第6話 夢島住民則二十一条
僕たちは本屋で本をそれぞれ一冊買って解散した。
「つ、疲れた……」
ベットに飛び込み、寝転がる。
午後七時二十分。ここは第三高校の生徒寮で、1LDKの僕の部屋だった。高校生が一人暮らしをするには十分どころか、勿体ないぐらいの広さである。
とはいっても、決してとても広いというわけでもないのだが。
しかしベットはあるし、勉強机も椅子も備え付けてあるし、冷蔵庫もあれば簡易的なキッチンもあり、トイレもあり、風呂もある。
そんな素晴らしい部屋を────第三高校の生徒ならば無償で住めるというのだから、凄いという他ない。
『よ、元気?』
ベットに寝転がっていると、広岡からスマホでチャットが飛んできた。……本屋に寄った帰り、僕は古林と広岡と連絡先を交換したのだ。
『元気。それにしても、どうした?』
『いやあの、お前さ。レノレノ知ってる?』
聞いたことがあるような名前だった。もちろん、本名じゃない。たぶん、クラスメイトだろうな。その呼び名を、昼のミニゲームの『設定』にて言っていた覚えがある。
それにしても、随分と唐突だな。
『クラスメイトだろ』
『そう。有名ストリーマーアイドルの』
かろうじてクラスメイトであるという事は覚えていたが、そこまで詳しいことは覚えていない僕であった。
『ストリーマーアイドル?』
ストリーマーアイドル。
ストリーマーというのはネット上でゲームとか雑談をライブ配信している人たちの事だ。アイドルっていうのはまあ、言わなくても分かると思う。
『そう。“いえーいチューブ“の登録者数は百万人を超えてるらしい。オレさ昔からレノレノ見てて、めちゃくちゃファンで憧れなんだよ!』
『へえ。百万人は凄いな』
『な! レノレノとオレが同い年なのは知っていたけど、まさか学校が一緒どころか、クラスメイトになるなんて……夢みたいだよ。まじで』
『ああ』
『で、だ』
彼が本題に入る。
『オレさ、本屋からの帰り道でまさかのレノレノと出くわしてさ。あともう少しで二人で喋れるところだった!』
僕はスマホ越しに広岡の姿を想像する。
きっと、興奮しているのだろう。嬉しさがチャットの中から垣間見える。
『良かったな。でも、もう少しでというと……二人では喋れなかったのかよ?』
『そうなんだよー。誰だっけ。冬樹原? っていうヤツが、レノレノとこれから用事があるってことで無理だった』
そのチャットを読み、思わず咳払いする。吹き出しそうになった、何も飲み込んでいないのに。……しかしなんだろう。
どうしてここにも、ヤツが出てくるのか。冬樹原有希。
アイツ……僕といい、彼女といい、ちょっかいをかけすぎじゃないか?
これじゃあドッチがストーカーか分からないな。
『そりゃ残念だったな』
『まじで悲しい。それに、この話を他の高校に行ったヤツらに共有出来ないのが、なんだ歯がゆいぜ』
『ああ……そういえば。この島の規則で実質的に……ここでの学校生活やら、夢島の情報を、僕たち生徒は外部に発信しちゃいけないんだっけか』
それはそう、例え相手が肉親でも。
『そう。あれ謎ルールだよな! まじで』
帰りのホームルームで配られたプリントを、鞄から持ち出して見た。この夢泉第三高校というか、夢島での生活やら校則について諸々が書かれている。
「夢島住民則────二十一条。この夢島にて夢泉学園の生徒として在住している場合、学校を通さず外部と連絡を交わすことは禁止とする……ね」
プリントとスマホの画面を交互に眺める。《夢島住民則を破った者には、理由問わず重い処罰を課す》とも書かれている。
だがその情報はプリントの端に小さく書かれているだけで、とても見にくい。
『そうだな。謎ルールかもしれない』
『でもさでもさ、別に破ってもバレないんじゃねって思うけどな。オレは』
どうだろう。僕の見解だが、このは学校の指定したワイファイしか使えないから、バレると思う。
『少しでもバレる確率があるのだからさ、やめとけ』
『まあな。まだオレはレノレノと話してすらいねーしな。わざわざルールを破ってまで家族に伝えようとはしないぜ』
ここで話が変わる。連続して広岡がチャットする。
『そんなフザけたルールの代わりになのかもしれねえが。これ。夢泉優等生生活費保障サービス? この第三高校に適応される保障、凄いよな!』
『ああ、そうだったな』
国立夢泉学園グループ。流石は国が運営しているだけあってか、保障は厚い。第四高校以降は生活費として毎月五万円渡されるだけなのだが……。
僕たち第三高校、また第二高校と第一高校は生活費を全面的に保障してもらえているのだ。とはいっても上限はあるが、なんと“生活費二十万円“までは完全保障だ。
つまりここ夢島にある十校の高校は
それに先程の保障サービスの他に、使える設備にも差がある。
コチラとしてはありがたいが、ふざけた制度であるとも思う。
学校というのは社会の縮図だと云う意見もあるが、確かに共感できる点が幾つも存在する。第三高校と第四高校の間にある《差》こそが、その最たるモノだ。
『第三高校に入れて良かったわ……まじで』
『そうだな』
良かったと、僕も思う。毎日あの山道を歩く生活をしていたら、一年間で何回ストーカーと勘違いされないといけないか分からないからな。
だけど同時に根拠のない疑問も湧いてくる。第三高校から一まで、設定された職業だけで無条件に優遇されることなんてあり得るのだろうか、と。
チャットでの会話がここで終わる。
僕はスマホを枕横に置いて、ベットで仰向けになる。そして天井にて淡い光を放出し続けるシーリングライトを見つめる。
冬樹原がホームルーム後に言っていた『ただこの学校のことだから。何かするのじゃないか』の意味も気になる。この学校のことだから? この学校だから、他の高校とは何かが違うから? では一体、ナニガ違うのか。
それは間違いなく設定された《職業》なのだが、……だがそれじゃあこの学校は何一つとして外の世界と変わらないじゃあないか。ならば僕はどうして、何を望んで、この学校に入学したのだ? ……ただどれだけ考えても、思考の先はこの照明のように明るくはならなかった。
「やめだ。やめ。そんなこと考えるだけ無駄だよ。僕は作家になりたいから、この第三高校に入学した。それでいいだろう。そしてつまるところ、この世界も、学校もふざけた構造だってこと……それだけなんだから」
きっと、今考えるべきことではないのだろう。無駄だ。ベットから起き上がって、洗面所で部屋に用意してあった新品の歯ブラシを使う。
「はあ、寝よ」
事前に学校にて用意されていたベーシックな肌色のパジャマに着替え、照明のスイッチをオフにする。
寝よう。
……そんなわけで、夢泉第三高校入学初日は幕を閉じた。
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