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 隣国での停戦により、難民となった人々がこの国に多くやってきていた。彼らは元の生活に戻るのが難しい状況であった。

多くの難民がこちらで仕事を見つけて働いているが、中には文字が読み書きできない人もいる。そのため収入がなく栄養失調に陥っている人も多かったのだ。

 ユリアは彼らを見て放っておけなかった。

ゲルトとカミラに相談した上で王室の許可も貰い、週に何度か街の中心で炊き出しをしていた。

だがこの炊き出しを頻繁に行っても、根本の解決にはならないことをユリアは分かっていた。それに炊き出しをやる費用もタダではないから、ずっとは続けられない。

考えた末、今回から炊き出しの際に字のわからない人や子供でも理解できるように野菜やレシピや絵で書いた本を一緒に配ることにした。料理の幅も広げて、栄養バランスも考えている。

「わぁーいい匂い!」

 子供たちが匂いにつられてやってきた。今日のメニューは海が近い隣国では定番のシーフードのパスタだ。レシピは炊き出しで仲良くなった隣国の女性たちから聞いたのだが、見たことのないスパイスを何種類も使っていてユリアも勉強になった。

 初めての料理で少し緊張しながら食べに来た人たちにパスタを手渡していく。

「お味はどうですか?」

「このパスタ、故郷と同じ味だっ!」

「まさかこの国で食べれるとは!ありがとうね」

ユリアが作った料理は大人も子供たちも好評で、栄養失調で元気を失っていた人たちも治癒魔法で良くなり安心した。

「ユリアさん。お願いがあるんですが・・」

 子供を連れた女性が言うには、隣国から避難してきた子供たちがこの国の孤児院にたくさんいるが食事で困っているそうだ。どこも食べ盛りの子供たちだが寄付で成り立っている孤児院は、お金の余裕もなく満足な食事ができていない状況らしい。ユリアに各地の孤児院で食事の支援をしてほしいとのことだった。

 その日ちょうどお店に来ていたリュークとアベルにもこのことを相談をした。

「俺はいいと思うぞ。ただ、国から補助金が行っているはずなんだが、そのことも調べないとなぁ。行くならユリアの警護もいるな。誰に頼もうかねー」

 アベルがリュークの方をチラッと見ながらのんびり言う。

「それなら私が。補助金がちゃんと入っているか調べるついでに警護役もしよう。王室にもそう伝えておく」

「でもリューク様は忙しいのでは?」

「大丈夫だ。料理もするようになったから、君の手伝いもできると思う」

「ふふっ。それは楽しみです。ではよろしくお願いします」

アベルは二人の仲良さそうなやり取りに呆気にとられていた。なによりもリュークが料理をしていることに驚いていた。まさか皇太子殿下がキッチンに立つとは。

「お、お前が・・料理だと・・?」

「えぇお上手ですよ。リューク様の家のキッチンは広くて良い調理器具が揃っていて素晴らしいんです」

「待て待てっ!!家に行ったのか?」

「はい。何度かお邪魔しています。お部屋もとても素敵でした」

「・・部屋?リュ、リューク・・お前・・・」

アベルはまじまじとリュークを見つめるが、しれっとしている。

「何もしていない」

「・・・ユリアよ。こいつのベッドは上等だったか?」

「え?はい。とてもフカフカでしたよ!」

「ッッ!!!!」

それを聞いた瞬間アベルは声にならない音を出す一方で、リュークも苦笑いを浮かべていた。唯一ユリアだけがよくわかっていなかった。

「あのリューク様、私は何か失礼なことでも・・?」

「いや・・。大丈夫だ・・・」


 ユリアはその翌週から孤児院へ行くことになった。お店と街での炊き出しと孤児院の3つの両立をしなければいけなかったが、孤児院の日はリュークの魔法のお陰で移動時間や仕込みなど、時間短縮ができた。

フェルリーレのみんなも協力してくれて、なんとか両立できていた。

 リュークは内密に補助金の調査もしていたが同時に、数名の隊員を同行して修繕作業や畑仕事や座学、子供たちの遊び相手にもなってくれて、どの孤児院でもとても歓迎された。

 年長の子たちはユリアと一緒に料理もしてくれた。日頃から子供たちの面倒をみたり孤児院の先生たちの手伝いをしている彼らは年齢よりもしっかりしていた。

きっと我慢もいっぱいしているのだろうと思って、手伝ってくれたお礼だとこっそり年長の子たちだけ多めにおやつのクッキーをあげると嬉しそうにしていた。

 孤児院でのメニューは子供が好きそうな料理を作るようにしている。

野菜が苦手な子も食べてくれるように星や花の形に切ったりして、少しでも楽しい食事になるようにも心がけた。

「お姉ちゃん!!なんか力がでるんだけどっ!!」

「みて!傷が治った!!」

ユリアの作った夜ご飯のハンバーグを食べた子供たちが驚いたように声を上げる。

「ふふっ。すごいでしょ。お姉ちゃんの得意技なの」

キャッキャッと喜んでいるのを見ると嬉しい気持ちになった。

「ねぇねぇ、さっきの歌覚えてる?」

「「うんっ!!覚えてる!!」」

 ユリアは炊き出しの時に配っている本を孤児院のみんなにも配ったが、小さい子でも覚えれるように簡単な歌にして聞かせてあげるとみんな興味津々であっという間に覚えてくれた。子供たちが口々に大声で歌い始めたのを笑いながら見てるとリュークが隣に来た。

「ユリアは子供の世話が上手だ」

「リューク様もお上手ですよ。魔法の座学は私も勉強になりました」

 リュークが子供たちに座学を教えていたのが、魔法初心者のユリアでさえも理解できるぐらい分かりやすかったのだ。孤児院の先生たちも座学の後にリュークに質問をしていた。

「そうか。子供は素直で教え甲斐があるな。私の子供の頃は家庭教師がついていて学校ではトップの成績を取らねばとプレッシャーもあったが・・。こうやって楽しく学ぶのもいいな」

 リュークが自分の話をするのは珍しかった。

普段と違う環境や活発な子供たちに影響されたのか、リュークはそれから孤児院に行くと子供の頃の話や騎士団に入った頃の話などをするようになった。話を聞いて気づいたことは、彼は貴族の中でも裕福で厳しいお家で育った努力家のお坊ちゃんだということだった。ユリアは穏やかに身の上話をするリュークのことをもっと知りたいと思うようになっていた。だが、いざ踏み込んだ質問をすると必ずはぐらかされていた。触れてはいけない何かがある感じだった。

 何度目かの孤児院の訪問のあと、リュークはそろそろユリアに自分の身分について伝えたいと思っていた。ユリアから何度かそういった質問をされたのだが答えられないことがあった。何かを隠しているときっと彼女は気づいているだろう。

一生懸命で料理のことで頭がいっぱいのユリアともっと一緒にいたい。リュークは彼女に惹かれていた。出来ることなら頭の片隅にでもいいからリュークのことを少しでも考えて欲しかった。

子供のころの話や家の話をしたときのユリアを見る限り、リュークのことはただのお金持ちの貴族だと思っているみたいだが、もし現国王の息子であると伝えてもこれからも変わらず接してくれるだろうか。

不安もあるがリュークはこれ以上ユリアに隠し事をするのが嫌だった。

「ユリア、少し話があるんだが」

「はい?何でしょうか」

笑顔のユリアを孤児院の外に連れ出した。外は雲一つない晴天で春の暖かい日差しが心地よかったが、リュークはそんな天気を気にする余裕もなかった。

 ユリアに向き合うと頭を下げた。それをみてユリアの笑顔がなくなる。

「実は君に隠していたことがある。先に謝りたい。黙っていてすまなかった」

「・・・リューク様・・?」

ユリアはなんのことか分からず戸惑っていた。

「これから言うことを聞いても、今までと変わらず接してほしい」

「え?あの・・・どういうことですか?・・」

「私は・・その・・。貴族ではないのだ。王族になる。国王は私の父だ。私は・・皇太子なのだ」

「ッ!?」

驚きすぎて声も出なかった。ただ大きく目を見開いてリュークを見つめる。

「驚かせてすまない。ただ君にありのままの私を知ってほしかったのだ」

「・・・こ、皇太子・・ですか・・」

「・・・頼む。今までと変わらず接してほしい」

まさかそんなに高貴な方だと思わなかった。同時にユリアは今まで失礼な態度を取っていたと思い焦り始めた。急いで頭を下げる。

「あ、あの。私の今までの数々の失礼な態度をお許し下さい・・・」

「頭を上げてくれ。あぁそんな顔しないでくれ」

下げていた身体を起こされたが、リュークに対して申し訳ないのと恐れ多くて、顔を見れなかった。

「こっちを見てくれないか?」

懇願する声を聞いて、恐る恐るゆっくりと顔を上げてリュークを見ると「やっと見てくれた」と微笑んでいた。

ユリアはいつもの優しくて穏やかなその笑顔をみて少し泣きそうになった。

そしてユリアの手を取って「聞いてくれないか」と一歩近づく。

「ユリア、君が好きだ。これから先も一緒にいたい」

ハッと息をのんで固まっているユリアをみて「たくさん驚かせてすまない・・」と謝る。

そして真っ白のカモミールの花束を魔法で作り出してユリアの前に跪く。

ふわっとカモミールの良い匂いがユリアとリュークを包み込む。

「一目惚れだったんだ。花畑で君を見てこんなに美しい人がいるんだと思った。それから君といるようになって、どんどん君に惹かれていった。努力家で負けず嫌いでそれに頑固で・・。私は一生懸命な君が好きなんだ。料理人としても尊敬している。ユリア、私とこれから一緒に生きてくれないか?」

そして「身分のことは考えないで、一人の男として私のことをどう思っているか言ってほしい」と顔を赤くしながらも真剣な眼差しで、真っ白の可憐な花束をユリアに差し出す。

「わ、私もずっと一緒にいたいと思っていました。リューク様が好きです。どんなときも優しいリューク様が大好きです」

震える手で花束を受け取ると、破顔になったリュークが立ち上がりユリアを抱き寄せて肩に顔をうずめながら話す。

「嬉しすぎる・・・。受け取ってくれてありがとう。大切にする」

 身分の差がある上に治癒能力しかないユリアが彼と一緒になれるのか分からない。だが「一人の男として」リュークを好きになり、ずっと一緒にいたいと思っている。

 ユリアも後ろに手を回してギュッとする。リュークの言葉と引き締まった身体にドキドキした。

「こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「あぁ。近いうちに父や側近には私から伝えるから」

「認めてくださるといいんですが・・・」

力強い声で「大丈夫だ。認めさせる」と言われて、心強く感じた。



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