第11話親しみがありすぎる竜


 竜の額の宝石に触れて、俺は魔力を送り込む。基本は、硝子玉に魔力を送り込むのと同じだ。魔力量のコントロールをしっかりして、竜を驚かさないようにしなければならない。


「最初は弱く……。徐々に強く」


 そう呟きながら、俺は魔力を注ぎ込む。


 硝子球ではなくて竜相手のことだから、いつもよりも集中して魔力を注ぎ込んだ。硝子球ならば割れるだけだが、竜に魔力を注ぎ過ぎたらどうなるのか分からない。もしかしたら、襲ってくるかもしれない。


『なんや。あんさんは、女神に用事を言いつけられた人間か。いやー、初めて見たわ』


 頭の中で、男の声が響く。


 しかも、関西弁だ。


 これが竜と心を通わせて、テイムするということなのだろうか。想像と全く違う感覚に、俺は唖然とする。色々なパターンを予想したが、まさか関西弁だなんて思いもよらなかった。


『カンサイ?ウチの生まれは、この牧場やで』


 こちらの世界には、関西弁という言葉はなかったか。けれども、地方の方言ということだけは何となく伝わったらしい。


『まぁ、母ちゃんはブリーディングのために西の方の牧場から来たとは聞いているけどな』


 聞いていない余計なことまで竜は言い出した。この竜はお喋りな性質であるらしい。こんなところが、どうにも関西人っぽい。いや、関西竜か。


 そんなことを考えながら、俺は竜の額から手を離した。


 そうすれば、竜の声は聞こえてこなくなった。宝石に触れずに会話するには、テイマーとして修行をしなければということだろう。


 だとしたら、テイマーというのは凄い努力の元になりたっている職業なのかもしれない。


『いや、普通にウチが黙っとっただけや。もしかして、あんさんはテイマーを目指しているんか?止めといた方がいいで。危険な割に給料が少ないさかい。そこの兄ちゃんだって「酒代ないわぁ」とよく言っているで』


 竜のお喋りは止まらない。


『なんや、その顔は。竜がお喋り好きだったら可笑しいか?ウチらも色々と個性があるねん。ウチは知らない人間と喋るのめっちゃ好きなんや。兄ちゃんみたいに、ウチの言葉をはっきり聞き取れる素人さんは珍しいし』


 一方的にまくし立てる竜に俺が辟易していれば、ルーシュ先生は笑っていた。彼女には、この竜がお喋りだと分かっていたのだろう。


「穏やかな竜は、お喋りなことが多いんですよ。この牧場での生活は穏やかですけど退屈なのかもしれませんね」


 ルーシュ先生の言葉に『そうやで』と竜は頷いている。


『ここは平和やけど、刺激が少ないんや。たまにブリーディング目的で新入りが来るけど、すぐに帰ってしまうしな。あっ、ちなみにウチは彼女募集中や。可愛い雌竜がいたら、教えてな。ウチの好みは黒竜やで』


 いらない。


 目の前の竜の好みの話なんて、全然いらない。


「この竜のお喋りは何時まで続くんですか?お国言葉が酷くて頭痛がしそうです」


 最初に魔力を注いでしまったので肉体に負担はかからないはずなのに、常に一方的に喋られているのだ。色々と頭痛がしてくる。しかし、俺の言葉に、ルーシュ先生は驚いていた。


「えっ。そこまで、はっきりと会話できていたんですか!」


 ルーシュ先生は、さっきの男のテイマーを急いで呼んできた。男のテイマーは、どんな話をしていたのかと竜に尋ねる。


『ただの世間話や。ウチの母ちゃんの生まれのことを話した程度やな。あと、あんさんの稼ぎの話』


 いや、それ以上のことを話したであろう。一方的な話であったが、そのせいで俺は竜の好みまで知っている。いらない情報だった。


 そして、竜は女神のことを話さなかった。


 あの口ぶりだと竜たちは女神に転生させられた人間のことを知っていそうだった。


 竜たちの間では口伝にでもなっているのだろうか。人間には言っていけない口伝だと思えば、ちょっとばかりロマンを感じる話だ。ちなみに、人間側には転生者を思わせるような伝説などはない。


「すごいな、坊っちゃん。ここまで竜と喋れるってことは、テイマーの素質アリだ。家が取り潰されても食うに困らないぞ」


 男のテイマーの言葉に、俺と先生は苦笑いする。


 貴族にとって家が取り潰されるということは、絶対にあってはいけない事の一つである。それがないように、当主や家族は神経を尖らせているのだ。故に、この冗談はかなり酷いものである。


 俺が子爵だとは話しているはずなのに、男のテイマーは近所の子どものように人を扱う。へりくだれとは言わないが、封建制度の世界では男のテイマーの態度も言葉も問題だ。


「この世界の人なのに、あの発言は迂闊と言うか……。この人には、あとで私が注意しておきます。あんまり怒らないでくださいね」


 ルーシュ先生は、テイマーの先生にもなるようだ。是非とも、彼に一般常識をおしえてあげて欲しい。


 こんなにも大きな牧場ならば、俺以外の貴族も見学にくる可能性があるのだ。今からでも貴族に言ってはいけない冗談を学んでおいた方が良い。


『そや。せっかくだから、ウチの背中に乗っていき。テイマーの兄ちゃんと一緒ならば、飛んでもかまへんで』


 関西弁の竜は、気楽に自分の背中に乗れと言ってくる。竜からしてみたらちょっとしたサービスのつもりなのだろうか。


 だが、初対面の竜に乗るというのは、ちょっと抵抗がある。俺が戸惑っていれば、男のテイマーが豪快に笑った。


「ここまで会話が出来ているなら問題ないぞ。それに、自分から背中に乗せて良いと言っているんだしな。俺が一緒に乗ってやるから、心配はするな!」


 テイマーの男は、竜の方を見た。


 竜は長い首を縦に振って、了承の意を伝える。


『そやで。だから、給金の方はたっぷーりよろしくな。子爵って、金持ちなんやろ』


 竜が、がめつい。


 関西弁といい、がめつさといい、格好良い竜のイメージが音を立てて崩れていく。親しみやすいのは良いのかもしれないが、ここまで砕けていなくてもと思ってしまう。 


「ずるいです!」


 リリシアの声が響いた。



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