第9話興味を持って欲しい


 その日の夜、どうやったらリリシアが魔法に興味が持てるかを考えてみる。


 リリシアが勉強中に居眠りまでしてしまうのは、それに興味を持てないからだ。興味を持てるようにすれば、基礎的な学力や魔法のコントロール方法を身に着ける時間はそれなりにあった。


 リリシアが聖女に選ばれるのは、十四歳のときである。その時までに、リリシアが聖女らしく仕上がっていればいいのである。


「問題は、全科目に興味がないってことか……」


 嫌な予感がした俺とルーシュ先生は、過去の家庭教師たちの記録を洗いざらい調べた。それによるとリリシアの学力は、見事に平均以下。


 いや、平均を大きく下回っていたのである。これが母親であるキャリルに報告されていなかったのは、家庭教師たちの怠慢だ。


 キャリルが怖かったのも分かるが、リリシアの成績のことはちゃんと報告して欲しかった。それぐらいに、リリシアの成績は悪かったのである。


 日常的に必要だった礼儀作法とダンスについては、それなりの成績が取れているようだった。


 特に、ダンスはかなり評価されている。リリシアは、きっとダンスが好きなのだろう。だが、ダンスだけが上手くても駄目である。


 リリシアは、人の尊敬を集めるような聖女になってもらわなければ困る。聖女が馬鹿では、信仰心もなにもあったものではない。


「教会に利用されたりもしそうだし……」


 オリンポス女を信仰している宗教は、数カ国が国教として定めている。そして、国の枠組みを超えた組織である教会が管理していた。


 その教会のなかでの聖女は、あくまでもお飾りの存在だ。しかし、民衆のなかには聖女を神聖視している者も多く、影響力は馬鹿にできるものではない。


 俺も出来る限り調べたが、長い歴史のなかには暗殺されたと思しき聖女の記述もあった。教会組織も一枚岩ではなく、教会の内部では権力争いが勃発しているようである。


 そんな組織に馬鹿聖女を送り出したら、暗殺されるのがオチだ。大人しく権力者の傀儡にでもなってくれたらいいが、リリシアの性格から大人しく言いなりになる事は良しとしないであろう。最悪な反発の仕方をして殺される。そんな未来が見えるようである。


「なら、人格云々の前に鍛えないといけないとだな」


『眉毛の変なお兄様』と言われてきた長年の怨みとかではない。


 リリシアが、将来は立派な聖女になれるようにと願う純粋な兄の思いやりである。仮にも十年も兄をやっていたのである。妹への情は、多少はあるのだ。聖女になるのが決定事項ならば、長生きできるように教育してやりたい。


「さてと……やる気を出す方法か」


 興味のあるダンスを絡めることが良いのかもしれないが、残念ながら俺の知識を持ってしても勉強とダンスの紐づけはできなかった。


 だとしたら、モチベーションを上げていく作戦を考える方が良いかもしれない。志望校への合格や赤点回避。そういうものを目的として、勉強を頑張るような人間は前世にもいた。


 俺は、前世のことを考える。


 勉強なんてもうやりたくないと泣き叫んだ幼い俺に、前世の親は医者とか弁護士が出てくるドラマなどを見せた事があった。


 つまり、高学歴な格好いい大人を見せたのである。そして「あんなふうになりたいでしょう。あんなふうになるのよ」と一種の暗示をかけようとしていた。後半はともかく、前半は良い方法ではないのだろうか。


 問題なのは、この世界にはテレビもドラマもないことだ。フィクションの登場人物に憧れさせて勉強を頑張らせるというのは難しそうである。


「ルーシュ先生に相談してみるか……。いや、もしかしたら先生に格好いい魔法を見せてもらったら勉強にも身が入るかも」


 基礎魔法以上を使えれば、女の子にモテるとルーシュ先生は言っていた。つまり、難しい魔法と言うのは格好よく見えるのだ。派手な魔法を見せることによって「私もやってみたい」と思うようになってくれれば、願ったり叶ったりである。


 魔法のプロが身近にいてよかった、と俺は心から思った。


 先生の魔法を見たら、きっとリリシアも魔法の勉強に本腰を入れる事だろう。そうすれば、他の科目もおのずと勉強する楽しさに目覚めてくれるはずだ。たぶん、だが。




 そして、翌朝。


 俺は、リリシアの勉強意欲増進計画をルーシュ先生に相談する。ルーシュ先生は、目を輝かせて俺の提案に乗ってくれた。


 予想外に生き生きした先生の姿に、相談した俺の方が心配になるほどだ。なにか、おかしなことを考えていないよな。


「なら、野外学習しかありませんね」


 先生の提案は、俺の予想を超えていた。



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