5
「うぅ寒い・・・」
冷たい風が吹き枯葉が舞う中、ユリアはブルっと身震いをした。
最近特に朝と夜は空気が冷たく感じるようになった。少しずつ冬が近づいている。
ユリアはもう一度大量に積み上がった食料の山を確認したあと自分の手荷物を確認してから魔法騎士団の隊員達に合流した。
ユリアはこれからフェルリーレのスタッフ数名と共に、国境の前線に行くことになっていた。
隣国同士の戦争が悪化してこの国にも難民だけでなく、賊が大勢くるようになった。そして盗みや追いはぎ、人身売買などが増えてきたのだ。
国王は治安悪化を防ぐため騎士団を国境の前線に増員し停留することを決めた。前線は危険と隣り合わせで負傷者も多い。
ユリアの治癒魔法を知った王室からの要請で、ユリア達はそこで彼らに食事提供と治療をするために駆り出されたのだった。
騎士団隊長のアベルから要請の話を聞いたとき、ゲルトとカミラはすぐには承諾しなかった。みんなのことが心配だったのだ。だがユリアは食事が必要な人がいるなら一人でも行くと言い張った。そんな強情なユリアに賛同してくれたスタッフ数名と、どうにか二人を説得して前線へ行くことが決まったのだった。
「ユリア、準備は出来たか?」
「はい、リューク様」
リュークもこの前線部隊に参加していた。
ユリアは彼も行くと知って、なぜか安心してしまった。
「何かあったらすぐ私を呼ぶんだ。いいな」
「わかりました。ふふっ心配性ですね」
それから防護魔法を施してもらった。馬に乗った隊員達とユリア達、それとこの食料の山をどうやって運ぶのだろうかと思っていたら、リュークから移動するから掴まってと腕を出された。おずおずとリュークの腕に手を絡ませた瞬間、体がふわっと浮いた。突然のことに驚いて閉じていた目をゆっくり開くと、そこは見たことのない広大な高原だった。
「えっ?ここは・・?」
「ここが前線だよ。空間移動したんだ。食料も一緒に運んだから。浮遊魔法をかけたから運ぶのは楽なはず」
リュークは「またあとで様子を見にくるよ」といって何事も無かったかのように設営をし始めた。さすが上級魔法使い。乗っていた馬すらも慣れた様子だった。他の隊員たちもテキパキと設営を始めている。
「あ、私たちも準備しないと。みんなはどこ?」
フェルリーレのみんなを見ると未だにポカンとしていた。
それから前線での日々は目まぐるしく過ぎていった。
どんよりと重たい雲に覆われるようになると、あっという間に周りの山々が白く染まった。数日経つと野営地の周りにも雪が降り積もるようになった。
野営地全体には防護魔法と温度魔法がかかっているらしく、雪が降ってくることも寒いと感じることもない。
この辺り一体には、賊以外にも隣国の戦争の為に生み出された魔物が国境付近にもいるらしい。そのせいで隊員の負傷者の数が増えていた。使える食材も限られているため上等なものは作れないが、ユリアは出来る限り彼らの傷が癒えますようにと願いながら、毎食おいしい料理を心がけた。
彼らが飽きないように週に何度かはデザートも作って夕餉の後に配っていた。今日はみんな大好きなプリンの日だ。
卵と砂糖をよく混ぜて、牛乳を少しずつ入れながら混ぜる。網目の細かいザルでこしたら、大鍋に水を少し入れて沸騰させる。沸騰したらプリンをいれて蓋をして弱火で15分。火を消してまた10分置く。野営地外の温度魔法がかかってないところにプリンの入った鍋を置いて冷やせば、完成!
焚火の周りに座ってくつろいでいる隊員達にどうぞと配っていく。
「ユリアちゃんありがとう」
「良かったらユリアちゃんもここに座って食べない?」
「ありがとうございます。でもまだやることが残っているので」
隊員は明らかに残念そうな顔をしていた。
「これあげる。今日見つけたんだ」
一人の大柄な隊員が紫色の可憐な花をユリアに差し出していた。実はこの隊員から偶然見つけたからとよく花をもらっていた。彼は毎回とても綺麗な花をくれるのだ。
自由も娯楽もないこの辺境の地で楽しみを見つけることは難しかったが、その綺麗な花を見るたびに心が安らいだ。自然と笑みがこぼれる。
「ありがとうございます」
隊員の顔が少し赤くなった気がした。
「あのさっ、街に戻ったらあそ」
「おーーい、ユリアーー、俺にもプリンくれないかー??」
「あ、すみませんアベル様!すぐ持っていきますっ!」
隊員が何か言っていた気がしたが、アベルの大声でかき消されてしまった。
さっと胸ポケットに花を入れて「すみません、これで失礼します」と隊員にお辞儀をして、アベルのところに急いで行く。隣にはリュークも座っていた。
リュークとは会えば挨拶をしたが、副隊長の仕事が忙しいのか食事の時間でもなかなか見かけることはなかった。
「アベル様すみません、お待たせしました。リューク様お久しぶりですね」
久しぶりに見かけたリュークに少し心が浮き立った。
「久しぶりだな。顔が見れてよかった」
優しそうな表情でユリアを見る。
会わない間にリュークがケガをしていたらどうしようなどとユリアは考えていたが元気そうでホッとした。もう少し話せたらよかったのだが、まだ片付けが残っている。二人にプリンを渡して「失礼します」と挨拶をしてすぐに炊事場に戻る。
「おい。俺が邪魔しなかったらあのまま遊びに誘われていたぞ」
ユリアが去ったあと、プリンを頬張りながらアベルが言う。
「あの隊員に悪いことしちゃったなー。悲しそうな顔してたな」
リュークはユリアが隊員達からものすごくモテているのを知っていた。いや、隊員だけでなく街の男たちからもだ。だが本人は全く気づいていないらしい。「味覚は良いのにこういうのは鈍感だから心配だわ」とカミラがこぼしていたのを聞いたことがある。
リュークは、ユリアが隊員から花を貰っているのを今日初めて見たわけではなかった。毎回花を貰って笑顔になった彼女を見るとリュークの中でモヤっと釈然としない気持ちになった。
「どうするんだ?」
「どうもしない。彼女が決めることだ」
「あーあ。そういうこと言っているといつの間にか誰かに取られるぞ」
わかっているが自分の立場のことを考えると行動をためらってしまう。
リュークは返事をしないでプリンを一口食べた。うん。美味しい。鍛えてる隊員のことを考えてか甘さも控えめだ。最近は賊や魔物の討伐と見回りで忙しくて身体も疲れていたが、このプリンを食べた途端に身体の中がじんわり温かくなって全身がふわりと軽くなった。
ユリアの治癒魔力はこの国で一番だろう。王都の病院の優秀な医師でさえもここまでの魔力はない。彼らも相当な力を持っていたがユリアは群を抜いていた。
「今日もお疲れ様でした。おやすみなさい」
ユリアは片付けと明日のメニューについての話し合いが終わった後、スタッフに挨拶して炊事場を出た。今日はいつもより終わるのが遅くなってしまったが、部屋に戻る前にプリンを食べようと焚火の傍に座る。夜も更けてきて焚火の周りには誰もいなかった。さすがにもうみんな寝ているのだろう。
「んー、我ながら美味しい!カラメルまで作れたらよかった。でも砂糖は貴重だからなぁ。砂糖の代わりになるものが何かないかな?サトウキビとかあればなぁ・・・」
パチパチと焚火の音が静かな夜に響く。この焚火も魔法で出来ていて火が消えることはないらしい。
心地よい火の音と温もりでだんだん瞼が重たくなってきた。
リュークが外で見回りをしていると焚火の前で眠り込んでいるユリアがいた。
「え、寝てるのか・・・?」
ユリアの足元には空になったプリンの容器とスプーンが転がっている。なんで外で寝てるんだと驚きながらも肩をゆすって起こしてみる。
「ユリア。ユリア、起きるんだ」
「・・・・んーーん・・・」
疲れていたのか起きる気配が全くない。どうしたものか。
だがここでユリアを放置するわけにもいかなかった。リュークを見かけたからよかったものの、もしユリアに好意を持つ誰かが見つけていたら大変なことになっていたかもしれない。
彼女の美しい寝顔を他の人に見られなくてよかった。
起こすのを諦めてユリアの隣に座ると、不安定に揺れていた彼女の頭がリュークの肩に触れた。息がかかりそうな至近距離でドキリとしたが、気持ちよさそうに眠るユリアを見てもう少し寝かせてあげようと思った。彼女の柔らかい髪がリュークの顔に触れて、くすぐったいのと同時になんとも言えない愛しさを感じたが、ユリアの胸に挿してある紫の花を見て一気に現実に引き戻された。「本当の身分を明かしても、笑いかけてくれるだろうか」
はぁと気が付くとため息がでていた。
ユリアが目が覚めるとリュークの整った顔がすぐ横にあったので驚いて身を引いた。
「・・・っ!!リューク様!・・あれ、私寝ていましたかっ?」
「だいぶ疲れていたんだな。よく眠っていた」
「す、すみません・・・」
リュークは「それと」と言いながら少し怒ったような顔をした。
「ここは男たちが多いからもう少し気をつけなさい。外で寝るなんてもってのほかだ」
あぁそうか。隊員の秩序を保つのも副隊長としての仕事になるから、余計な手間を取らせないように気をつけないと、と思いユリアは頭をさげる。
「すみません。気を付けます」
「ああ。テントまで送ろう」
リュークが魔法で足元を照らしながら夜道を並んで歩く。こうして二人で会って話したのは久しぶりだった。
「ユリアはどういうものを貰ったら喜ぶのだ?花か?」
「え?そうですね・・花も嬉しいですが・・・手に入りにくい食材とかでしょうか」
「食材・・?はははっやはり面白いな」
堪えきれずに笑っているとユリアは不思議そうな顔でリュークを見ていた。
アダムがユリアにフラれた隊員達のことを「食べものに負けた騎士隊員」と揶揄していたが、彼女の前ではどんなに綺麗な宝石や花でも、貴重な食材の方が価値があるらしい。さすが料理人だ。
「では今度、君に珍しい食材を持ってくるとしよう」
「あ、ありがとうございます」
「急にどうされたんですか」と聞いても「何でもない」と言われたのでよくわからないが、貴族のリュークならきっと貴重なものを手に入れることが出来るのだろう。
「ふふっ楽しみにしていますね」
「それとここだけの話だが、もうすぐしたら帰れると思う。やっと隣国が停戦するらしい。このまま終戦までいったらいいのだが」
「そうなんですね!嬉しいです。ゲルトさんとカミラさんに会えるのが楽しみです」
ユリアにとって嬉しい知らせだ。思わず笑顔になる。
「そうだな。私もまたフェルリーレに行くのが楽しみだ。さあ夜も遅いからゆっくり休んで。おやすみ」
「はいっおやすみなさい、リューク様」
ユリアのテントに着くとリュークはそのまま帰って行った。
ここに来て既に3か月が経っていた。カミラさんと手紙のやりとりをしていたのでみんなが元気なのは聞いていたが、帰れることが正式に決まったらすぐにでも手紙を送って知らせたい。みんなにもうすぐ会えると思うと嬉しくてその日はなかなか寝付けなかった。
そしてその数日後リュークの言った通り、正式に前線から引き揚げて街に帰れることになった。それからは残った食料を無駄なく使いきれるように工夫したメニューを考えたり、その仕事の合間に荷造りをしたりと慌ただしかった。
前線を離れる最終日。ユリアたちが使っていた調理器具など重たいものを運ぶのにその分の魔力量が必要で団長のアベルに手伝ってもらっていた。
「アベル様、手伝って頂いてありがとうございます」
「気にすんな。俺たちはもう荷造り終わって手が空いてたから」
「そうだよユリアちゃん。もっと手伝いたいから何でも言ってね。街に着いてからも片付けとか手伝えるからね。俺、部屋まで運ぶよ」
「お前はその下心をどっかに片づけてこい」
アベルは魔法騎士団の隊長で貴族でもあるのに、気取った態度もなく朗らかだ。一緒に手伝ってくれている彼の班の隊員もアベルに対して冗談を言いながら和気あいあいとしている。長年キッチンで働き、チームワークの大切さを知っているユリアでさえも、彼らの信頼関係の良さを感じた。性格も顔立ちもよく、地位もあるアベルは恋愛に鈍いユリアでさえも、モテるのではないか思ってしまうほどだった。
「アベル様は結婚されているんですか?」
「「えっ?」」
ユリアはふと気になって聞いてみたが、言ったその瞬間にアベルも周りにいた隊員達も動きを止めた。フェルリーレのスタッフだけはユリアの天然が始まったと思ってハラハラしていた。場合によってはあとでカミラに報告しなければ。
「あっ、いえ。なんとなく気になってしまって」
「ユ、ユリアちゃんっ、隊長が気になるの?」
「まぁ、はい。(結婚しているのか)気になりますね」
「「はぁ~~~。やっぱり隊長かぁ~~」」
隊員達が落胆している中、ユリアとリュークの関係を知るアベルだけは「おい、なんかみんな勘違いしてないか」と笑っていた。
「あ、副隊長!!今の聞いていましたか?」
隊員が歩いてくるリュークに気づいて声をかけた。彼は動揺を隠すように下を向いていた。
「あ、あぁ、聞こえていた・・・」
そんなリュークを見てさすがに可哀想に思ったのか「みんな勝手に勘違いしてるだけだから気にするな」とアベルが小声で言ってきた。
「別に気にしてない」
「お前のその顔、めちゃくちゃ気にしてるように見えるけど・・」
「気にしてない。ところでそろそろ防護魔法を解除するがいいか?」
「おう。こっちもちょうど終わったところだ。おーい、みんなー、ここの防護魔法を解除するから空間移動するまで気をつけろー」
「「はい!!」」
「念のため、ユリア達はリュークの近くにいてくれ」
野営地全体を覆っている防護魔法を解除しないと空間移動の魔法が使えないらしい。この瞬間が弱点となるから敵がいるところではかなり警戒しなければならない。
ユリアが近くにいるのを確認してリュークが解除した。温度魔法も同時に解除したらしく、凍えるような冷たい風が吹きつけて身震いした瞬間、ドンっと地面が揺れる大きな音が響いた。
リュークがユリアの身体を低く庇いながら周辺を見渡す。
「あそこに誰かいるっ!!」
リュークが指をさして叫ぶのと同時に勢いよく燃え始め、瞬く間に野営地全体が火に囲まれた。
アベルと彼の班員がリュークの指をさした方へ瞬く間に姿を消した。
「くそっ!魔法か。火をつけられた!」
隊員達が魔法で大量の水をだして消火する中、リュークは地面にしゃがんだまま動かないユリアが心配になった。
「大丈夫か?」
ユリアはリュークの身体の下から、火の手が上がって燃え広がったのを見た途端、足がガクガク震えて始めた。喉がひゅっと締まり上手く息が吸えず、浅い呼吸を繰り返していた。
前の世界で火事で死んだことを思い出してパニックになっていた。
「落ち着いて!大丈夫だから。ゆっくり息を吸って」
リュークの言っていることが何も聞こえなかった。
息ができない。怖い。死にたくない。
だんだん手足も痺れてきた。恐怖のあまり涙も出てきた。
「すまないが君に魔法を使う」
そう言うとリュークはユリアの頬を両手で優しく包み顔を上げて、じっと目を見つめる。
ユリアの中で恐怖だった火事の死の間際の映像がいつの間にか、両親や実家の食堂やフェルリーレのみんな、美味しそうな料理、リュークの笑顔などユリアが幸せだと感じているものに変わっていた。幸せだと思うほど身体の中心からぽかぽかと温かくなって心地よかった。
こんな魔法があるなんて知らなかった。
温かくて気持ちいい魔法だった。
呼吸が落ち着いてくるとリュークが不安げにこちらを見ているのがわかった。
さっきまで笑っていたと思ったのに、どうしてそんな顔をしているのだろう。
ユリアはリュークに触れて安心させてあげたかった。手を伸ばしてリュークの頬を撫でると少し驚いた顔をしていた。
同時に急に視界が霞んで意識が遠のき始めた。
もっと触れてもっといろんな表情を見たいのに・・・。
ユリアは深い闇の中に落ちるように意識を失った。
リュークは意識を無くしたユリアの傍で座り込み、精神操作魔法を使ったことを過呼吸やパニック状態から助けたかったとはいえ後悔していた。彼女にだけはこれを使いたくなかった。
この魔法を使える人はリュークのほかに聞いたことがなかった。
人を操り、生かすことも殺すこともできる恐ろしい魔法で、とても危険だからこそ、これが使えることを家族とアベル以外の誰にも言っていなかった。
「火をつけたやつを捕まえた。隣国の賊だ。こっちは鎮火したな。・・・なんかあったのか?」
やってきたアベルにあったことを手短に説明した。少し考えた後「そうか。でもユリアなら受け入れてくれると思うぞ」とだけ言い、あとは俺がやるからと空間移動魔法を使って手早くみんなを移動させた。
それからユリアは丸1日ぐっすり眠り続けて、2日目にやっと目覚めた。
目が覚めたユリアは柔らかい上質なシーツにふかふかのベッドの上にいて、ここがどこか分からず焦った。
「確か野営地にいたはずだったけど。街に戻ってきたのかな」
コンコンと控えめにドアを叩く音がしてリュークが部屋に入ってきた。
「目が覚めたか。よかった」
「あ、あの、ここは・・?」
「私の家だ。すまない。意識のない君が心配で連れてきてしまった。ゲルト氏には君がここにいることを伝えてある」
「わざわざありがとうございます。火事はどうなりました?」
「鎮火したよ。火を放った賊も捕まった」
「よかった・・・。あのとき前の世界で火事で死んだことを思い出して怖くて・・・。でも急に怖くなくなったんです。それに温かかった・・。」
リュークが「実はそのことで伝えたい事がある」と改まった様子でベッド横のイスに座る。
「すまない。勝手に精神操作魔法をかけた。パニックで過呼吸になっている君を助けたくて。恐怖から、君の好きなものに変えるように考えを操作した」
「そうでしたか。あの、助けていただいてありがとうございました」
淡々と受け入れて礼を言うユリアに少し面食らう。
「怖くはないのか?この魔法は褒められるものでも、喜ばれるものでもない。人を操る魔法なのだから」
「え、怖くないですよ。リューク様がむやみやたらに人を操って何かするとは思えないので。ただ、すごい魔法だと思いますよ」
「・・そうか。そういわれるとは思わなかった。家族で父と私だけがなぜかこの魔法を使えたんだ。父から絶対に人前で使うなと言われていたんだが背いてしまったな。このことを知っているのは家族とアベルだけだ。すまないが、内密にしてくれないか」
「はい、誰にも言いません」
リュークはほっとしたのと同時にずっと心にあったわだかまりがすっと軽くなった。
「あの、その魔法は何でも操ることができるんですか?」
「ああそうだな」
ユリアは少し考えた。あの魔法を受けたときに身体がぽかぽかと温かくなったのが妙に心地よかったのだ。それに意識を失う前に触れたときにみせたリュークのあの驚いた顔もまた見たい。
「例えば私に、触れろと命じたらどうなりますか?」
「き、君のそれはわざとか?」
「え?本気ですが・・・」
はぁとため息をついて下を向いていた。顔も耳も真っ赤だった。
リュークはユリアが自分に触れてくるのを想像しただけで身体が熱くなった。
「絶対だめだ。耐えられそうにない。いろいろと」
「そうですか・・。残念です」
「ざ、残念だと・・?」
そういえば精神操作魔法を受けたときに美味しそうな料理と共にリューク様も出てきたというとリュークはもっと顔を赤くした。
「君の好きなものに変えた」と言ったはずなのに。これは無自覚過ぎる。
「私を殺す気だ」とぼぞっと言っていたがユリアには聞こえていなかった。
「君はアベルのことが好きなんじゃないのか」
「アベル様ですか?どうしてまた?良い方ですが、恋愛的なものはないです」
「そ、そうか。そうか・・」
そう言って、なぜか何度も嬉しそうに頷いていた。
ユリアは美味しそうな料理のことを思い出して、丸1日寝ていて何も食べていなかったことに気づいた。
「リューク様すみませんがキッチンをお借りしてもいいでしょうか。空腹で・・。よろしければ、一緒に食べませんか?」
リュークの家のキッチンは広くて、鍋も調味料も高価なものが何でも揃っていて驚いた。さすが貴族のお家だ。
いきなり重たいものは胃がびっくりしてしまうので、ポトフを作ることにした。
部屋で待っていてくださいと言っても「手伝う」と言ってきかなかったので、リュークも一緒にポトフを作ることになった。なんと料理するのは初めてらしい。
リュークは魔法を使わず調理をしたが、初めてとは思えないほど手際もよく、包丁の使い方も上手だった。「センスがあります」と言うと笑って「料理人になろうかな」と言っていた。
二人が調理やおしゃべりに夢中で気づいていなかったが、使用人たちはキッチンのドアの隙間から、リュークが初めて連れてきた綺麗な女性を微笑ましく見ていた。
その後、ユリアから「たくさんポトフを作ったのでみなさんもよろしければ食べてください」と言われて使用人たちが楽しみながら食べたところ、体調やケガが驚くほど回復したのだった。
楽しく食事をとったあとユリアの家へ向かう馬車の中でリュークが「ありがとう」と言った。
「料理は初めてだったがなかなか楽しかった。よかったらまた教えてくれないか?君が来たら使用人たちも喜ぶと思う」
帰り際にポトフを食べた使用人たちに深々と頭を下げられたのだった。
ユリアにとっても楽しい時間だった。前線であったことを喋りながら一緒に作って食べる。料理をするのは毎日していることだが、今日は一段と楽しかったのだ。
「はい。リューク様と一緒だと楽しいです」
気づいたら自然と言葉が出ていた。だた、楽しかったということをちゃんと知ってほしかった。
「私もだよ」
優しく笑うリュークを見ると胸がギュッとなった。
ユリアはこんな時間がずっと続いてほしいと願ってしまった。
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