第10話竜の牧場
よく晴れた空は、今日がピクニック日和であることを知らせていた。
季節的にも暖かな気候の季節なので、遠出であっても快適である。貴族という身分であるから移動も馬車なので、疲れるということもない。そのはずだった。
「甘く見ていた……」
今まで短い距離を馬車で移動したことはあったが、何時間も馬車に揺られたのは初めての経験だった。
前世と比べれば整備が甘い悪路を進むのだから揺れることは知っていたが、何時間も馬車にゆられていれば尻が割れそうになるほど痛くなることを警戒するべきだった。
しかも、そこまで高価ではない俺の館の馬車は椅子が木材だ。固い椅子のせいで、余計に尻が痛くなってしまった。
帰ったら馬車にクッションを付けるように検討してもらおう。そうしなければ、今後は痔になる人物が出てくるかもしれない。
「うわぁ、すごい!!」
俺と同じように馬車に揺られていたのに、リリシアは元気であった。広大な敷地を悠々と歩く竜たちに素直に感動している。
ルーシュ先生に連れてこられたのは、広い牧場だった。しかも、ただの牧場ではない。とても珍しい魔獣の牧場である。
野生の魔獣は人々の大敵だが、幼いときから躾ければ人間の良き友となりうる。なかでも竜は見目も良くて、荷物の運搬や戦争など幅広く活躍している。
そのため、魔獣のなかでは竜が一番人気だ。
国軍の竜騎士などテイマーの素質を持った者の花形と言っていい。誰が言ったのか、竜は空飛ぶ馬とも言われている。
ちなみに、この世界には天馬つまりはペガサスもいたりする。だが、彼らは気難しすぎて運送業には向かない。美しさゆえに貴族や王族が鑑賞目的で飼育するのがほとんどだ。そのため、この世界では竜よりもペガサスの方が珍しい。
「竜騎士か……」
銀の鎧を着て赤い竜に跨る竜騎士の姿には、実はちょっとだけ憧れがある。この世界に生まれたならば、一度くらいは竜に乗ってみたいと思ってしまう。
未だに馬にも乗れないのに、竜に乗る事が高望みであることは自分でも分かっていたが。
この牧場は、竜の繁殖とレンタルを主にやっているらしい。竜を扱う業種は多岐にわたるが、所有できるほどに儲けがある者は少ない。
そういう人間が、竜のレンタルを利用するのだ。レンタルされる竜は良く躾けられていることが絶対条件で、故に牧場で働く人間は全員が竜の扱いに手慣れたテイマーばかりだ。
「竜って……色々な大きさのがいるんですね」
リリシアは、大小さまざまな竜たちに目を奪われていた。大きい竜は二人乗り以上の竜で、小型の竜は手紙などの配達用というところだろうか。
小さな竜といっても、それは可愛らしい見た目とは言い難い。なにせ、体高が二メートルもあるのである。
大きな竜ともなると五メートルは超えて、十メートルに届きそうなほどだ。そんな竜が堂々と歩いているのだから、ため息しか出てこないような光景だ。
「あれ?竜って、肉食だよな」
広大な牧場では草を食んだり、魚をもらいながら訓練をしている竜ばかりだ。生肉を食べているような竜は一匹もいなかった。
もしや、竜は雑食なのだろうか。
それとも竜とは肉は焼かなければ食べないというグルメなのだろうか。
後者はありえないだろうと思いつつ、竜は火を吐く種類もいるので否定しきれないというところだ。
俺が竜の生態系について思いを巡らせていれば、ルーシュ先生が丁寧に説明してくれる。
「ここでは、主に雑食性の竜を飼育しているんですよ。お肉も食べられるけど血の味を覚えさせないように、栄養は魚で取らせているらしいです」
竜といえば肉食のイメージがあるが、それは野生の竜のイメージらしい。
幼い頃にメイドに読み聞かせてもらった悪い竜は肉食だったので、全ての竜が肉を主食にしていると思っていた。
「竜って肉食のイメージがあったな」
そんなことを思わず呟けば、ルーシュ先生はちょっとばかり微笑みながら答える。俺の純粋な質問が可愛くて仕方がないという表情であった。本物の十歳ではないから、そんな表情のルーシュ先生に微妙な気分になってしまう。なんというかバツが悪いのだ。
「悪い竜は、やっぱり肉食の方がキャラクターイメージに合いますからね。どうしてもフィクションの竜は肉食になるんですよ。でも、竜は大人しい種類の方が多くて、本の悪役のイメージとは真逆の存在なんですよ」
へぇ、と俺は感心する。
この世には、俺の知らない事がまだまだ沢山ある。
これだから、勉強と言うのは楽しくて仕方がない。
「きゃあ!」
リリシアが悲鳴を上げた。
なんだろうと俺とルーシュ先生が振り返れば、彼女は一匹の竜を指さしていた。彼女が指差す方向には、中型の竜が人間の拳ほどある小石を飲み込んでいる。
その光景には、俺もさすがに面食らった。胃の中で石がごろごろと動いて、痛くなったりはしないのだろうかと心配になってしまう。
「あれは岩塩ですよ。竜は身体が大きいから、ああやって塩を摂取させます」
ルーシュ先生の説明で、あれが石ではないと知る。それでもやっぱり胃でごろごろといいそうだ。あの巨体だから、胃も丈夫なのだろうか。
竜の飼育は、なかなか奥が深そうだ。
竜に関しては本と人伝の話しか聞いたことがないので、全てが新鮮に映ってしまう。リリシアに魔法の凄さを見せてやろうと思ったのに、俺の方が夢中になりそうだった。
「ルーシュ先生!そっちの子たちが、今日の見学者たちか?」
俺達の方にやってきたのは、よく日に焼けた筋肉質な若者だった。いかにも肉体労働をしている体格の人間は、箱入りのリリシアには怖かったらしい。俺の後ろに隠れてしまう。
「そうですよ。できれば、基礎的なテイムまでさせたいと思っていたんですけど……」
ルーシュ先生の頼みに、男は任せろと胸を叩く。気安い様子なので、ルーシュ先生とは昔からの知り合いなのかもしれない。
年齢も釣り合っているから、もしかしたら恋人同士というのもあり得るかも。そんな下世話な想像に反して、二人の間にはラブラブな雰囲気は流れない。まぁ、現実なんてこんなものである。
「気の優しい雄がいるから、そいつで練習できるぞ」
テイマーの男が指さしたのは、黄色い小型の竜だった。草を食べていると思ったら欠伸をしたり、後ろ足で身体をかいたりしている。どことなく仕草が猫っぽく、傍目からでものんびりな気質なのが分かる。
こんなのが野生でいたら、生存競争で負けてしまいそうだ。牧場で飼われていて良かったなと心の中で竜に語り掛けながら、俺は竜の様子を観察する。
竜は、もう一度欠伸をした。
本当に呑気な竜である。
「坊っちゃんたち、ここに来たからには約束を守って行動してくれよ。ここの竜は人馴れしているけど、いつも大人しいわけじゃないからな。特に、足輪の赤いのには近づかないこと。子育て中の雌の竜の印で、俺達にも警戒音を上げることがあるからな」
雌の方が、竜は気性が荒いという話だった。特に子育て中は気が立っており、熟練のテイマーだって近づけさせないらしい。
「基本的に、竜は雌一匹で子育てをするんだ。つがいで子育てをするようなヤツもいるけど、それは少数だな。だから、雌は子供を守るために凶暴になる」
そこら辺は他の動物とさほど変わらない。
それにしても竜の天敵など滅多にいないだろうに、竜は何から子供を守っているのだろうか。
「竜の子供は、未熟な状態で生まれるからな。丈夫な外皮も出来ていないから、他の魔獣に狙われやすいんだ。だから、雌は凶暴になる」
テイマーの男の説明に、俺は納得する。
竜だから卵も巨大だと思ったが、子供が両手で抱きかかえられる程度の大きさらしい。それでも十分に巨大だが、竜の大きさから考えれば小さいのであろう。
竜も子供の内は天敵が多いのだと知れば、巨大な竜も食物連鎖に組み込まれている存在なのだと分かる。親しみがわくと言うわけではないが、神秘を感じていた竜も動物なのだなと感心してしまう。
「テイムの基本は簡単ですよ。本職のテイマーだったら細かい指示を出せますが、遊んでもらう程度だったら私でも出来ますから」
ルーシュ先生が手を伸ばせば、竜が長い首を折り曲げて額を近づけてくる。近づけば竜の鋭い牙が見えて、ちょっとばかり怖かった。しかし、ルーシュ先生は慣れているらしく恐れる様子はない。
竜の額には宝石のような物があって、そこにルーシュ先生の指が降れた瞬間に微量な魔力が流れた。竜は目を瞑って、自分に流れこむ魔力を感じている。
「最初は弱く。徐々に強く。魔力を通して、竜に自分を知ってもらうのです」
魔力を流し込むというのは、竜にとっては挨拶なのだ。そんな竜の習性を利用して、人間は竜に敵意のない存在であると知ってもらうらしい。魔力のコントロールは、こんなところでも役に立つのか。
ルーシュ先生から離れた竜が、俺に近づいてくる。より近くでみれば、黒目がちの目が可愛いのかもしれない。
少なくとも爬虫類のような何を考えているのか分からない目ではなく、哺乳類に感じるような親しみを感じる目だ。
「近くでみてみると……より迫力が」
怖いとは言わないが、手を伸ばすのをしり込みしてしまう大きさだ。口からはみ出ている牙も、その要因である。ちらりとルーシュ先生の方を見れば、彼女は俺を見つめて頷いていた。
やってみろ、ということだろう。
俺は覚悟を決めて、竜に手を伸ばした。
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