第7話 レノレノ
授業終了のチャイムが鳴る。
「うぅす、頭痛くなってきた。……さて、天才作家の氷室様もここら辺で数式を見すぎて頭痛が痛くなってきた。終焉を告げる悲鳴も聞こえたことだし、ここらで今日の授業を切り上げるとしよう」
……これでいいのか、氷室先生。彼女は扉をゆっくりと開き、教室から消えていった。
「サラダバー」
気が付けば、入学から五日が経過してしまっていた。早いもんだ。もう金曜日である。高校内での委員会決めなどは終わり、本格的に授業がスタートしている。この学校には部活動というモノが存在しないとの事で、決めることを決めたら後は学生らしく『勉強する』のみであった。
とはいってもまだまだ《作家》に関する専門的な事ではなく、高校生としての基礎を身につけている段階だが。
「つ、疲れた……」
五限目の数学がようやく終わったので、僕は目の前の机に突っ伏して寝る。
「これぐらいの初歩的な高校数学でつまずいていては、ダメじゃないか。北ちゃん」
プロ作家だけあって頭の回転が早いのか、数学が得意なのか、この地獄の授業を経ても元気でいる冬樹原。
「僕はあくまでも疲れたと言っただけで、つまずいたとは言っていない」
「今日の問題演習は確か五問だったね。何問正解?」
「……ぅ、一問だけど」
「それは世間一般的に言って、つまずいていると評価して申し分ないと思うけどね」
痛いところを突かれた。でも反論はある。
「一問も当たっただけで十分さ。一問だけしか当たっていないとはいえ、最後の問題が当たっているのだから」
「最後の問題というと、正答率がレイテンゴパーのこれ?」
「そうだ」
彼女でも少し感心したのだろう。『へえ』という声が耳に届く。
「僕はな、正答率が高い問題より低い方が解けたりするタイプなのさ。世間一般の学生の正答率と正反対というか」
「うーん、なんというか。北ちゃんは変わってるね」
コイツにだけは言われたくない台詞ナンバーワンだ。なんで彼女にそんな事を言われなきゃあかんのだ……なんて自分自身を憐れんでいると。
「やーお速報からの、こんちにチワワ。ども……犬よりも恐ろしく、猫よりも可愛い。どちらかというと人類最強────
冬樹原とはまた別の声が、うるさい声が飛んできた。嵐のような風。雷のような疾風。どちらかというと強風警報擬人化────いや、意味が分からない。
僕は心の中で何度目か分からなく呟く。『誰だお前は』。
突っ伏していた体を起こし、それから彼女を見る。この妙にハイテンションな声を聞いて、嘘寝を続けられるヤツがこの世界に存在するのだろうか。
「お、……ハロー? それとも、ハヨー? どっちでも『お』から始められるね。これってもしかして運命なのかな。というかうん、迷惑だったかなあ?」
暴風雨みたいなヤツだな、というが初見の印象。
零野礼之。これがアレか、噂に聞くレノレノという大人気ストリーマー少女か。
天真爛漫な迷惑台風少女。
長く潤った金髪ツインテールに金眼の、ふっくらとした胸、男子高校生ならば趣味趣向関係なく満場一致で『可愛い』になるであろうぐらいの美少女がそこにはいた。
「……ワチはびっくるくるしたよ」
「あははー、私はビックだからね。ビックりしちゃうのも無理ないよねー。ってなんでふゆっきーゆっきーは私のことを睨むのです? いやちょっと、待って、今のは軽い冗談だって! 私は凄いけど、ゆっきーのほうが凄いよ!」
「それで結構だよ。可愛らしい猫犬ちゃん」
冬樹原は嘆息を漏らす。そして僕に目配りした。おい、なんでコッチを見るのさ。
「あ、どうも。紹介してあげますたー。コチラ、冬樹原有希ちゃんと言います」
そのせいなのかは分からないが、喋ったこともない台風少女は何故か冬樹原のことを僕に紹介し始めた。天然を通り越して、天然記念物みたいな天然さだな。
「レノレノちゃん、ワチはもう既に北ちゃんとは知り合いだよ。隣の席なんだから」
「げげっ、そうなの? 私はふゆっきーゆっきーのユッキーコミュニケーションが心配で、嫌われているのではと個人的ながら心配していたのですがあ」
「君ほどじゃないけど、ワチだってコミュニケーション能力はあるから。安心しなよ、心配される筋合いはない」
この時点で僕が断言出来ることはただ一つだ。それはそう。冬樹原にコミュニケーション能力があるわけない、それだけである。
噓をつくなよ冬樹原。
「それよりも君は、まず自分のことを改めて紹介したほうがいいんじゃないのかな」
ナイフ少女がレノレノにアドバイスをする。奇妙な光景だった。
「あ、そうですね。よろしくっ! 私は人類最強を自称する天使で浪漫に溢れた最強系少女です!」
「……うん待って。情報が多すぎて混乱している」
「え? まあ、はい。少女です!」
「今度は情報が少なすぎやしないか?」
どうやら彼女は、極端な考え方しか出来ないタイプらしかった。すかさず隣から補足が入る。
「彼女はレノレノ、
……だそうだ。
「よろしく、狭間北だ」
取り敢えず、僕は彼女と握手を交わした。
別にわざわざ紹介されなくても、分かるのだけどね。なにせレノレノと冬樹原は──この一年二組の女子、二大巨頭とも言っていいぐらいの存在感を放つ少女なのだから。頭脳派筆頭が冬樹原だとすれば、零野は肉体派筆頭だった。
クラスをまとめ上げるリーダー格ではないが、ムードメーカ―。
僕はこの一週間、静かにクラスメイトの動向を観察し続けていたのだが。その中で生徒と生徒の仲介役になって話を盛り上げたり、友達作りに最も協力していたのは、他でもないレノレノであった。
男子からも女子からも憧れの的となっている。そして既にクラスメイトとほぼ例外なく友達になっているのだろう、僕を除いて。
「よろしくぴっ!」
余談だが、現在の一年二組男子陣で……人気が一番あるのが誰かと言われればそれは『石山流康太』だろう。爽やかイケメンの彼は、『性格の良さ』と『コミュニケーション能力』の高さから両性ともどもから人気だ。
奇人ばかりのこのクラスにおける、まとも枠である。
……あえてもう一度言おう。このクラスは奇人ばかりだ。例えば冬樹原とか、自分の血で物語を綴る少女とか、僕のことをストーカー認定してくる蒼い悪魔とか。
「北ちゃん。何かいま、ワチに対して悪口言った?」
「何も思ってないし、言っていない。強いて言えば、どちらかというと全体集合に対して述べたまでだよ」
「ふうん」
うん。……うん。
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