自分が聖者になるという目標は立てることはなかったのだ。そちらの方が手っ取り早いと知っていたとしても。


「俺は、リリシアには聖女になって欲しいと思っている。何故だかは、分るか?」


 リリシアは、どこか脅えたような顔で答える。


 無理もないと思う。リリシアは、まだ十歳で自分の将来像というものが固まっていない。おぼろげに将来は素敵なお嫁さんになると考えているのかもしれないが、その程度であろう。


「スタルツ家のため?」


 リリシアは、貴族の娘だ。


 家のために嫁ぐ覚悟もあるであろう。だが、今は自分の道はそれしかないと思い込んでいる。


「違う。俺は、リリシアのためにも聖女になって欲しいと思っている」


 リリシアどころかルーシュ先生も、疑問符を浮かべていた。俺の思い描く未来を二人とも想像できていない。俺は大きく息を吸って、自分の考えを述べた。


「聖女は、様々な特権や社会的な地位を持つことが出来る。キャリルは、父の浮気で「ああ」なってしまった。聖女になれば、夫と離婚したとしても自分の財産を持つことが可能だ」


 この世界では、貴族女性は財産を持つことが出来ないとされる。女性側からは、離婚も不可能だ。キャリルは俺の後見人だが、彼女が動かしている財産は法的には全てが俺のものだった。


 男尊女卑がひどい世界の中で、一定の自由が保証されているのが聖女である。


 聖女は夫よりも立場が上になるために、教会に申し立てれば離婚が可能である。さらに活動費が割り振られて運用が出来るので、財産を持つことだって出来た。


 最初こそ聖女というのは名誉職だと俺は思っていたが、調べれば調べるほどに女性が自由に生きられる道であったのだ。だから、俺は妹を聖女にしたいと思った。


 スタルツ家のことや俺自身の出世などは関係がない。聖女であれば、リリシアが幸せに自分らしく生きられると思ったのである。リリシアには、キャリルのようになって欲しくないのだ。


「でも、そんな生意気な女に結婚話は来ないわ。聖女様のなかには結婚できない方もいるのよ。そんなの女の恥だわ」


 貴族社会に生まれたのならば、条件が良い男性と結婚することが女性の唯一の目的になる。リリシアの言っていることは不思議でもなんでもなく、この世界の常識だ。むしろ、自由のために聖女になれと言っている俺の方が少数派なのであろう。


「もしも、普通の結婚をして……夫が浮気を繰り返すようなロクデナシだったらどうするんだ。キャリルのように神経をすり減らす生き方を選ぶのか?」


 俺の言葉は、ズルい。


 この世で一番不幸で最悪な結婚の例を挙げて、幼いリリシアを不安にさせている。


 しかし、俺達の親の結婚が不幸せなものであることには変わりはない。リリシアだって、あんな結婚生活はしたくないだろう。


「でも……お母様は、きっと許さないわ。あんな生活をしていたのに、お母さまは私が嫁ぐことを望んでいるもの。身分の高い男の人と結婚すれば、私は幸せになれるとお母さまは信じているの」


 リリシアは、どこか不安げだった。


 俺と同じように最悪な結婚を見ていたリリシアにも、結婚への不安はあったに違いない。だが、そこから逃れる術を知らないのだ。だから、自分は大丈夫だと信じることしか出来なかった。


 そんなリリシアの不安に答えたのは、ルーシュ先生だった。


「本当に聖女に選ばれたのならば、拒否権はありません。ならば、今はできる限り勉学に励めば良いのです」


 言い方は悪いが、聖女に選ばれるというのは『聖女に当選する』と同意義語だ。


 そこに女神の意思が働いていようとも、人間側には宝くじに当たったような偶然にしか思えない。だから、どんな将来でもよいように勉強をして備えれば良いとルーシュ先生は言うのである。


「実は、私も婚約者がいたんですが……。相手に、結婚するなら魔法の研究は辞めろと言われたんです。普通の奥さんになって欲しいって言われて」


 ルーシュ先生の言葉に、俺は驚いた。


 だが、ルーシュ先生の年齢ならば婚約していてもおかしくはない。


 むしろ、こちらの世界では未婚であることの方が珍しい年齢だろう。俺もテイマーの男との仲を邪推したばかりであったことを思い出す。それぐらいの年齢なのである。


「両親は結婚をして欲しかったみたいですが、私は魔法の研究をもっとしたいから、相手には悪いけど婚約破棄をしました。こうやって自分を貫けるのは、自分が魔法使いだからだと思っています。先生をやって稼ぐこともできますし」


 ルーシュ先生は、俺たち二人を見た。


 その目には、教師としての慈愛と自分たちの人生を真面目に考えて欲しいという願いがある。こんなふうに教師に思われたのは初めてかもしれないというほどに、ルーシュ先生の瞳は真摯であった。


 よく考えてください、とルーシュ先生は言った。


「勉強をして教養を深めるということは、将来の選択肢を増やせるということです。聖女になれなくとも婚家で重宝されるかもしれない。子供たちに色々なことを教えてあげられるかもしれない。私のように教師のようになるかもしれない。私は御二人には自分の可能性を狭めずに、広げられるようにして欲しいです」


 勉強は出来ることを増やすことだ、とルーシュ先生は言う。


 それには、俺も同意見であった。


「……将来なんて考えたこともないわ。普通に結婚して、子供を産んで、育てるだけだと思っていたし」


 リリシアは、どこか自信なさげにルーシュ先生を見た。リリシアの勉強に身に入らなかったのは、将来の不明瞭さから来るものだったのかもしれない。


 それと同時に、リリシアは勉強したところで役には立たないとあきらめていた。そういうものが、リリシアから勉強する気力を奪っていたのだ。


 だが、今は違う。


 俺とルーシュ先生が、リリシアにまだ見ぬ未来を教えている。


「私……これから頑張ってみる」


 

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