ラノベの神 406話

 次の日、イリアはレイシアに起こされ教会に連れていかれた。


「なんかいいね。このスーハーってやつ」


 イリアは初めてのスーハーを満喫した。

 宿に帰るとレイシア特製の朝食。「これよ! これが食べたかったの!」と大喜びで食べた。


「今日は儂もついて行くことにしよう。服装は昨日のドレスを着用するように」


 パトロンとして契約を交わしたお祖父様は、ラノベというものを知るために付いて行きたいと申し出た。スポンサーの意向は断りづらい。


「着いたら先方に伺ってみますけど、紹介状は私一人なので断られたらあきらめて下さい」


 イリアがそう言うと、「ならば、レイシアも付いておいで」とお祖父様は提案した。


「断られたら儂にラノベというものを教えてくれ。一緒に図書館にでも行こう」


 レイシアは喜んでついて行くことにした。



 その家は町から少し離れた場所に建っていた。畑を風から守るため人工的に作られた、防風林の中にひっそりと隠れるようにある二階建ての小屋。元々畑の管理のために建てられたものだった。


「ごめん下さい。本日約束をしていたイリア・ノベライツです」


 イリアが声をかけると、二階から青年が降りてきた。


「え? ドレス? 貴族様? あれ? 平民の作家だと聞いていたんだけど」


 青年は慌てて「先生! 貴族様です!」と二階に上がっていった。


「やっぱりドレスは引くよね」


 イリアが自分のドレスを見ながら「似合わないよね」とつぶやいた。


「ドレスは似合っていますけど、作家さんってイリアさんしか知らないけど平民の方が多いのですか?」

「そうね。職業作家は平民が多いよね。貴族だと趣味の感覚で書いている人はいるみたいだけど。あまりほめられた趣味とは思われていないみたいね」


 同好の者同士で薄い本を出しているのがばれるのは貴族としての汚点。こっそり偽名を使って腐教活動しているお嬢様はおられるのだが、あくまで隠れて活動している。


「特にラノベは教会から睨まれているからね」


 イリアが、しょうがないね、という口調でレイシアに答えた。


「先生が入ってもらうように言っていました。今降りてくるから、そこのテーブルのイスに座って待っていて」


 青年はそそくさとイスに案内すると、お茶をいれるために奥に引っ込んだ。

 二階からゆっくりと年老いた作家が降りてきた。


「すまんの。貴族など中々来ないものだから若い者の教育が届こうっておったようじゃ。ご容赦願いたい」


「いえいえ、こちらこそ急に押しかけて申し訳ない。儂はオズワルド・オヤマー。こちらのイリア・ノベライツのパトロンになっておる。気を遣わずに接してもらえればありがたい」

「ほう。ラノベ作家にパトロンが付くとは。時代も変わったものじゃのう。わしはクロウ。昔は何作か作品を作っていたのだが、今は若い者を育てる側になっているおいぼれだ」


「おいぼれなんてとんでもない! 生きる伝説の先生です。お会いできて感動しています。初めまして、イリア・ノベライツです。学園を卒業し平民に紛れるつもりがオズワルド様よりパトロンの申し出があり、貴族籍を残すことになりました。代表作は『制服王子と制服女子』です。ご笑納下さい」


 イリアは早口で言い切ると、サイン本とお土産のお菓子を差し出した。


「おお、この本は読ませて頂いたよ。学園のリアルな感じが実によく描かれていると感心していたのだが。そうか、実際の学園生だったか。プロとしてやっていくならとても良いアドバンテージを持っておるな。大切にしなさい」

「はい」


 イリアは感動に打ち震えていた。目に前にいるのはラノベの神、あるいはラノベの始祖と言われるクロウ翁。いける伝説が自分の本をほめてくれている。


「初めまして。レイシア・ターナーです。イリアさんにはいくつかオーダーを出して書いて頂いています」


「ほう。本を買うのではなくてオリジナルを書いてもらっているというのか」


「はい。お店の宣伝用に書いてもらっているのですよ」


 そこに青年がお茶を持ってきた。


「お菓子はないけど、お茶です。どうぞ」


 貴族の扱い方が分からない青年はぶっきらぼうにいいながらお茶を並べた。


「すまんの。これはわしの弟子でもうじきデビューするケイという男じゃ。人付き合いが苦手なせいかこんな風にしか話せないんじゃ」


 ケイは目を合わせずにコクリとお辞儀をした。


「それはそうと、お店の宣伝とはどういう事じゃ」


 レイシアは黒猫甘味堂で配る原稿を取り出し、クロウに読んでもらった。その後お祖父様にも分かるように詳しく説明をした。


「なるほどのう。確かにこの小説を読むと、どれだけ雰囲気の良いお店か分かるな。行きたくなる女性が増える事だろう。それにしても突飛なことを思いつくものだ。これを真似させてもらえないか? 売れない作家が仕事にありつけるかもしれん」


「このやり方は特許を取っておりますので、宣伝したいお店に特許料を払ってもらったら大丈夫ですわ」


「特許料か。さて、払ってもやりたいと思う店があるかだな」


「黒猫甘味堂が大成功をすれば真似したくなるお店も出てくると思います。今すぐは理解できないでしょうから4~5年後かと思いますが。まあ、10年たって特許が外れたら広がるのではないでしょうか」


「そうか。まあ、作家が売り込むのもいいかもしれん。ケイ、待っていても仕事は来ないぞ。よい作品が書けても売り込まないと出版されない。もう少し積極的になるんじゃ。ここの仲間を当てにするだけじゃいかんぞ」


 クロウは弟子に発破をかけた。その後イリアはクロウを質問攻めにし、クロウはラノベについての考察を丁寧に伝えた。


「では、わしがラノベを知ったカク・ヨーム様の祭壇をお見せしよう。ここで祈ることがイリア、君の成長につながることを願う」


 ケイがこの家に似合わない重厚感のある立派なドアをギィーと音を立てながら開いた。

 クロウが先導し、レイシアたちは中に入った。最後にケイが入りドアを閉めた。


 ステンドグラスの窓から、色とりどりの光が差し込み祭壇を輝かせていた。


「わしがまだただの文学好きの青年だった頃、カク・ヨーム様より啓示をうけたのじゃ。風の神アイロス様を祀る教会だったが、わしは聖詠の一部を口ずさんでいたのじゃ。『全ての者に  知恵を与える 全ての者は  知恵を求めよ 知恵を求む者 我が心に適う 知恵を求む者 男女貴賤別無し』。わしの好きなフレーズじゃ。その時、頭の中でカク・ヨーム様が語りかけてくれたのじゃ。そこでわしはラノベという異世界の知識を得ることができた。つたない文字で何冊かその物語を書いたのじゃ。やがて弟子が出来、何名ものラノベ作家が生まれた。今は弟子の数も少なくなったが、ケイのようにわしの身のまわりを世話しながら学ぶ弟子が何人かいる。わしはカク・ヨーム様に身を捧げる覚悟で弟子を育てた。と同時に、小さいながらもこうして祭壇を作ることができた。さあ、祈るがよい。カク・ヨーム様のご加護を頂けるように」


 イリアはひざまずき、黙って祈りを捧げた。

 お祖父様も祈りを捧げている。

 レイシアは、祈りながら静かに聖詠を口ずさんでいた。



 『讃えよ讃えよ 我が名を讃えよ

  我を讃える者 平等であれ

  富める者も  貧しき者も

  老いる者も  若き者も

  男なる者も  女なる者も

  全ての者に  知恵を与える

  全ての者は  知恵を求めよ

  知恵を求む者 我が心に適う

  知恵を求む者 男女貴賤別無し』



 その時、キラキラとした光の粒が、カク・ヨームの像からあふれるように飛び出した。

 クロウは目を疑った。このような現象はいまだ見たことがない。カク・ヨームの声が響いたのは2回あったのだが、光があふれ出るなど初めての体験だった。


「……トルアーデの祝福」


 クロウは聖書にある奇跡を思い出した。


「なにこれ。キレイ」


 イリアは呆然と光を眺めていた」


 お祖父様とレイシアは、特許を初めて取った時のことを思い出していた。


「き、奇跡だ。カク・ヨーム様。老いたわしに奇跡を見せたのでしょうか。それともこの若き才能あふれる少女イリア・ノベライツを祝福されたのでしょうか。……ありがとうございます。神に祈りを」


 ケイはこの光景を見て懺悔を始めた。


「僕は神が本当にいるのかと疑っていました。本当は神などいないのだと。僕は神も自分の才能も疑っていたんです。しかし……、ああ、素晴らしい光景。神よ! 僕はこれから変わらなければいけない。才能がないとか、人付き合いが苦手とか、そんな言い訳はもうしないことにします。神の祝福がイリアさんに向かおうと、僕がこの場に立ち会えた奇跡を信じます。カク・ヨーム様と文学に、身も心も捧げることを誓います」


 お祖父様は(レイシア、何をした)という目でレイシアを見つめた。

 レイシアは(私のせいじゃないよね)とお祖父様を見ていた。

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