第4話 代替可能少年
「うん。氷室先生が提案したあのミニゲームを、今度は《手を抜かず》本気でやってほしのだよ。もちろん、私が相手になる」
手を抜かず、本気で?
「……へえ、面白いことを言う。アンタはこの僕にどんな期待を寄せているか分からないけれど、僕は至って普通の落ちこぼれだぞ? あのミニゲームすら、本気になってもクリア出来ないような完璧な落ちこぼれだ」
何を言われているのかさっぱりだった。
「御託は良い。ワチは────騙せないよ。君があのミニゲームで凡才を演じていたことは分かっている」
……どうやら彼女は、僕のことを『自分の実力を隠す、実は最強系主人公』か何かと勘違いしているらしい。
だが残念ながら、僕は完璧なまでの凡人なんだよなあ。
「騙せない、と言われても。僕はまだ噓なんてついていないしな。それにあんな恥をかいたゲーム、やりたくないね」
「大丈夫、北ちゃんが勝ったら、チューしてあげる。それかプレゼントを贈ってあげるよ。それかそれか、北ちゃんの作品を読んでアドバイスをしてあげるよ」
「要らない、全部要らない」
「……」
全てを拒否してみると、冬樹原は一旦黙って、それから切り替えたのか再びしゃべり始めた。
「ルールは簡単さ。さっきのミニゲーム『最強キャラクター造形』を少し改変した、ちょっと難しいお遊びだよ」
「おい。人の話を聞け」
冬樹原は途端に都合よく僕の声が聞こえなくなった様子。随分と良い耳してるな。
「ワチと北ちゃんにそれぞれ、体力と攻撃力、防御力を十与える。設定を追加出来る文字数は五文字までだ。今から渡す紙に設定を書いて、同時に見せ合う。それから、それぞれが先に攻撃したと仮定した時。────どちらが相手を倒せたか、死なせたかどうかで勝敗を決める。どうだい?」
どうだい。と聞くが、選択肢があるわけではないだろう。
もう、逃げるにも逃げれない。仕方がない。
「……分かったよ。別にいい、やるよ。だけどダメージ計算はどうするのさ」
「最も単純なアルテリオス計算式を使う」
攻撃力から防御力を引いた数字が、ダメージになるっていうアレか。
「分かった」
僕はさきほど彼女が告げたルールを思い返す。
確か……設定を追加出来るのは五文字までだったか。体力、攻撃力、防御力はそれぞれ初期値が十。追加する設定は、同時に見せ合う。
……ふむ。
「これが紙ね。ワチのノートの切れ端さ」
「オーケー。設定を書く時は別に、ボールペンでも良いよな?」
「なんでもいいよ」
つまるところ、攻撃力を設定で追加しない限りはダメージが入らない計算になる。または『防御力無視』とかが、妥当な設定の案といったところ。
しかしそうすると、相手が攻撃力を増やしてきた場合、コチラも突破されて────両方が勝って負けて、引き分けになってしまう。
「準備は出来たかい?」
「待て、考えてから書くから」
「既にワチは書いたよ」
冬樹原はそう言って、紙の切れ端を僕の視線の端でちらつかせていた。そこに書かれた設定が見えないものかと一瞥したが、ダメだった。
見えない。
「……」
筆箱から取り出したボールペンで紙の切れ端に『設定』を書いた。隠しはしない。別に見られたところで、彼女は既に設定を書いているし、流石に僕の設定を見て直すということもしないだろうと判断したからだ。
「準備は出来たようだね」
最も、彼女もそんなセコい真似をする気はないのか、見てこなかったのだが。
「ああ」
彼女はなんだか特別意気込んでいる様子だった。僕もある程度はしっかりやるとは言ったが、実はそんなことない。だから無駄に期待してもらっては困る。きっとヤツにとって僕の設定は期待外れになるだろう。……というか、そんな設定を書いたのだ。
勝つ気はないし、“負けない“なんてことは有り得ない。
「はいはい」
「せーのっ」
掛け声と同時に、僕たちは紙切れを見せ合う。彼女の紙には『敵に死付与』とだけ書かれていた。なんだそりゃ。
「なんだこれ?」
「敵に死付与。つまり北ちゃんに死を付与するのさ。防御力も、無敵も関係無しで生物ならばただ無抵抗に死んでしまう。そんな設定を“相手”に付与したのだよ」
相手に設定を追加することも出来るのか、僕はなるほどと思った。
だがその設定だと、
「……ま、どうやら。北ちゃんの設定ならば、ワチの設定付与は意味がなくなってしまったかもしれないけどね」
冬樹原が僕の設定を読み上げる。
「……死ぬと蘇生ねえ」
そう。僕の考えた設定は、そういうモノであった。死んでしまった場合、世界のルールとして、理として僕は蘇生され復活する事が出来る。
「これなら僕は死んでも生き返る」
「でも死んだら負けのゲームなんだから、一回死んだ時点で北ちゃんの負け決定────だから、その設定は意味ないとワチは思うのだけれど」
「その通りさ」
コチラの意味不明な設定を見て肝を潰したのか、彼女は硬直する。
「は?」
「僕は死ぬたびに君に負ける。勝利の道なんて無い。敗北しかない。そんなキャラクターの能力設定。そして更に言ってしまえば、『“何度でも負けれる”』」
僕が物凄い頭の切れる、学園頭脳バトル系のラノベ主人公ならば……きっと、この勝負に勝つことが出来たのだろう。しかし分かりきっているが、自分はそうじゃない。
先天性の、生粋の負け犬だ。
分かりきっている。
だから僕は。
絶対に勝てないし、絶対に“負けないことのない“負け犬とかいう、なんともフザけた設定にしたのだ。加えて『彼女にとって一番つまらないであろう、僕に興味を失うであろう設定』でもある。
────ホント、ぼくも思うさ。
────心底信じられないぐらい、
─────フザけている、ってね。
だからこそ、こんな勝負にだって、僕の言葉の全てにだって意味はない。
「ここまですれば分かっただろう。僕は君に勝つことなんて出来ない」
冬樹原はため息をついた。
「……はあ、やれやれ。ココで北ちゃんの真の実力が暴ける! 実力を隠した事なかれ主義の主人公覚醒。だと思ってたのにー。ちょっとツメが甘かったかな」
「隠された実力て……、この世界は学園頭脳戦ライトノベルか? アンタはそういうラノベ作家か? そういえばアンタ、現役作家だったよな」
「そうだよ。超人気のね。だから相手の人格・能力・実力を想像し予測するなんてお手の物さ」
「じゃあそんな超人気の現役作家さんに一つアドバイス……みたいなことをしてみるけどさ。アンタは妄想、予測なんてする前に……まず現実的な観察眼を鍛えたほうがいいと思う」
「というと?」
的外れなコメントをする現役作家に、失礼ながらアドバイスをしてみる。
「どうやらアンタは僕が凄い実力者だって想像していたみたいだけれど」
それは全くの誤解であり、
「僕はアンタがわざわざ時間をかけてまで試すほど、大した人間じゃあないっていうことだ。普通であることには事欠かない、狭間北はただのしがない作家志望のありふれた高校生なんだから」
そうだ。
実にまことに、その通りなのである。
どこにでもありふれていて、
他の生徒と入れ替わっていても誰も気づかないような、そんな、
───代替可能な少年。
それこそがぼく、狭間北なのだ。
だから、
凡人を隠れた天才か何かと勘違いして時間を使うなんて、無駄にも程がある。
想像力を鍛えるより先に、人を見る目は養っておいたほうがいい。それは僕が昔から持っている、一つの考え方であった。
現実に目を向けろ。
「……ふーん、しかと目に焼き付けておくよ。その音をね」
「なんだその表現。目に焼き付ける、音を……?」
「ワチが好きな表現だよ、ウェットに富んでいるよね。げえーって耳鳴りするぐらい面白いね」
何が面白いのか、そして何が言いたいのか。
僕にはやはり、想像もつかなかった。
「じゃあ、今度こそ帰る」
「うん。ばいばい、ストーカーの北ちゃん」
だから、僕はストーカーじゃないのだが……。教室を後にして、僕はある所へと歩みを進めるのであった。
と、その前、振り向きざまに。
「それと一応言っておくけど、ワチは────ラブコメ作家だから」
冬樹原は衝撃の事実を吐露してきた。
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