第3話 用事
入学初日であるため授業は行わず、氷室先生が始めたミニゲームを終えると、すぐに帰宅の許可が出された。
ミニゲーム後の短いホームルームで配られたプリントを黒の鞄に詰め込む。配られたプリントにはこの島に住む上での規則や、高校での校則やらの説明が書かれていた。重要なモノだ。あとで一通り確認することにしよう。
「よし、準備オーケー」
窓から差し込む斜陽が、僕の手元を紅に染めていく。
「あ、あの……冬樹原さん。今からみんなで、本格的な自己紹介をしつつ創作について語り合う会みたいなのを行おうと思うんですが。来ませんか?」
隣では、爽やかイケメン野郎が冬樹原をナンパしていた。もっとも別に。コレはナンパみたいにいかがわしいことではないし、誘われないボクが嫉妬して勝手にそう言っているだけなんだが。
黒髪黒目、高身長の爽やかクンだった。
あのミニゲームで、彼は自分の名前を出していた気がする……。
確か『
「結構だよ。ワチはこれから用事があるからね」
「よ、用事ですか。ああ、顔を出す程度でも構わないです。それに、既にプロ作家の冬樹原さんが来てくれると、みんな一緒に活が出て仲良くなれるかなって」
「ふーん、それなら尚更。ダメだよ」
「え?」
行けばいいのにと思いつつ、横目で彼女たちを観察する。なんとか爽やか石山流は冬樹原を連れていきたいらしかった。
「作家志望が馴れ合うなんて、傷を舐めあうだけで……何のタメにはならないよ。まあ人それぞれだと思うけどね。ワチはただ、そうは思わないってだけで」
それにしても、やはり蒼髪の童顔少女のコトバは、随分と平坦なトーンだな。人形みたいで、または機械らしくもある。
「だから行かない。用事もあるしさ。もし僕ちゃんが出演料として、仮に『五百万円』払ってくれるのなら、考えなくもないね」
「……分かりました。じゃあまた今度、誘いますね」
石山流は鞄を持って、そのまま他のクラスメイトたちと教室を後にした。
若干爽やかクンの顔が引きつっていたのだが、そのことを彼女はしっかりと認識しているのだろうか。それにしても、冬樹原は性格が悪い。
僕のことをストーカー扱いしてきたのは、その最たる例だが……。出演料として五百万て、どんな大物芸人だよ。
いろいろと鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
自分の意識外で、本能的に僕は彼女に対し口を出していた。
「おい冬樹原。行けば良かっただろう?」
「ワチの話を北ちゃんは聞いていなかったのかい。用事がある、と言ったと思うのだけれど。それも、しっかりとね」
「いやそうだけどさ。でも今日は高校初日だぜ? 作家志望以前に、クラスメイトとして仲良くなるためにだな。こういうのに誘われた場合はしっかりと行っておくべきだよ」
「へえ。じゃあなんで北ちゃんはいかないのかな?」
天然なのか意図的なのか分からないが、少なくともその言葉は狭間北にとって“凶器”であることに間違いはなかった。
「あ」
少し遅れて、彼女が体を硬直させたまま言った。
「そうだったね。北ちゃんはあのミニゲームでもボロボロで、『唯一先生に勝てなかった』のだったっけか。だから、誘われてすらいないってことなのかな?」
「……余計なお世話だよ」
「まあワチにストーカーしてくるぐらいだし、既に北ちゃんはワチの中で変人というレッテルを貼っているし。今更なんとも思わないけど。ネ」
どうやら僕は、まだ彼女の中でストーカーだと勘違いされているらしい。本当に勘弁してほしいものだ。もし冬樹原がそのことをクラスメイトに漏らした時には、僕は高校生活を早々にリタイアしなければいけなくなるからな。
夢の高校生活が一週間にして終了とか。冗談にすらならない。しかしどうだろう。彼女は人の言うことを聞くタイプだろうか?
違うだろう。
だから、僕がいまここで何か彼女を説得しようとしたって無駄だ。自然にその事を忘れてもらうしかない。鞄を持って、席から離れる。
今日から住むことになる第三高校一年生用の寮へ向かう。
「何をしているのかな、北ちゃん」
向かおうと思った。しかし背後から彼女が呼び止めてきたので、教室と廊下の境界線で踵を返した。冬樹原の方へと振り返る。
「なにさ」
「ワチの用事があるって言っただろう」
逆行。冬樹原の体の奥に太陽が隠れ、光がこもれ溢れ出していた。
「言っていたな。ならば僕をここに呼び止めているなんかせずに、早く用事を済ませにいった方がいいだろうな」
「違うよ。何もかも、違う」
「どこがさ」
僕は聞いた。
「ワチの用事というのは、君についてだからだよ」
彼女はそう言った。
「僕に用事だって? そりゃ一体全体、わけがわからないな。僕としては早く帰りたいところなんだが。まだこれから住む寮に足を踏み入れてすらいないのに」
「それで結構」
冬樹原の翠眼を覗く。……それが本気の眼差しであることは、いくらボクでも読み取れてしまったわけだが。さて、どうする。
僕がそう悩み続けていると、ゆっくりと、ジリジリと彼女が距離をつめてきた。
既視感。デジャブを感じる。
「……」
目を瞑って、開いた。
言葉をなんとかひねり出す。
「それで何の用だって言うのさ。この僕に」
これが最適解かはともかく、聞くべき事であった事に間違いはないはずだ。
「何の用? そう聞かれれば簡単に話はまとまるね。実際にそれは簡単だから。ワチが君にある用事というのはそうだね、知的好奇心から来るものだよ」
「端的に」
「うん。氷室先生が提案したあのミニゲームを、今度は 《手を抜かず》 本気でやってほしのだよ。もちろん、私が相手になる」
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