ラノベと比較 343話
孤児院での石鹸作りはおばあさんの指導がよく、また材料の脂身も、孤児たちが定期的に狩ってくるので、新鮮な状態の脂をタダで手に入れることができた。おかげで何度も作ったのですぐに順調に仕上げられるようになった。製品として売り出せるレベルになるのももうすぐだ。
しかも、質が良い。新鮮な脂身を使うので獣臭さが薄まった石鹸。お婆さんからも、値段をあげてもいいのではないかと言われている。そこは神父様がギルドと交渉している。
レイシアは、石鹸の作り方を一通り理解した。その上でラノベ、特にスローライフものを読んでいたらあることに気がついた。
「あれ? ラノベの石鹸って植物油を使っているの? それに灰汁を使っていない。植物油に塩を入れたり、ろ過が甘くてカスが残ったりしたのが汚れを落とす元になっているのね。油に異物を混ぜるとシャンプーとかリーシャンとかいう洗髪料になるの? 灰汁はいらないの?」
レイシアはおばあさんに習った石鹸作りとあまりにも違うラノベの作り方に興味津々。これは試さねばいけないと、植物油に塩を入れただけの洗髪用油を作りお風呂で試すことにした。洗髪用油を髪に塗り、お湯で洗い流した。
「う~、べたべたが取れない。いつまでも油が髪にまとわりつくわ」
灰汁はアルカリ性物質。脂肪酸と反応して石鹸ができる。石鹸は水に溶けやすいから洗った後もすぐに流すことができるのだが、油に塩を入れただけでは水に溶けずに反発するだけなので流すことができない。レイシアが目にしたラノベは油をそのまま使った者ばかり。石鹸には苛性ソーダが必要だという知識が異世界の作家たちになかったのか、代わりの物が見つからずあえてそこまで書かなかったのか、レイシアの世界の作家に異世界の知識を理解できなかったのか……。まあ、石鹸の作り方など知っている作家などレイシアの世界にはいないのだから仕方が無い。油にスクラブを入れたらシャンプーができると書かれているものが大半だった。
「ラノベの情報通り作っても上手くいかないのね。もしかして動物性なら成功するのかも」
レイシアにとってのミスリードが起こった。植物油でシャンプーは無理だと思い込んでしまったのだ。
石鹸で何度も洗い直し、何とか油を落としたレイシア。翌日はラードに塩を混ぜ頭に塗ってはお風呂に入った。
「うわ~。べとべとが昨日よりひどい~」
何度も何度も石鹸で洗って、ようやく脂を落とした。
「とりあえず、植物油はなしね。アクを加えた石鹸は最高ね。後は、前に髪につけたパンの生地。あの中の何が髪をきれいにしたのか検証しないと」
レイシアは毎日、小麦、卵、牛乳、砂糖、蜂蜜、バター、重曹と、材料を少しずつ石鹸水に混ぜながら、髪の汚れがどれだけ落ちるのか調べた。こんなこと、他人を巻き込むわけにはいかない。けれど毎日髪をきれいに洗いすぎて、データが取りづらくなっていた。
◇
そんな地道な人体実験を繰り返しながら、あっという間に夏休みは終わりそうになった。
「レイシア。君は自分で何でも抱えたがる。少しは人に任せたり頼んだりすることを覚えた方がいい」
神父はレイシアから提出された石鹸と混ぜ物についての考察を読んでため息をついた。
「この研究を一人でやってどうするのですか。髪にも人それぞれ特徴が違うでしょう? 大人と子供。男と女。天気、湿度、季節、水、お湯。様々な環境変化もあるはずです。たった一人のデータで何とかなるほど、実験というものは簡単なものではないのですよ」
「そうですね」
「ここには孤児が沢山います。あなたは孤児に石鹸作りという仕事を与えました。その石鹸の改良に孤児が協力しないはずがないではないですか。改良したせっけんでサンプルを取るのに温泉と協力してもいいのです」
「でも」
「レイシア。人が一人でできる事には限界があるのです。私を、孤児たちを、領民を信じなさい。みんなあなたを大切に思い、尊敬をし、大好きなのですから」
素敵なお姉様になろうと頑張ってきたレイシア。何でも自分独りでこなせるようにと、他人に協力を求めるのが下手になってしまっていた。神父はその事を何とか伝えようと必死だった。
レイシアは、分かったような、分からないような、でもなにか温かい気持ちが沸き上がってくるのだけは感じられた。神父の言葉に頷くと、孤児たちを集めて説明を始めた。
神父は、その中から男女二人を指名しその二人をリーダーとしたプロジェクトチームを作った。後に孤児院で初めての商品開発部はここからスタートする。神父は見込みのある孤児に直接指導を始め、
レイシアの石鹸の改良は孤児たちが責任を持ってデータ収集をすることで落ち着いたのだった。
レイシアの夏休みは、教育改革、石鹸の改良、お嬢様修行、メイド修行(体系変化による修正)、ラノベの布教活動など、忙しく過ぎ去っていくのだった。
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