第5話 友達

 夢島────山上街。


 ソレこそがこの島の中枢であり、中央である街だ。


 山上街は地区が三つに分かれている。一番地区は夢泉第一高校、二番地区は第二高校、三番地区は我らの第三高校が設置されており、またソレゾレの地区に生徒寮がある。

 三番地区の南東に位置する第三高校の校舎から徒歩十分。


 とあるショッピングモール内にあるゲームセンターに、僕は訪れていた。


「はあ……なんだか、疲れた」


 さきほど自販機で購入したコーラの缶を握りしめつつ、空間の隅に置かれている長椅子に腰を下ろす。


「そそくさと寮に行って、新しい部屋で心地よく睡眠を取ろうとしただけなのに。運悪く、まだ業者が清掃中で立ち入り禁止だなんて……最悪だ」


 この学校は本州から離れた島にあるため、もちろん生徒は全員寮に住むことになる。家具とか寝具は大体、部屋に備え付けてあるという話をホームルームでしてもらったから……早速、僕は寮に向かったのだ。

 しかし、結果はコレである。


「終わるのは午後六時か。果てしなく遠く感じる……」


 ゲームセンターに掛けられた壁掛けデジタル時計を見た。『一時五十三分』。大体、あと四時間。長すぎる。

 惰眠を謳歌したい僕にとって、自由に眠れない状況というのはかなり極限的だ。キツいし、辛い。同じような意味かもしれないが、それでもいい。つまり意味を重ねるぐらい、僕にとって眠れないというのはピンチなのである。

 睡眠は大事だよ、本当に。


「よう」


 その時だった、声が聞こえる。

 どうやら眼前にいる男子生徒は、僕に話しかけてきていたらしい。

 氷室先生の件もあり『よう』なんて言われても、自分が呼ばれているのかどうか判断しかねてしまう。


 名前で呼んでほしい。そうすれば全て解決するのに。

 ……まあ、名前を知らないから、こういう風に呼ばれているのだろうが。

 目の前にいるウルフカットの茶髪に、茶目をした男子を見る。


「ああ、確か」


広岡ひろおかしるしだよ。よろしくな」


 確か、なんて言ってみたけれど。言われても分からなかった。誰だお前は。クラスメイトなのは分かっているが。

 広岡の隣には、もう一人男がいた。

 高身長スキンヘッドの、強面男だった。巨人かお前は。


「オレは古林ふるはやしおうだ」


 キングだったらしい。にしては、ソルジャーみたいなガタイをしている。それは触れていい話だろうか? 触れて逆鱗に触れたら嫌なので、ツッコムのはやめておくけどな。

 冬樹原の前例もある。

 脅し用のナイフならともかく、この巨体が怒り狂いタックルなんてしてきた時には────僕は粉々に砕け散るだろう。

 それだけは避けたい。


「広岡と、古林か。……よろしく。僕は狭間はざまきただ。これから一年間、よろしく頼む」


「おう!」


「ああ」


 奇しくも、ここで夢泉第三高校の一年二組男子が三人集まるのだった。


「なあ早速だけどさ、みんなでこれから遊ばないか?」


 広岡が言う。同時に僕は凍死する。遊びになんて誘わ慣れていなくて、どうすればいいのか分からなくなってしまい全身が硬直する。


「遊ぶっていってもどこでだ? オレ、さっき寮に行ったが清掃中やらなんやらでまだ立ち入れなかったぞ。部屋で遊ぶのは無理だ」


「まあまあ、別に部屋なんかで遊ばなくていいだろ。このショッピングモールには色々あるし、他にも色々な店が外にあるからさ」


 広岡と古林が二人で、話を進行していく。コミュニケーション能力皆無の僕に口出しをする余地はなかった。この場合、どうしているのが正解なのだろう。


「あー、狭間は何か考えあるか? オレたちこの島に来たばっかりだから分からないんだ。おすすめの店とかない?」


 まじか。


「いや、僕だって今日この島に来たし、分からないさ」


「だよなー」


 焦りながらも、なんとかちゃんと答えられた気がする。良かった良かった。


「とりま、ゲーム屋にでも行くか。狭間はなにかゲームとかやらないのか?」


 安心もつかの間、再び攻撃される。……ぐぬぬ。落ち着けよ、僕。


「ゲームか」


「もしかしてアレ? 今時珍しいゲームやらない系男子?」


「いや、僕もゲームは好きだぞ。デスゲームとか」


「ははっ、デスゲームね。オレも好きだよ」


 ……まじ? だがどうやら、僕と彼のデスゲームでは意味合いが異なっていた。


「古林。おまえと二人で徹夜桃鉄した時は死ぬかと思ったよな」


「ああ、ぁあ。確かにあれは死ぬかと思った」


 僕はそこで違和感に気が付く。二人で徹夜桃鉄をした時だと? 僕が頭にクエスチョンマークを浮かべていたのだろう。『あ』と広岡が補足する。


「あ、そうそう。オレと古林。同じ中学出身なんだよ」


「正確には小学校も同じだった」


「そうだったな。二人合わせてバカツインズなんて呼ばれてたな」


 僕はそれに対して何も言わない。何も言えなかった。この高校で運よく巡り合った三人の奇跡的な仲間たちなんて想像していたが……全然違った。

 彼らは元より二人組だったらしい。


 まあ、遊びに誘ってくれただけでも感謝しよう。一歩前進だ。


「まあうん、そんなのどうでもいいよな。俺らの過去の話とか。……それにしても、どうする? 本当にゲーム屋でいいのか?」


 僕はなんでもよかった。


「オレはあの徹夜桃鉄のせいでゲームが嫌いになった。だからゲーム屋には行かんぞ。行きたくない」

 だが古林が広岡の案を蹴る。


「そういえば、古林。オレのせいでゲームが若干嫌いになってたんだったな。そうだったわ。悪い。……じゃ、オレたちも作家志望なんだし、本屋にも行くか」


 ゲーム屋の代案として、本屋があがる。


「ありだな」


「僕もその案に賛成だ」


 そんなわけで満場一致で本屋に行くことになった。作家志望だから本屋というのは、些か短絡的な感じがする。しかしまあ、深く考えるべきではないだろうな。

 それから僕たちはショッピングモールの一階にある本屋へ向かった。本屋に向かう途中に雑談をしつつ。


「狭間は普段、どういう本読むんだ?」


「どういうというと、どんなジャンルってこと?」


「そういうこと。例えばエロ本とか」


 どうして最初にそうなる。僕は思った。あえて無視して質問に答える。


「普段読む本ね……。あー、なんだろう?」


 思い返してみると、僕は作家志望のくせに────今更大して読書が好きではないことに気が付く。この十六年間の人生で僕は、そこまで大量の本を読んだわけでもない。

 そんなニワカ読書人生を送ってきた僕が、普段読んでいる本のジャンル。


 考えてみるがやはり思いつかない。だから、戯言で返した。


「日本三大奇書とか、かな」


「さんだいきしょ?」


「ああ」


 広岡はなんとも言えないリアクションを取った後、助けを求めるように古林を見る。


「オレも分からん」


「……」


 ふむ。どうやらこの二人には伝わらなかったようだった……僕の嘘は。でも、それで構わない。というかありがたい。


 僕だってソレは名前を知っているだけで実際に読んだことがないからな。

 変に共感されても、困るという話だ。


「三大奇書って具体的には何なんだ?」


 失策。まさか追及してくるなんて。まずいな。

 自分で答えてなんだが、僕は日本三大奇書に対して何一つとして知識を持ち合わせていない。


「あー、うん。日本三大奇書っていうのはさ。日本に三つある有名な奇書のことさ」


 聞かれたって知らないのだから、適当に返してみる。


「はあ、なるほど?」


 ……。

 広岡が腕を組んで納得したような、しなかったようなうねり声をあげる。しかしそれ以上を彼は追及してこなかったので、彼なりに解釈してくれたのだろう。


 彼が理解力のあるヤツで助かった。

 ……まあ、適当な噓をこいた僕がまず悪いのだけれど。

 それは言わないお約束だぜ、ベイベー。

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