八章 クロモの本屋 404話

 教会を出て、二人は本屋を探した。町で一番大きい商店が本屋。隣に文具と画材屋が混ざったようなお店があった。


「本当に立派なお店。他と全然違うね」

「そうねレイ。私は画材屋が気になるけどね」


 今日は主従ではなく、友人として買い物を楽しむようにお願いされたサチは、気軽な言葉で対応していた。


 店に入るとそこには真剣に本の背表紙を眺めているイリアがいた。


「え? イリアさん? イリアさんですよね」


 レイシアが声をかけるとイリアが振り向いた。


「あ? レイシア。何でここに?」

「サカから王都に帰る途中なんです。イリアさんこそどうしてここにいるんですか? 締め切り大丈夫なんですか?」


 レイシアは王子の無茶振りで大変なことを知っていた。


「ああ。今はいいの。卒業祝いに王子から休みぶんどったし、出版社の社長と王子が連名で推薦状を書いてくれたのよ」

「推薦状?」


「そう。あしたラノベの神に会えるの。楽しみだわ。ねえ、今日はクロモに泊まるの? 一緒にご飯食べない?」


 レイシアはお祖父様と一緒の宿にいることを伝えた。


「そうか。仕方ないね」

「あ、でもよかったらお祖父様も含めてお食事しませんか? サチ、お祖父様に伝言に言って」

「分かりました」


 サチは急いで宿に向かった。


「レイシア。クロモはじめて?」

「はい」


「私もなの。物書きの憧れの地なのよ。昨日から泊っているけど、ここの本屋凄いのよ。ほら、ここ。入り口近くにあるのは古本。新品は店の奥にあるの。古本は今は手に入らない貴重な本と読んで売られた本と分けられているわ。貴重本は定価の何倍もするし、ただの古本は半値以下で買えるものもあるの」


「古い本をもう一度売っているのですか?」


「そうよ。けっこう需要あるよ。よい悪いに関わらず、何回も印刷してもらえる本ってラノベじゃないからね。売れっ子作家でも中々昔の作品は出回らないのさ」


 レイシアは、イリアの『制服王子と制服女子~淡い初恋の一幕~』を見つけた。


「イリアさんの本あったよ。え? 定価の1.2倍?」

「その本はいまだに人気があるからね。私には値段が上がってもお金なんか入ってこないけどね」


「そうなんですか?」

「でもね、古本で値段が上がると新作通りやすくなるんだ」


「そんなものですか? 不思議ですね」

「人気のバロメーターみたいなものだからね」


 レイシアが眺めながら少し奥に進むと、イリアの本がたくさん並んでいる棚を見つけた。


「あっ、こんなにたくさんイリアさんの本が!」

「そこはっ! そこはね、返品本を安く売るクロモ独特のシステムなの。あたしのだって全部がヒット商品じゃないのよ! 爆死したシリーズだってたくさんあるのよ。ふふふ」


 触れてはならない黒歴史の数々。そこの棚には安くなった悲しみを背負った本が並べられているのだ。


「そこから先が新刊とロングセラーだから。最新の本をチェックするならここだね。向こうは専門書。あっちは絵本。向こうは古典だね。様々な所があるから好きに眺めて見なよ」


 レイシアは、【合言葉】と書かれているドアを見つけた。


「イリアさん、ここは?」

「ああ。そこは『薄い本の部屋』だよ。レイシアには関係ないね」

「薄い本!」


 レイシアはお母様との会話を思い出した。あれは6歳の頃。お母様お帰りなさいパーティーの夜のこと。薄い本が見つからないと言ったレイシアに対し、薄い本には関わらないようにやんわりと遠ざけたお母様。その後何度か薄い本についてたずねたのだが、絶対に教えてくれなかったお母様。

 レイシアの好奇心がうずいた。


「薄い本……、それがこの扉の向こうにあるのですね」

「あんた、薄い本が何だか知っているの?」


「知らないんです。だから知りたい」


 イリアはどうするのが正解なのか分からなくなってしまった。この世界を一生知らぬまま過ごすのは平和。沼にはまるのは、人としてはイバラの道だがそれも楽しい腐女子人生。レイシアはもう三年生。年齢的にはいける。しかし、どうしたものか。


「興味あるの? なんで? どこかで見たの?」

「見たことはありません。内容も知らないんです」


「だったらなぜ? なぜ気になるの?」

「お母様が何か隠し事をしているような。そんな気がしたんです。お母様に薄い本の話を聞こうとしたら、一気に雰囲気が変わって……。きっとお母様にとって大事な思い出や秘密が詰まっている本なんだと思っているんですよ!」


(あ~、そうか~、レイシアのお母様こっちの人ね~)


 イリアはレイシアのお母様の黒歴史を察した。


「そうだねレイシア。薄い本は人を選ぶんだよ。そのドアを三回ノックして見な。するとドアの向こうから質問が来る。間違えなければドアは開かれるんだ。開かなかったらあきらめればいいさ」


 イリアは中に入る方法を教えた。レイシアはドアの前に立ち、スーハーと大きく深呼吸をするとドアをノックした。


「トン・トン・トン」


「…………『セメ』の反対の言葉は?」

「せめ? なんだろう。攻める、ですか? 攻めるなら反対は守るですよね」


「……『ネコ』の相方は」

「猫の相方? 犬? 違うわ、相方なら猫同士しかないわ。あ、もしかして人間? ネコのパートナーは人間よ」


「帰りな。ここはお前のような人間が不用意に近づいてよい所ではないの。大人しく明るい道を歩むのよ」


 ドアの向こうから優しくさとされた。理由わけがわからずうなだれるレイシアに、イリアは近づきなぐさめた。


「レイシア。これでいいのよ。世の中には知らなくていいこともあるから。半端に手を出すと後悔することになるよ」


「ソウデスネ」


 納得いかなかったが、あきらめるしかなかった。


「まあまあ、このクロモはラノベ発祥の地だからさ。気分変えて流行を追いましょう。カツジャン最新刊、もう置いてあるのよ」


「本当ですか! もしかして最終巻?」


「それは自分で確かめるのよ。ネタバレされたくないでしょ」


「はい!」


 レイシアの機嫌はすっかり直り本を買いあさった。


「そんなに買って大丈夫? お金あるの」

「はい。魔物とか倒したご褒美があるから大丈夫です」


 買い占めかよ! とイリアが思ってしまうほど会計所の前に本を積み上げるレイシア。


「は、配送ですか? これだけ大量だと配送料が高くなりますが」


 レイシアはカバンに詰め込む気でいたが、店員の反応に(まずい)と気がついた。


「後で馬車に乗せますので、それまで取り置きしてくださいますか?」

「は、はい。大丈夫です」


 本の代金を店員が計算している途中で、サチが帰って来た。


「オヤマーの旦那様が馬車で迎えに来ています」

「ちょうどよかった。じゃあお祖父様に話をしてくるわね」


 本を馬車に乗せながら、店員にバレないようにレイシアのカバンに順次放り込んだ。


「さて、では食事に向かうとしようか。しかし、そちらのお嬢さんは平民か?」


「学園に通っていたので元貴族ですわ、お祖父様。売れっ子作家ですのよ」


「芸術家か。ならばせめて服を整えないとな。レイシア、お前もだ」


 一度宿に戻り着替えることになった、イリアはそこまでするならと断ったのだが聞いてはもらえなかった。


 馬車はドナドナ、いや、ゴトゴトと音を立て宿まで向かった。

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