三章 ラノベ沼(文字中毒者の下剋上)340話

「次に法衣貴族の子供の教育問題ですね。こちらはお父様に貸した『転生したけど貧乏領地?』に書いてあることを参考にしましょう。レポートの二枚目の用紙をご覧下さい」


 レイシアはそう言って紙を見せた。


「孤児院の子どもたちと比べて、やる気のない子が多いのが特徴です。孤児と比べられるのが嫌だという意見が多いですね。仕方がないのですが、プライドというものはなくなりませんので」


(ああ、なるほど)と神父は理解した。教える中心が自分なので、どうしても孤児院が会場になってしまうのが問題だったとは。


「5歳から毎日学び、常に友達とゲーム感覚で復習している孤児と、親に言われ無理やりこさせられている貴族の子女では比べるのも意味がないのですが……。そこで、解決法としては次の3つが必要だと思います」


 紙には「場所」「人材」「目的意識」と書かれていた。


「場所は貴族エリアの中。何でしたら領主の館の一室でもいいです。彼らの生活環境の中で行うのが必要ですね。孤児をイメージさせる教会では無理です」


「家も候補に入るのか?」


「ええ。特別感が出るので良いと思います。そうでなければ、役場の一室でもいいですよね。そんなに多くの生徒はいないのですから」


「役場の一室か。それならできそうだな」


「次に人材。主に教師ですが、これも神父様ではだめです。法衣貴族の大人たちにやってもらいましょう」


「何だと?」


「皆様、学園を出て試験に受かった方ばかりですよね。1年生で習うことぐらい教えられますよね」


「そうだな。人材を選べば可能か?」


「それに、実際に法衣貴族として働いている現場も見せましょう。今の勉強がどんな仕事の役に立っているのか、それが分かって学べば、勉強に目的意識が出るはずです。先生には学園を出たばかりの人も入れましょう。勉強だけでなく、学園の素晴らしさとか、勉強できないとどんな大変な目に合うかとか、そういった体験も話せば勉強の大切さが分かりますよね。たまにお父様が、『領主として期待している』とかおっしゃりに来ていただくと、先生も生徒もやる気が上がるのではないでしょうか」


「確かにそうかもしれん。それに資金も抑えられるな」

「それもラノベの知識なのですか」


「もちろんです! 神父様も後で『転生したけど貧乏領地?』を読んでみてくださいね」


 さり気なくラノベを勧めるレイシア。


「騎士爵の子供には、騎士団の訓練を受けさせるのもいいかも。少しずつ慣らせばいいし、精神論を叩き込んでおけば役に立つから」


 金もかけず、簡単な感じで法衣貴族の子供の問題を解決させそうなアイデアの数々。


「分かった。法衣貴族の子女にはそのような対応をしよう」


 領主として命令すればすぐにできてしまう。


「それにしても、こんな簡単なやり方があろうとは。ラノベとは一体何なのだ?」

「いえクリフト様。ファンタジー小説をこのように読み解けるレイシア様が凄いのです。凄いと言うかおかしいと言うか……」


 戸惑っている神父を気にもせず、レイシアは続けた。


「法衣貴族の問題はこのくらいでよろしいですね。細かいところは後でレポートを参考にしてください。では最後に平民の識字率向上について」

「なんで識字率向上になっているんだ? 平民の不平解消ではないのか?」


「孤児の知識が問題なら、平民の子供にも勉強させれば解決です! 簡単ですよね」


「どこがだ! バリュー神父が勉強を教えると言っても誰も来ないんだぞ」


「解決法はすべてラノベに出ています!特に カツジャン、失礼、『文字中毒者かつじジャンキーの下剋上』は、文字を作り出し文明を発展させながら、すべての領民の識字率を上げ、図書館を作り上げるという途方もない叙情詩とも言うべき超大作! まさに神がもたらした奇跡のラノベ! 最終巻を読まずには死ねないわ!」


「死ぬな! とっとと戻ってこいレイシア!」


 お父様の突っ込みが冴える! こんな時ラノベ絡みだけ突っ込み上手なのは学生時代の成果?


「平民をやる気にさせるには、メリットがないといけません。まずは無料。これは外せません。次にラノベによく出てくる『給食』を提供しましょう」


「給食とは何だ、レイシア」


「学校が無料で出す食事の事です。孤児院のメニューと同じようなもので良いですね」


「待て、町中の子供の昼食代など馬鹿にならないぞ!」


「そこは法衣貴族の子供の授業料を当てて捻出しましょう。足りない分は寄付と未来への投資と言うことでなんとかしてください」


「投資だと?」


「そうです。領民の学力が上がれば税収も上がります」


「ずいぶん先の話だな」


「投資は長い目で見ないと損をしますよ」


 領民に投資する? 斬新過ぎて理解が追いついていかないお父様。それでも話を前に進めるために聞いた。


「先生はどうするんだ?」


「法衣貴族になれなかった学園出の若者をスカウトしましょう。読み書きと簡単な計算ができればいいのです。最初は多いでしょうが、1年か2年で基礎を叩き込んで終わりにすれば、やがて特定の年齢の子供だけになるので数も安定すると思います。始めは午前中だけの子と午後だけの子に分けます。お昼は一緒に食べて。残りの時間は親と働けばいいのです。3時間でご飯一食もらえるなら喜んで来るはずです」


「ほう」


「自領で働きたくても、学力に似合う仕事がない。そんな若者が戻れば領内に活気が出ると思いませんか?」


「確かにそうかもしれないが……」


「授業は……そうですね。一般の子供は集中力がないので、30分を1単位として、読み書き計算の他に、運動の時間や料理の時間、刃物の研ぎ方、薬草の見分け方、そういった実用的なことも教えれば、役に立つ人材が増えるし、やる気にもつながると思います」


「なるほど。しかし実際にできるのか?」


 お父様が神父を見た。


「そうですね。計画を見ると、孤児院でしていることの2割くらいですので、これができなければ話にならないほどのゆるさですね」


 神父が言うと、お父様は大きくため息をついた。


「他になにがあるのか?」


「細かい話ならいくらでも……」

「いや、いい。今ので頭が一杯いっぱいだ。今日のところはレポートとラノベを読んで頭を整理させてくれ」


 そう言うと、神父が借りていた『異世界孤児院』を持って出ていこうとした。


「お父様、カツジャンは?」

「カツジャン? 何だそれは」

「『文字中毒者かつじジャンキーの下剋上』ですわ」


 机の上にずらっと三段に積み重ねられたラノベの山を指さした。


「そんな長いの読んでられるか! 行くぞ」


 お父様は執事と共に、怒りながら出ていった。



「それにしても凄いものですね、ファンタジー小説というものは」


 お父様が去った後、お茶とお菓子でレイシアと神父は休憩に入った。


「そうなのです。ラノベの主人公たちが語る『転生する前の世界』。よく出てくる定番の名前が『ニホン領』と言う異世界なのですが、そこの文明がすごく高いのです。空想上の世界なのですが、子供は全員学校に通い高等教育を受けているのです。さらに深く料理の数々種類が多くとても美味しいのです」


「子供が全員高等教育?」


 料理に脱線しかかった話題を戻す。


「ええ。6歳から15歳まで9年間は最低学園に通うのです」


「9年も!?」


「はい。読み書き計算以外にも、自国の歴史や他国の歴史。他国の言語。絵画、音楽、体術、その他諸々を習い、さらに勉強するため、20歳超えても働かず勉強する者がたくさんいる世界なのです」


「学者より勉強している?」


「ふふ。作り話の世界ですよ。薪がなくても調理できる道具。食べ物を冷やす道具。食べ物を一瞬で温める道具。夏は冷えた空気を流し部屋を冷やす道具。そんな世界の教育は、どれほど素晴らしいのか。いえ、そんな世界を想像できる作者様の発想力の素晴らしさ。そんな作者様のお書きになった教育表現、参考にせずにいられないではないですか!」


 突っ込み役のお父様はもういない。レイシアは、心と時間の許す限りの間、ラノベの素晴らしさを語り尽くしたのだった。


「はあ、尊い。……。そうですね、この『カツジャン』全巻夏の間図書館に置いておきます。神父様も見てくださいね」


 外伝含め35巻。最終巻はまだ出ていない大量の本を机に置いたままレイシアは帰った。


 レイシアからラノベの洗礼、いや洗脳を受けた神父はなんとなく一巻を手に取り、ページをめくった。


「……ふう」


 気がつくともう夕方。孤児が「夕食ができました」と呼びに来た。


 神父はラノベ沼にはまった。あれだけ時間があったのにまだ4巻⁉ 読み進めないのは神父が行間を読むことを覚えたから。そして数日の間は、仕事を放っておきラノベを読み続けた。今はやっと半分。



 家に帰ったレイシアは、「ラノベの話をしている時、お嬢様らしく振る舞えていませんでした! あれはダメです!」と怒られたのは、また別のお話。

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