4

「ユリアッ、4番テーブルのスープお願い!」

「同じく10番テーブルの魚もお願いします!」

「はいっ!!」

「11番の前菜きますか?」「「いま出します」」

「6番テーブルの揚げ物、2分後ですっ!」「「はいっ」」

 飲食店のランチタイムとディナータイムはどの世界でも戦場のような忙しさだ。ひっきりなしにオーダーが入ってくるので手を動かしながら声をかけあう。チームワークが大切になってくるのだ。それがうまく機能しないと出来上がりが遅くなりオーダーが溜まっていくことになる。

 あれからユリアは朝は仕込み全般、ランチとディナータイムは状況に応じてキッチン内をサポートしてまわるようになった。そうすることによって、提供する料理は一通りユリアの魔力が込められることになる。そして今フェルリーレは「食べると怪我が治る食堂」「元気になる食堂」などと言われて以前よりも忙しくなっている。

 同じくユリアの知名度も上がっていた。

「やぁユリアちゃん。今日も美味しかったよ」

「脚の悪いじいさんを連れていったらすっかり良くなって今じゃ畑に出れるようになったよ。ありがとう。これもっていって」

「サツマイモだ!!ありがとうございます!」

「あら、ユリアちゃん!ねぇみて?肌も綺麗になったの。旦那にも綺麗になったって言われてねぇ。ふふっ。これ良かったら!」

袋いっぱいに出来立てのパンが入っていた。さすがパン屋さん。

「わぁ!ありがとうございます!!」

「ユリアー、また森に行くのかい?賊が出たらしいから気を付けなよー!」

「はいっ!気を付けますね」

今では街を歩けばこうしてたくさんの人から声をかけられるようになった。

 そして最近のユリアの楽しみは森に行くことだった。

さっき街の人が言っていたように森には隣国から流れてきた賊がいるらしい。だが奥まで行かなければ大丈夫だと聞いていた。

この森には野生のハーブ、栗、マッシュルーム、野いちごにブルーベリーなど豊富にあって、それを使った料理をするのがユリアの休日の楽しみだった。

奥に行かないように気を付けながら歩いていると、切り開いたところに一面真っ白のカモミールが咲いていた。

「わぁきれい。いい匂い」

お茶用と部屋に飾る用に少し採ったあと、さっきもらったパンを食べようとカモミール畑に座って休憩をした。

「ん〜おいしいっ。今度パン担当にレシピを聞いて作ってみようかな。野いちごを入れたら美味しそうだな」

などとぶつぶつ言っていると、誰かが歩いてくる足音がした。街の人はあまり森に立ち入らない。今までここで誰とも会ったことがなかったユリアは警戒した。

「おや~綺麗な姉ちゃんじゃないか」

「ほぉラッキー。えらい美人じゃねぇか」

「へへ、俺たちと遊ばない?」

「俺たち隣から来たもんで、このあたりのこと教えてくれねぇか?」

しまった。賊だ。しかもみんな腰に剣をさしている。

どうしよう。やっぱり今日は森に入るんじゃなかった。

走って逃げたが、あっという間に囲まれてしまった。ニヤニヤ笑いながら賊の一人がユリアを押し倒して服に手をかける。ユリアは恐怖から逃げようと必死にもがいた。

「い、いやだ!!!!やめて!!!」

「その顔も逆にそそるねぇ」

その時だった。ものすごい速さで何かが通った気がした。同時に「うっ」と男たちが呻いてバタバタ倒れ始めた。最後にユリアの上にまたがっていた男もバタリと倒れて動かなくなった。ユリアは何が起きたのか理解できず、倒れたまま動くことができなかった。すると音もなく誰かがユリアの顔を覗き込んできた。

「ケガはないか?」

「きゃっ!!!!」

「驚かせてすまない。あの、よければこれを使ってくれ」

男は少し赤くなった顔をそむけながら、羽織っていた上着を脱いでユリアにふわりとかけてきた。ショック状態のユリアはまだ気づいていなかったが、男たちに乱暴されたせいでユリアの着ていたブラウスは破れていたのだ。

「あ、ありがとうございます。あぁ怖かった・・・」

「立てるかい?もうすぐ私の部隊もくる」

「はい。あ、あの、この人たちは、し、死んだんですか?」

「いや、死んでない。急所を外したから。それに聞きたいこともあるから生きててもらわないと困る」 

 遠くで「副隊長ー!」と呼ぶ声が聞こえてきた。彼の部隊が来たらしい。

彼らが到着してから男は少し話をしたあとすぐユリアの元に戻ってきた。

「一緒に森を出よう」

ユリアは男に出された手を少しためらいながら取り、近くの木に繋がれていた彼の馬に乗せてもらった。

「すまないが少し触れてもいいか?君を落としたくない」

「あ、はい」

馬に慣れていないユリアが落ちないように男は片方の手でユリアの体を支えて、もう片方は手綱を握った。

「あの、助けていただいて本当にありがとうございました。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「リュークだ。リューク・バシュラール。魔法騎士団副隊長だ」

「ま、魔法騎士団。貴族の方でしたか。失礼いたしました。私はユリアといいます」

「そんなにかしこまらなくていい。街まで送ろう」

「ありがとうございます」

 身分の高そうな人だとは思っていたが、まさか魔法騎士団の人だったとは。しかもお貴族様だ。この世界では平民、貴族としっかり身分が区別されている。ゲルトやカミラが言うにはこの国は他の国より身分差別がなく暮らしやすいそうだ。それでも言葉遣いや態度など気を付けた方が良いと言われていた。

かしこまらなくていいなんて言う貴族がいるとは思わず驚いてしまった。

 ユリアは馬に揺られながら少し顔を上げて彼の顔をチラリと見てみる。

 リュークは余裕のある優雅な雰囲気を纏っているが、賊を倒した時の彼からは少し冷徹さも感じた。魔法騎士団副隊長だから魔法も剣も腕の立つ人なんだろう。

短く刈り上げたブロンドの髪に、がっしりとした体つきに似合う精悍な顔立ちで、吸い込まれそうなぐらいきれいなハシバミ色の瞳だった。

さっきはパニック状態で気づかなかったが、改めて見るとものすごくかっこいい人だと思った。

残念ながらユリアは料理一筋すぎて生まれてこのかた、一度も付き合った経験がなかった。告白されたことはあったがユリアから好きになったことはなかった。そんなユリアでもリュークはこれまで出会ったことのないぐらい美しい人だと思った。

「どうして森に入っていたんだ?」

「えっと、料理が好きで色んな食材を探していました」

「そうか。だが森に入るのは控えた方がいい。特に今は物騒だ」

「・・・・はい」

 わかっている。危ないのは十分わかっているが森散策はユリアの楽しみだった。

 歯切れの悪い返事をしたせいかリュークは少し笑いながらユリアを覗き込んだ。

「本当にわかっているのか?」

「わ、わかっています!もう入りません。多分・・・」

「ははっ、頑固な人だな」

「あのリューク様ここで結構です。家はすぐそこなので」

あっという間に街に帰ってきていた。馬から降りて羽織っていたリュークの上着を脱いでお礼を言って返すと「気にしなくていい」と彼は少し顔を赤くしていた。

「私はそこの大衆食堂フェルリーレで働いています。助けていただいたお礼もしたいのでぜひ今度いらしてください。あと、よろしければこれを。今日摘んだカモミールです。良い匂いですよ。本当にありがとうございました」

 カモミールの束を渡しリュークに深々とお辞儀をしてフェルリーレまで走った。

 リュークは女性から花を貰ったことに少し驚いたが、近づいて嗅いでみると確かに良い匂いだった。

さっきの女性はこの花みたいに綺麗な人だった。だが森に入るなというと納得のいかない表情をして、渋々頷いていたのを思い出して笑みがこぼれた。面白い。リュークの周りにはいない、なかなか強情な女性だった。

 彼女が家に入るのを見届けて、森の近くへ引き返していると前から騎士団の制服を着たガタイの良い男性が馬に乗ってやってきた。幼馴染であり騎士団隊長のアベルだ。

「おっ、やっと見つけた。なんだ、なんか良いことでもあったのか?」

「お前は目ざといな。賊はどうなった?」

「今牢屋に入れてきたところだ。なぁ花なんか持ってどうしたんだ?」

「・・・これは、もらったんだ」

「へぇ~・・・」

「おい、そんな目で見るな。別に深い意味はない。やめてくれ」

「はいはい、失礼しました。殿下」

「その呼び方も外ではするなといっただろう」

 実はリュークはこの国の国王の息子であり継承位第一位の皇太子でもあった。

騎士団の人間のほとんどが貴族出身のためリュークの身分を知っている。

しかしリュークは今は国を守る騎士だから普通に接してくれと言い、彼自身もみんなに気軽に接していた。特にアベルとは幼いころから一緒にいたせいか自然と兄弟のような態度になる。その二人のやりとりを見て、他の者たちは気兼ねなくリュークに冗談を言うようになった。それでも一応は騎士団副隊長の名の通り、魔法と剣の腕は騎士団内でもアベルとトップであった。


「ユリア、リューク様という方が来られているわ。もしかしてあの方が?」

 ゲルトとカミラには森での出来事を話してものすごく心配させてしまった。

そして騎士団副隊長のリュークという方に助けてもらった。もしかしたらいつか食事にくるかもしれないと伝えていた。

 あれから数日後、本当にリュークとアベルが食事をしに来たのだった。

「はい、森で助けていただいた方です」

「それならお礼を言わなきゃ」

「僕も言いに行くよ」

 ゲルトとカミラとユリアの三人でリューク達のテーブルへ行き、再びお礼を言った。

「ちょうど賊がいると通報があって見回っていたときだったのだ。運がよかった。それよりこの料理について聞きたい。すごい量の治癒魔力が込められていて食べた瞬間から体が癒えていくのがわかる。それに美味しい。一体どなたが作ったか教えてもらえないだろうか?」

「私です、リューク様」

「君が?治癒魔法が使えるとは珍しい」

「ええ、これしかできませんが」

「すごい才能だ。騎士団の隊員達はケガしている者が多いからみんなに伝えるとしよう。みんなこぞってくると思う」

 アベルも笑いながら「あいつらはよく食べるからな」と言っていた。

「ところであれから森へは行っていないな?」

 リュークが少し探るような目をユリアに向けた。

「・・・行っておりません。行きたいですが」

「これっユリア!」

小声でカミラに𠮟責された。

「ははっ、そうか。実は私も仕事上、森を見回らなきゃいけないのだがよかったら一緒にくるか?護衛がいるなら安心だろう」

「い、いいんですか!?お願いしますっ!」

パーっとユリアの表情が明るくなる。お礼をいうとリュークは少し照れた顔をしていた。

 ゲルトとカミラも「騎士団副隊長直々の護衛なら」と安心してくれた。

「お休みの日がわかったら連絡します」と言って3人がテーブルを去ったあとアベルがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

「なにも言うな」

「なにも言っていない」

「随分と綺麗な人だな。頑張れよ」

「別にそんなんじゃない・・」

「それにしてもこの治癒魔法はすごいな」

「あぁ私も驚いた。一応父上にも報告をしとくか」

この日を境にリュークとアベルが頻繁にフェルリーレに来るようになった。

 そして二人が騎士団の隊員たちにも伝えたらしく、彼らもよく来るようになった。体力仕事で生傷の絶えない彼らにとってユリアが作る料理は唯一無二の妙薬だった。

 中には美人なユリアを見るためにフェルリーレに通う隊員もいた。

何人かはユリアに遊びに行かないかと誘ったらしいが、「その日は鶏をもらいにいって一日かけてダシをとるから忙しい」と断られ、別の日には「ゲルトさんに付いて市場に行くから」と笑顔で断られ(ゲルトが隊員に申し訳なさそうな顔をしていた)、あるときは「農家で野菜の収穫を手伝う代わりに苗を貰う日だから」と断られたらしい。とにかくみんな玉砕だった。アベルはこのやり取りを見るたびに「食べ物に負けた騎士隊員」と腹を抱えて笑っていた。

「よかったな、お前だけは食べ物に負けてないぞ」

と笑いすぎて目に涙を浮かべているアベルがリュークの方を見た。

 あれからユリアの休みの日には一緒に森に行くようになった。

 先週、松茸を見つけた彼女はそれはもう大興奮だったが今日食事をしに来た時、まかないでみんなに振舞ったらもうなくなってしまったとしょげていた。次の休みを聞いたら明日と言ったので「それなら明日採りに行こう」と言うと輝くような笑顔になりすっかり元気になっていた。リュークはコロコロと変わる彼女の表情にすっかり惹きつけられていた。

 リュークはフッと表情を緩めた。

「どうかな。松茸に勝てる気しないな」

「え、松茸?」

「こっちの話だ」

楽しそうなリュークの表情をみてアベルは幼馴染兼親友として嬉しくなった。


 

 ユリアとリュークは松茸を採りに森に入っていた。リュークが念のためと毎回、防護魔法をかけてくれる為、安心して森に入れた。鬱蒼と茂っている森の中、枯葉の上を馬の蹄がリズミカルに踏んでいく。ユリアは少し湿った森の匂いを胸いっぱいに吸って吐き出すと幸せな気分になった。

「ユリア、馬に乗るのが上手くなったな」

「ふふ、一人で乗れるようになりました。これで貯めたお給料で馬を買って一人で森にはい」

「ダメだ」

「まだ最後まで言っていません」

「言わなくてもわかる。一人で入るのはダメだ」

「リューク様は少し過保護ではありませんか?」

「君が心配なだけだ」

 真剣な表情のリュークを見てユリアは「では一人では入りません」と言った。

 二人で松茸を採りながら、リュークはユリアに気になっていることを聞いた。

「君のその料理の知識はどこで学んだんだ?」

 リュークになら本当のことを言っても信じてもらえると思った。

 一度死んだこと、祖母に会ったこと、別の世界から来たこと、不思議な魔力を持っていたことをゆっくり時間をかけて説明した。

 話し終わるとリュークは何も言わずユリアを抱きしめた。そういったことに慣れていないユリアは固まってしまった。

「リュ、リューク様?」

「すまない。ただ抱きしめたくなった。全く知らない世界にきて今まで大変だったな。ユリアはこの世界でよくやっていると思う」

そう言うとリュークはユリアの頭を撫でた。ユリアの目から思わず涙が出てきた。

リュークに理解してもらい、よくやっていると認めてもらえたことが嬉しかったのだ。壊れたかのように涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。

 気持ちが落ち着いたころ、ユリアは日本にいた頃の話しを始めた。

きっとリュークには分からないことが多いかもしれないが、なんとなく話したくなったのだ。

「私の両親は二人とも料理人で実家は定食屋だったんです。父は洋食が得意で母は和食が得意で、二人とも中華も作れたんで何でも出す定食屋でした。お店が忙しくて、小学校に入るまでは祖母が両親の代わりでした。見よう見まねで料理を始めたのが6歳で、それから18歳になるまで毎日放課後は家の手伝いをしていました。すぐに家を継ぐつもりでしたが父からもっと広い世界で料理を学んで来いと言われて、ホテルのレストランで修業して、時間があればまだ見ぬ現地の料理や食材を求めて世界中を旅しました。ふふ、楽しかったな。副料理長になったときは両親もとても喜んでくれて。よし、あと数年したら実家に戻って定食屋を継ごうと決めました。それから数年が経って、退職して実家に戻ると話したら父も母も喜んでくれました。一緒に頑張ろうって。でも帰れなかった。火事で死んだ翌月が退職予定だったんです。最後に両親には会えなかったけど祖母には会えてちゃんと次も頑張るって言えたんでよかったです」

 笑ってそういうとユリアは一息ついた。隣には穏やかな表情のルークがこちらを見ていた。

「さ、次はリューク様のことも教えてください」

  リュークは少し迷ったがまだ自分の身分については言いたくないと思ってしまった。言ったらきっとこの関係ではいられなくなる。

「そうだな、私には弟と妹がいる。15歳と11歳だ。年が離れているから余計可愛くてつい甘やかしてしまう。母は穏やかで優しいな。実は料理が上手で何回か作ってくれたことがあったな。父はそうだな・・・厳しい人だが聡明で何よりもこの国のことを考えている。知っていると思うが隣国はいま戦争中で、少なからずこの国にもその影響が出ている。父は解決しようと動いているのだがな。私はそんな父の助けになりたいと思っているが、お前にはまだ早い、勉強不足だと言われてしまったよ。

それでも私はいつか父のような人になりたいと思っているのだがな。今は魔法と剣の腕を磨くために鍛錬の日々だ」

そう言うと、「そろそろ日が暮れてきた。松茸も採ったし帰ろう」とリュークは手を出す。ユリアはその手を取って馬に跨った。

少し顔をあげてリュークを見上げて微笑む。

「リューク様、いつもありがとうございます」

リュークはいつものように少し照れた顔をしていた。

「大したことはしていない」

 少しずつ二人の間に信頼関係ができてきていた。

 そしてゆっくりと確実に二人の距離は縮まってきていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る