第2話 作高

「ところで、ストーカーの僕ちゃん。帰り道は知っているかい?」


 私は知らないよ、と付け足して。冬樹原が言う。どうやら彼女は帰り道を知らないのに、僕から逃げる為とは言えわざわざ道を踏み外したらしい。

 ストーカー被害(僕はそんな事を決してやってはいないけれど)から逃れたいと思ったのならば、後ろにいた多くの他の新入生たちを呼べば良かったのに。


 それをせず、こんな極端な選択肢を取るというのは……。


 もしかして彼女は、僕と同じく馬鹿なのかもしれないな、と思った。


「……まず、ストーカーの僕ちゃんって呼び方はやめろ。僕はストーカーをしてなんかいないし、僕は僕だ。狭間はざまきただ」


「はあ、分かったよ。今回だけは見逃してあげるよ。私のナイフに派手なリアクションをしてくれたお礼に」


 どうやら納得してくれたらしい。


「そりゃ助かる」


「じゃあ、よろしくね。ストーカ……じゃなくて、北ちゃん」


 訂正して、彼女が機械的に手を差し伸べてくる。なんか怖い。実は毒が塗ってあって、それで暗殺されてしまったりしまわないだろうか? 僕は恐る恐る、その手を掴んだ。


 大丈夫だった。


「よろしく」


 さて、これでようやく僕は楽しいスクールライフを始める第一歩を踏み出せたというワケだ。安堵の息を漏らしてみる。

 だが眼前の童顔少女は「ああ、忘れていた」とある言葉を付け足した。


「あ。そういえば北ちゃん。ワチ、言い忘れてたけど……遅刻は良いらしいけれど、入学式に出席出来なかった場合、即退学になるらしいよ? 入学式が終わるのは確か、九時五十分予定だけれど。そこら辺、よろしく」


 ん? 現在時刻を、ポケットから取り出したスマホで確認する。『九時三十五分』。

 不意に渡された情報をしっかりとかみ砕き、飲み込む。うーん。つまりどういう意味だろう。今から入学式に向かっても、間に合うかどうか分からない。もし入学式に間に合わなかったら、退学。


 ふむ。それは。

 徐々に全身が青ざめていく。


「お、おい」

 声が震える。


「となると、今の僕たちの状況っていうのは結構、危険なんじゃあ」


「そうだね」


 またしても即答された。だが、別に嬉しくなかった。というかソコにあるのは絶望だけだった。……最後に聞く。


「おい冬樹原? 『よろしく』ってまさか、最後の意味じゃないだろうな? 入学式に出席できず退学になっても自己責任でいいよね、という確認じゃないだろうな?」


「もちろん安心してほしい。最後の意味だよ。ワチは先に行くからね。道に迷ったのなら、取り敢えずてっぺんを目指して上るのみだよ」


 僕は単なる『これから、よろしくお願いします』の意味で捉えていたっていうのに。違うなんて、詐欺か。文句を言ってやろう。

 この童顔鬼畜詐欺師少女が、って。


「は? え?」


 だが。


 気が付けば、僕の手元に彼女の手はなかった。というか、僕を差し置いて────彼女は早速山を駆け上がり始めていた。

 数秒間、硬直したのちに。ふと我に返る。


 こんな下らない事をしている暇なんて無い────っ!


「あ、なんかマズイかもしれない」


 だから僕は冬樹原の後を追うように、山を駆け始める。

 その様は、さながらストーカーみたいだったことだろう。


 ◇


 あやうく、あの童顔少女に入学前に策士的に殺される所だった。

 ……危機一髪といったところか。午前十時半。山上街三番地区にある夢泉第三高校の三階建ての校舎、その三階、『1年2組』の教室に僕はいた。教室を真上から見た時、一番左下となる窓際席だった。


 更にと付け加えていいだろう。


「やあやあ僕ちゃん。入学式に間に合って良かったね」


 また奇しくも、隣の右席にはヤツがいた。冬樹原有希がいた。彼女はスタンダードな木製の椅子に腰をかけ、脚を伸ばして同じく木製の机にのっけている。

 いつの時代のヤンキーだよ、とツッコミたくなった。


「良かったで済ませていい幸運じゃないと思うけどな」


「入学式閉式残り五分で到着とか、肝を冷やしたよ」


「でも良い準備運動になったじゃないか」


「準備運動?」


 ボクは冬樹原の言った『準備運動』の意味が理解できず、真面目なトーンで聞いてしまった。


「本格的な運動をする前にやる、体をならすために行う軽い運動。という意味さ。分からないの? げえー」


 別に単語の意味を聞いたわけではなかった。というかそれぐらいボクでも知っている。いくらなんでも僕のことを馬鹿にしすぎじゃないか?


「いや、そういうことじゃなくてだな。何の準備運動だって聞いているのさ。だって今日は入学式と、あとはクラスメイトの顔合わとホームルームぐらいしかやらないって聞いていたのだけれど。何かこれから体を動かすことをやるのか?」


「まあ、ワチは別に何も知らないよ。ただこの学校のことだから。何かするのじゃないか、と天才的に予測しただけに過ぎないってこと」


「天才的な予測かどうかはともかく。この学校のことだから、って────なにさ。この学校は特別なのか? 僕は体育会系の高校に入学したつもりなどない」


「勘違いしないでよ、北ちゃん。そういうことじゃない」


 じゃあどういうことだよ……と、僕は聞く。


「じゃあ」


 違う。そう聞こうとした。しかし運が悪いことにその時、ちょうど教室前方の扉を開けて教師がやってきて聞けなかったのである。

 仕方がなく口を閉じる。


「よお、お前ら。作家志望とかいう馬鹿の肥溜めは、此処か?」


 紺のスーツに赤ネクタイ、すらりとした体型の黒髪ショートボブ女教師であった。そして補足すると、彼女は黒マントを羽織っており、右腕には包帯が巻いてあり、しまいには眼帯まで付けていた。


 眼帯だけならば、もしかすると病なのかもと思って、誰も指摘することはなかっただろう。しかしこの状況は違った。

 きっと、誰もが共感したはずだ。


「うおぉ、完全なまでの中二病だ……!」


 教室のどこかで、このクラスにいる生徒誰しもが思ったであろうコトを────一人の男子生徒が小声で言う。

 直後、声の主であろう男子生徒を中二病は睨みつけた。男子生徒はそれで萎縮してしまう。おいおい。アンタは大人なんだから、そう言われたって無視すりゃいいのに……。


「みんな揃っているな。えー、今日からこのクラスの担任となった魔術師系作家『氷室ひむろ』だ。これから一年間、大体よろしく頼む」


 氷室と名乗る女教師は教壇でそのように軽い自己紹介をしたのちに、チョークを持って黒板に何かを書き始めた。


「さて早速というか、さっきも言ったが、作家志望なんていうのはアホだ。それはみんな分かるな?」

 分かりたくないな。


「そして一クラス五十人、一学年三クラスあるのだから……百五十人。作家志望だけで百五十人。愚かな話だよな」


 何と書いているのか、黒板に書かれた字は汚すぎて読めない。


「そして私はそんな愚か者が大好きだ」


 目を細めるが、やはり黒板の文字は読めない。


「最強キャラクター造形ばとる?」


「なんだって?」


「そう書いてあるのサ」


 隣で冬樹原がカタコトながら、読み切った。どうやらそうらしいですよ。最強キャラクター造形バトル、ね。

 先生は板書を終えて、生徒の方へと振り向き微笑みを見せた。この教師が何を考えているのか、さっぱりだな。急展開に追いつけない。


「いわゆるオリエンテーションってやつだな。……三秒間やる。自分をキャラクター化しその設定で、私を倒して見せろ。まずお前だ」


 何が何だかという状態なのに、先生は僕のことを指差してきた。別に出席番号が一番というわけでもないのに、なんで僕が選ばれるんだ────自分のあまりの運の悪さには苛立ちを通り越して、呆れすら覚え始めている。


「はい」


 そう考えていたのだが、どうやら氷室先生が指したのは僕ではなくて、隣に座っていた冬樹原らしかった。恥ずかしい……。


「既に“プロ作家“であるお前をお手本にして、やってみようじゃないか」


 彼女は静かに声を出し、緩慢な動作で立ち上がる。


「私が私自身の設定を出すから、三秒以内にソレに勝てる設定を出してみろ」


「分かりました」


「じゃあいくぞ」


 というか、冬樹原が既にプロの小説家だって? 驚いた。それに初耳だった。まあココに来るまで彼女の存在すら知らなかったわけだが、なぜか長年競い続けてきた幼馴染に負ける……のと似たような感覚に陥る。

 僕も負けてられないな。


「……氷室は、“無敵バリアを持っている”」


 一秒が経過する程度、冬樹原が答える。


「ワチは無敵バリアを貫通し相手に直接ダメージを攻撃を持っている」


 と。なるほど、こういう風にやればいいのか。

 ゲームの内容をまだあまり理解していなかった僕は、見事に感心してしまった。作家志望には持って来いの内容だな。それに入学式の後にやる顔合わせ的な、自己紹介的なノリでやるミニゲームにしては十分だろう。


「……ふむ。そうすると、私の無敵バリアは冬樹原の攻撃で突破されて負けてしまう。冬樹原の勝ちということだな」


 なかなかに面白い。

 僕はクラスのみんなと着席した冬樹原に対し拍手しつつ、辺りを見渡してみた。コイツらがこれから一年間、苦楽を共にする仲間たちか、と確認する。


「じゃあこういう感じで、出来れば自分の名前を特徴交えた設定の方が面白くなるだろう。そして楽しめ。だがまあ……これは自己紹介の代わりだからな、真剣にな」

 氷室が続けた。


「じゃあ次、お前で」


 これも僕宛てのモノではなかった。それから数人、席順で指されていき、七人目ぐらいにしてようやく僕の番が回っきた。

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