第12話竜の暴走
「眉毛の変なお兄様ばかり竜と喋ってズルいです。私も!!」
リリシアは、竜に手を伸ばした。魔力が制御できていないリリシアが竜に触るのは危ないと思ったが、それより早くに竜の方が動いてしまう。
『この娘。坊っちゃんの妹かいな。なら、挨拶を……』
リリシアに額の宝石を触らせた竜は、痛みに目を見開いた。
『なんや、この嬢ちゃん!魔力が……魔力が……!!』
痛みに悶える竜の声が俺の耳にまで届き、思わず耳をふさいだ。しかし、そんなことをしても竜が苦しがる声が聞こえてくる。
リリシアによって多量の魔力をいきなり注がれたせいなのだろう。竜の苦しみはひどい物ものであった。
「リリシア……やめろ。竜に魔力を注ぐのを止めるんだ!」
俺は、リリシアを止めようとする。しかし、リリシアの魔力放出は止まらなかった。止められなかったのである。
「あっ……。どうしよう、止まらない。止まらないのっ!!」
硝子球が壊れるほどに魔力を注ぎ込んでしまっていたリリシアは、自分の魔力放出の止め方すら分かっていなかった。ルーシュ先生が急いで、竜から俺とリリシアを引き離した。
テイマーの男が竜に声をかけるが、苦しむ竜には聞こえていない。
風を切る音がするほどの勢いで、竜は長い首を振り回す。頑強な竜の首に当たったら、人間などひとたまりもない。
「ルーシュ先生。生徒を連れて、もっと遠くまで避難してくれ」
竜は尻尾を地面に叩きつける。その衝撃で地面がえぐれて、男のテイマーの声はほとんど聞こえなかった。ルーシュ先生は自分の魔力を放出し、俺たちを守るために透明な結界のようなものを張る。
これは水だ。
水の結界だ。
「御二人は、ここから動かないでください」
ルーシュ先生だけが結界から出て、さらに魔力を放出させて水を生み出す。その水から、ルーシュ先生は巨大な剣を作り出した。
「ルーシュ先生!ここは手を出さないでくれ。俺たちテイマーで、竜を落ち着かせる」
テイマーの男はルーシュ先生を止めて、自らも魔力を放出させた。それは霧のように広がって、竜を包み込む。
竜の動きが、少しばかり鈍った。精神を落ち着かせる魔法なのかもしれない。それか、睡眠を誘発させる薬なのか。
「誰か来てくれ!暴走だ!!」
テイマーの仲間を呼ばれ、彼らは次々と魔法で竜を落ち着かせようとする。だが、それでも竜の暴走は止まらない。
そのうちに縄まで使って、関西弁の竜を取り押さえられた。さっきまでうるさいぐらいに聞こえてきたはずの竜の声は、いつの間に聞こえなくなっている。
「ルーシュ先生!」
俺は言いつけを破って、結界の外に出た。
ぐったりと動かなくなってしまった竜が心配になったのである。まさか死んだのではないだろうか。そんな不安に、俺は襲われていた。
「竜の奴は大丈夫だよな。生きているよな!」
俺が必死になって尋ねるので、ルーシュ先生は落ち着くように軽い力で抱きしめてくれた。自分でも気がつかなかったが、俺の呼吸は荒くなっていた。俺の呼吸が落ち着いてくれば、ルーシュ先生は竜を指さす。
「安心してください。竜は眠っているだけですよ。テイマーの皆さんたちが、ちゃんと処置してくださいましたから」
竜はテイマーたちの魔法によって、眠っているだけらしい。竜の声が聞こえなくなったのも、相手が眠ってしまったからなのかもしれない。
「良かった……」
少し喋っただけだったが、気の良い竜だったのだ。自分の妹が原因で殺されてしまったら、後悔だけが残るであろう。
「竜に勝手に魔力を注ぎ込むだなんて、何を考えているんだ!」
テイマーの男は、リリシアに語気を荒げて注意する。
今回は沢山のテイマーがいたから大事にならずにすんだが、もしかしたら俺達が大怪我をしていたかもしれない。それぐらいに危ない状況だった。
落ち着いて見てみれば、地面のいたるところに竜が暴れて出来たと思われるえぐれた跡がある。これが人体だったと思えば、ぞっとした。
それに、危なかったのは俺たちだけではなかった。
人を傷つけた竜は、処分されてもおかしくはない。一度暴れて怪我人を出した竜は嫌われるので、買い手がつかないのだ。
金にならない竜を養うほど牧場も余裕がないので、安楽死させられることが多々あると聞いたことがある。
俺は、ぞっとした。
動物ふれあいコーナーに来たぐらいの軽い気持ちだったが、俺達のちょっとした行動が竜の一生を決めてしまう事だってあるのだ。
そう。
——下手をすれば、竜を殺していたのである。
「私は悪くないわ!だって、天才なんだもの!!お母様だって、悪くないって言うはずよ」
リリシアは、何を言っているのだろか。
気持ち悪い。
前世で俺を殺した犯人は、リリシアと同じことを言っていたのだろうか。
自分は悪くないと言って、学歴を重んじる社会に責任を押し付けたのだろうか。
それとも、勉強を強要した親などに押し付けたのか。そして、それは許されてしまったのか。
そう考えるだけで、吐き気がする。
俺は生きたかったのにという思いと共に、どこにぶつけて良いのかも分からない怒りの感情が沸き上がってくる。
加害者が、被害者のように振る舞うな。
失ったのは、泣きたいのは、こっちだというのに。
気がつけば、俺はリリシアの頬を叩いていた。俺の目は、憎しみに染まっていたのだろう。
ルーシュ先生は驚いていたし、俺を止めることも出来ないでいる。俺は、ぞっとするほど低い声で唸っていた。まるで、獣のようだ。
前世のことは割り切っていたはずなのに、怒りが沸いてくる。
「竜の一匹を殺しかけたんだ……。いいかげんに現実を見ろ!」
癇癪を起こすキャリルが怖くて、リリシアは周囲に持ち上げられていただけだった。周囲の大人を信じる事しか出来ない子供のリリシアは、ある種の被害者かもしれない。けれども、俺は許すことが出来なかった。
だからといって、加害者になっても良い理由なんてないからだ。
頬を抑えたリリシアは、俺のことをきっと睨みつけた。その気の強い視線には、自分は悪くないという根拠のない自信が見え隠れした。
その視線が、余計に俺を苛立たせる。
「お前が悪いんだ。お前が何もしなかったら、竜は無事だったんだぞ」
前世の俺は、犯人がいなければ大学生になっていた。そして、青春を謳歌していたのだ。
俺は、その無念さを全てリリシアにぶつけようとしていた。前世のことは、リリシアには無関係だ。しかし、頭に血が上った俺には、そんな判断はつかなかった。
「いい加減にしろって、なによ!」
リリシアは叫ぶ。
さっきまで俺を睨んでいた目には、涙が浮かんでいた。そこで俺の怒りは、ようやく沈静化した。
正確に言えば、前世の怒りをリリシアにぶつけていたことに気がついたのである。
「ずっと天才だって、言われていたんだもん。私は、眉毛のお兄様とは違うの!!お母様に嫌われているお兄様とは違うのよ!」
大声を出したリリシアは、息を切らして俺を睨んでいた。その目には、憎しみがあった。自分を責め立てた俺への憎しみだ。
それと同時に、たしかな戸惑いを見て取れた。
リリシアは、自分が悪かったことが分かっている。けれども、どうすれば良いのか分からないのだ。
今まで甘やかされて、母の機嫌をとって、そうやって生きてきたリリシアには心から謝る方法を知らなかったのである。
「もう知らない。知らないから!!」
リリシアは、俺に背を向けて走っていった。
俺は、その後ろ姿を追うことは出来ない。足が縫い付けられたように動かずに、妹を追いかけることが出来なかった。
「リリシア様!」
ルーシュ先生とテイマーの男が、リリシアのことを追っていった。
泣いている少女を一人にするわけにはいかないという大人の責任感が見て取れた。前世の記憶がある俺は、大人の群れに混ざってリリシアを追いかけるべきだろう。けれども、動けない。
心のどこかで、リリシアなど知るものかと思っていたのだ。
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