第8話 体育の授業
「ところで狭間くんはクラスのチャットに入っていないみたいだけど。何か理由があるの?」
と、零野が言った。
「え? そんなのがあるのか、知らなかった……。そうなのか? 冬樹原」
「そうだね。ワチは入っているよ。というか北ちゃんを除いてみんな入っているよ」
「おい。なんでソレを僕に伝えてくれないのさ」
間をおいて陰険な目つきの冬樹原。
「そりゃあ、嫌がらせ」
……このクソ野郎が。と叫びたくなった。
「ちょっとフユッキー、意地悪しすぎじゃない? しかもソレ噓でしょ。そうでしょ? だってそのクラスチャットを作ったのはたった先なんだし。私とふゆっきーゆっきーしか入っていないでしょ! でしょまる!」
零野の発言に安堵しつつも、僕は隣の席に何食わぬ顔で座る冬樹原を睨む。
本当にコイツはクソ野郎かもしれない。
「……やれやれだよ。全くさ」
それから僕は零野に、クラスチャットに招待してもらった。
これでメンバーは三人である。まだまだプライベートチャット過ぎるが、これからどんどん人を増やしていくという話だった。
これを機に広岡や古林の他にも、友達を作っていきたいと思う。
その時、スマホが振動する。どうやら広岡からチャットが送られてきたようだった。僕はチャットを開き、内容を確認する。
『お前! レノレノと勝手に仲良くなってるんじゃねえ! 羨ましいだろうがっ!』
……スマホから顔を上げ、広岡の席を見る。クラスの角と角を線で結んだ時、僕の席とちょうど線対称の位置に席を持つ広岡。
そこに座っていた彼は、涙目になっていた。
そうだった。そういえば、広岡はレノレノのファンだったっけか。
『安心しろ。普通にあいさつしただけだから。それに、あとで広岡と零野さんが二人で喋れるように手引きしといてやるからさ』
この場をしのぐため、友達に恨まれないために、僕は取り敢えずそんなチャットを彼に送るのだった。
『持つべき者は友達だよな!』
次に来た返信は、さきほどとは打って変わってかなりハイテンションなモノであった。
◇
六限目。今日最後の授業は体育である。
この学校に入って初めての体育だった。僕たちはそれぞれの更衣室で青色の体操服に着替えた後に、体育館へ向かった。
「初めての体育だな!」
「……あ、うん。テンション高いな広岡」
「オレは体育好きだから、楽しみなんだよッ────! それにレノレノにいい所見せられるかもしれねえじゃねえか!」
「見せれるといいな」
どちらかというと体育は苦手だ。嫌いではないが、苦手意識がある。というか《作家志望》は運動が苦手か嫌いなヤツが多いなんて勝手な偏見を持っていたのだが……どうやらそんなこともないらしい。
クラスメイトのみんな、やる気満々だった。
どこからでもかかってこいや、という感じ。
「にしてもこの体育館、だだっ広いよなー」
「そうだな。僕が通っていた中学の三倍ぐらいはあるかもしれない」
「それな」
第三高校の体育館はとにかく広い。国立代々木競技場ほどじゃあないが、かなり広い。このぐらいの広さがあれば何でも出来そうだ。
背の順に並び、前を見る。前には一人の教師が立っていた。
「よーし、じゃあ今日が初めての体育ということで、よろしく一年二組ども。オレは二年三組の担任をやっている
短い黒髪にガタイが良い、筋肉まみれの体格。ゴリラみたいな先生である。真壁先生は僕たちに準備運動をさせたのちに、授業内容を説明する。
「さあて、今日が初めての授業だしな。オリエンテーションと洒落こもうじゃねえか」
どうやらこの学校の教師は、初めに何かミニゲームをやらないと気が済まないらしい。
「オリエンテーション?」
石川流が疑問の声をあげた。
「そうだ。作家つーのはだな確かに頭脳も必要だが、なにより体力を消費する。だからオリエンテーションという名の体力遊びをする」
体力遊び、ね。……運動は苦手だが、体力に関してならば自信があるぞ。
「男女の数が一緒だからな。二人一組の男女のペアを作って、体育館の外、外周を二人三脚五百メートル走ってもらう。まあ体育館外周を一周分だ」
「え、えぇ!?」
ご、五百メートルだと……。初めての体育に盛り上がっていたクラスだったが、その言葉を聞いて一瞬で静まり返る。みなが戦慄していた。
二人三脚で五百メートルとか、正気かよ。
「なあ狭間」
隣にいた広岡が、小声で耳打ちしてくる。
「なにさ」
「オレさ。長距離より短距離派。超短距離派」
「……訂正過ぎるにはちと遅すぎると思うけどね、運動好き」
「ぐぬぬ」
そういうわけで男女ペアを決めることになった。なぜ同性にしてくれないのかとも思ったけれど、そうなったら広岡は古林と組むだろうし……。相手が同性でも異性でも、結局僕が余り物になることは、ほぼ確定事項の様なものだし先生に抗議なんて事はしない。
余り物には福があるというが、そんな事はないだろう。最後に手に取ったモノが、みなが避けていた大爆弾という可能性だって多いにある。
そしてその場合、余り物の僕はまさしく爆弾みたいなモノだった。
「まあ、だよね。北ちゃんは余るだろうと思っていたよ」
そして僕が爆弾であるのと同様に、僕を選んだ蒼髪少女も爆弾みたいなモノであった。
「奇しくもアンタとペアか……」
「これ以上にない困ったことだね。ワチとしてもストーカーと一緒に組むのは、ちと気が引けるからね」
「自分の血をナイフに塗って物語を書くやつが、そんな事でテンション下がってたまるか。これ以上にないふざけた話だよ」
「そうかもね」
言うまでもないが、狭間北のペアは冬樹原有希である。広岡は憧れのレノレノと組めたようだ。古林は僕が全く知らない女子と組んでいる。
クラスの人数は五十人なので、全部で二十五組か。
「さて、全部ペアを作れたことだ。早速やろうじゃねえか。とはいっても一気にやるとあぶねえから、十三組と十二組に分けて競ってもらい、それぞれ上位五組、合計十組で決勝をしてもらう」
二十五組を二つのグループに分けて戦い、上位五組が決勝に進出出来る。簡単な構図だった。
「せんせー、もし優勝したら何か景品はありますかあ?」
一人の女子生徒が挙手しながら、聞く。真壁は答えた。
「そうだな。優勝したペアへの景品は……現金三万円といこう」
「うおおおおっ!」
その言葉を聞いて、みんなが再び盛り上がり始めた。現金、金の力は実に強大だなと肌で実感する。
「おい冬樹原」
それに僕も、金の強大さにひれ伏す劣悪な人間であった。
「なに」
「この勝負、勝ちに行くぞ────」
最大二十万円まで生活費を保障してくれるこの学校とはいえ、三万円……二人で三万円だから、分けて一人あたり一万五千円。でかい。そりゃ大金だった。
別に何か欲しいわけでもないのだが、だからといってお金はあって困るものじゃない。
欲しかった。
「ワチは運動神経が極端に悪いから、覚悟しといてね」
運動が不得手だろうが、何だろうが関係ない。
「安心しろ。僕が勝たせてやる」
それから数分後。冬樹原に一席ぶった僕らのペアは、“記録的な遅さで“十三組中十三位という大敗を記録する事になる。
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