二章 お茶会までのそれぞれの動き② 330話
〈イリアの場合〉
「え? お茶会のゲスト? あたしが⁈」
夕食の時、レイシアの悩み事を聞いていたら、突然こんなことをお願いされた。え? 今の文脈でなんでそうなる?
「お願いします。私のようなお茶会初心者の主催では、参加者を集めるために高名な芸術家が必要なのです」
「高名な芸術家って誰よ」
「イリア・ノベライツ様です」
ブワッっと飲んでいたお茶を吹き出した。
「あたしそんな御高名じゃない! 底辺学生作家よ!」
「またまたぁ。新作の『無欲の聖女と無自覚な王子』再販に継ぐ再販だ! って自慢していましたよね」
「あ、あれは久々のヒット作だから」
「それに去年の『制服王子と制服女子』だって。ああ、あれ私がモデルでしたよね」
「うっ、それを言われると言葉がでない」
「イリア・ノベライツは学園の本好きの間ではそれなりにネームバリューのある作家です。謙遜も大事ですが、現実を見つめないのは違いますよ」
「……そうだね」
そうは言ってもお茶会? このあたしが? しかもゲスト? 無理無理。絶対無理!
「そんなことありません。それを言ったら私の主催のお茶会自体がありえない無茶振りなのですから」
自信満々に無茶振りとか言われても、どう返せばいいの?
「イリア。レイシアがめずらしく困っているんだ。少しくらい手貸してあげな」
カンナさんがあたしに言った。そうだね、レイシアが困っているのか。初めて見たかも。仕方がない先輩として手伝うか。
「それで何をしたらいいの? あたし貴族コースの授業なんてわからないしさ。貴族らしいこともできないよ」
「そうですね。大丈夫です。基本的に話さなければばれません。おしとやかな作家という事にしましょう」
「はあ?」
「話すのは一語ずつ。『こんにちは』『ありがとう』『ようこそ』『分かりました』『素敵ですね』このくらいで切り抜けましょう。優雅な感じで一言だけ。助詞も接続詞もなしです。これならばお優雅な学生作家に見えるはずです」
「はぁ?」
「大丈夫です。一週間で身に着きます。私が指導しますね」
「お、おう」
「あとはサイン会を開きますので」
「サイン? 書いたことないよ」
「ではサインも作りましょう。優雅な感じのサインがいいですよね」
レイシアが一人で盛り上がっている。止めようがないあたしは、もくもくと食事をとった。
◇
「背筋伸ばした方がいいです。特訓しましょう」
えっ? 言葉の練習じゃなかったの?
「今の動き方では言葉だけではボロが出てしまいます。学生の間は身バレしたくないんですよね」
痛いとこついてくるなぁ。小さい時物語を書いていたのをからかわれてから、どうしても小説書いているのを知られたくない気持ちが出てしまう。まあ、レイシアは寮で一緒にいれば早々にばれるのが分かっていたから、最初からカミングアウトしたんだけど。下級生だし隠すより言い切った方がいいと思ったんだよね。
「時間としては1時間以内。その間、読者が理想とする学生作家になり切ればいいのです。素の自分とよそ行きの自分は違ってもいいのです。TPOです。1時間だまくらか……なり切りましょう!」
今、だまくらかそう、とか言わなかった?
「それに、これは作家として貴重な体験になると思いませんか? お茶会の場面、経験したことがないのに書くのと、経験してから書くのでは描写に違いが出ると思いませんか?」
「そう? かな?」
「貴族の歩き方や物腰も、習ってから書くとリアリティが」
「ああもう、分かったから。やってみるよ。貴族のお嬢様らしく振舞えればいいんだろ」
まあ、こんな経験二度と出来ないしね。せっかくだから創作の
時々メイドのポエムさんが指導に混ざった時は本気で大変だった。なんでポエムさん私の身長計るの? スリーサイズ? 何か関係ある?
◇
当日の朝。レイシアに連れられて会場に行った。平民街では高級な喫茶店『黒猫甘味堂』じゃない! 高いらしいのよね。噂ではよく聞いていたし一度来てみたかったんだけど、私には無理なお店。あれ、あの子、レイシアのお友達? 何度かあった事がある私のファンの子よね。たしかメイちゃんだよね。ここで働いていたんだ。
レイシアが話し出した。
「皆さん。今日は朝早くからお集まりいただきありがとうございます。この度は私の我がままでこの黒猫甘味堂を貸し切り、お茶会を開くというミッションに協力頂き誠に感謝いたします。知っての通り……」
えっ?、このお店貸し切ったの? レイシアどれだけお金かかると思っているの! お茶会って、うふふ、あははってお茶を飲んで会話を楽しむ所よね。あんた何やっているのよ!
「……知っての通り、この黒猫甘味堂はスタッフもお客様も全員女性。女性が輝ける女性のためのお店です」
知らないから! っていうかあんた何その上から目線発言! あなたのお店じゃないでしょ!
「ここで本物の貴族のお茶会が開かれることは、皆さんにとっても意味深いものだと思います。いままで準備、特訓大変でした。その結果を今日遺憾なく発揮し、お茶会を成功させましょう。終了後、こちらで簡単な打ち上げを用意しています。私の手料理で申し訳ないのですが、ぜひご参加ください」
歓声が上がる中、あたしはパニックに
あたしは、レイシアのバイト先がこんな高級店だと知って、そしてレイシアの人気の高さに頭がついていかなくなっていた。
「では、本日はよろしくお願いいたします。各班に分かれ最終の確認を行ってください。イリアさんは着替えを」
「え? なに? わ~!」
気がつくと、バックヤードに連れていかれた。
「さあ、着替えて頂きます。イリア様」
ポエムさんはそう言うとあたしの服を脱がせだした。
「え? 何をするの!」
「こちらのドレスへ着替えて頂くだけです。そうですね。メイクも致しますので先にお手洗いを済ませてからの方がいいですね」
あたふたしている私はトイレに連れていかれた。
「それでは着替えて頂きます」
「これ、着ないと悪いの?」
「身バレ防止です。イリア様は学園では主にラフな格好をしておりますでしょ。今回の参加者は一年生の法衣貴族。兄弟姉妹がおられるかもしれません。普段のイリア様が絶対になさらない格好と話し方、それにメイクを施せば、勝手に高位貴族と思ってくださることでしょう。そうすれば、今後の身バレもしにくくなります。人前に出る一時間だけです。大切な読者に夢を与えながら身バレ防止をするのです。そのための今までの努力です。頑張りましょう」
もう訳が分かんない。いいや、ここまで来たらどうにでもなれ! 高位貴族のお嬢様になり切ればいいのね。分かったよ! どうにでもしやがれ。
あたしはきついコルセットを巻かれながら、あきらめにも似た境地に立っていた。
◇
サイン会は頑張ったよ! 口を開かずに笑顔。助詞も接続詞もない単語対応。うん。「がんばってね」はアドリブとして的確だった! これでいいよね。集まったドレス姿のお嬢様達の熱い視線と、握手をしたときこぼれる吐息や嬌声にあたしは自分が詐欺師にでもなったような感覚を覚えた。レイシアを見ると、あの子も貴族のお嬢様っぽく振舞っている。そっか。みんなそんな感じで貴族として振舞っているのね。高位貴族の皆様は、それはそれで苦労しているんだ。
そう思ったら、視界が開けてきた。
そうだよ。例え王子でも、いや、王子だからこそ素の自分を理解する子が出てきたら惹かれてもしょうがないよね。あたしは今書けなくなっている『無欲の聖女と無自覚な王子』の中の王子の行動原理が見えた気がした。どうしてもキャラが動いてくれなかったのは、私の中で理解が足りなかったからだ。王子の気持ちが分からなかったから。王子を悩みのある同じ人間と思っていなかったから。
でも、ここで高位貴族の振りをしながら微笑んでいる私が持っている違和感を王子の悩みに同化できれば……。うん! 書けそう!
サイン会が終わり、すぐにドレスから着替えさせてもらったあたしは、ネタ帳に無欲の聖女の新しいプロットを書き始めた。
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