第7話自称天才少女
数日後、リリシアとの合同授業が開催された。
リリシアは使用人に呼ばれたにも関わらず、たっぷり三十分も遅れて教室に訪れた。悪びれない様子から、遅刻も常習犯であるらしい。三十分遅れた理由は分からないが、恐らくは勉強する時間を一分でも減らしたいだけであろう。
いつもは家庭教師とリリシアとの二人の教室だというのに、先に俺が机に座っていることにリリシアはひどく驚いていた。そして、嫌そうに顔をしかめた。
「なんで、眉毛の変なお兄様がいるんですか?私の勉強の邪魔になるから出ていってください」
リリシアは、きっぱりとした態度で言い放つ。
母親の前では庇護欲を刺激される弱々しい態度だが、リリシアの本来は気が強い女の子だ。そうでなければ、本人の前で『眉毛の変なお兄様』だなんて呼ばないであろう。
「まずは遅れてきたことを謝るんだ。いつもは終わる時間になったら授業は終了していたようだけど、今日は延長してもらうからな」
俺の言葉に、リリシアは目を見開く。そして、俺のことを睨んだ。自分のことなのに、俺に口を出されるのが我慢ならないのだろう。
「今日は、イムル様との合同授業です。互いに切磋琢磨して、魔法の技術を磨いていきましょう」
ルーシュ先生の笑顔に、リリシアは目を見開いた。今までの教師たちは、キャリルのヒステリーが怖くて合同授業なんてやらなかったからだ。
だが、今日からは違う。リリシアには、俺の監視下の元でしっかりと勉強してもらう。そして、素晴らしい聖女になってもらうのだ。
「眉毛の変なお兄様なんて、天才の私の授業には邪魔よ」
リリシアは、自信たっぷりに言う。
一方で、俺は彼女の自信に驚いていた。彼女が天才だとは聞いたことがない。そして、この授業態度であれば、いくら優秀であっても天才だと言って褒めるような教師はいないだろう。
俺がルーシュ先生に目をやれば、彼女は小さく首を横に振った。ルーシュ先生は、リリシアを天才と褒めたことはなさそうだ。
だとすれば、何代目かの家庭教師が褒めるために大仰な言葉を使ったのかもしれない。それをリリシアが信じ込んでしまったというところだろうか。子供はすぐに信じてしまうから、教師側が大げさな言葉を使うのは感心しない。
俺と一緒に勉強していた頃のリリシアには、天才と呼べるような片鱗はなかった。物覚えも悪かったし、計算が早いわけでもない。その上で、居眠りまでしていたのだ。
天才と呼ばれるような人間など一握りで、リリシアはあきらかに天才の部類ではない。勉強だけの側面であれば、あくまで凡人であろう。
だというのに天才と褒められたことで授業を疎かにするようになってしまうのならば、やはり子供を褒めるのに大仰な言葉を使うべきではないのだ。
「それでは、今日は初歩的な魔力の込め方を復習していきましょう」
俺は、耳を疑った。
魔力の込め方は、魔法の制御に通ずる。つまりは、魔法の授業としては初歩の段階なのだ。こんなところでリリシアが躓いていたらと思うと俺は眩暈を覚える。
「この球体は割れやすいから、気を付けて魔力を注いでいってくださいね」
ルーシュ先生に渡されたのは、赤ん坊の頭ほどある硝子の球体だ。触るだけで分かる薄さは、触れるだけで割りそうで少しばかり恐ろしい。
落としたりしたら、確実に粉々になってしまうであろう。この球体が安いものではないと分かっているから、なおのこと怖いと思ってしまうのである。
貴族である俺の財産からしてみたら微々たる額なのに、この辺りの金銭感覚は前世の小市民のままだ。
「割っちゃだめですからね」
ルーシュ先生の改めての言葉に、俺は頷いた。
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