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ユリアがフェルリーレで働き始めてから数日が経った。フェルリーレはユリアが思っていた以上に忙しく繁盛しているお店だった。
ゲルトとカミラ以外にも従業員は数人いて、魔法でお皿を運んだりフロアとキッチンを行き来して、みんなせわしなく動いている。
ただユリアは魔法の出し方も魔法を持っているのかも分からないため、全て自分の手でやるしかなかった。みんなが魔法を使う中、ユリアは持てるだけのお皿を持ってテーブルまで運び、シンクに溜まった洗い物も手でせっせと洗っていた。
ユリアのことはゲルトとカミラの遠い親戚で大人になった今もうまく魔法が使いこなせないという設定でほかの従業員たちに紹介してもらった。そして今のところ誰も深くは聞いてこないためうまくやれている。実際、お店自体忙しくて世間話をする時間もなかった。
「ユリアー!ごめんだけどこれとこれ、みじん切りで切ってもらえる?」
ちょうどお皿を持ってキッチンに入ったところ、野菜担当の人から大声で呼ばれた。彼の足元のカゴには大量の玉ねぎと人参があった。
「はい!!すぐやります!」
「ありがとう!ユリアは魔法並みに早く切れるから助かるよー!」
そうなのだ。仕込み作業はユリアの得意とするところだった。
ホテルのレストランの修業時代、とにかく仕込みの量が多くて最初は苦労した。先輩にも遅いとたくさん怒られて、手を早く動かすようにすると今度は指を切った。これを繰り返していったら次第に手が慣れてきて物凄い速さで均等に野菜を切ったり魚を捌いたりできるようになったのだ。この努力のおかげで魔法を使わないのに魔法を使った速度で仕込みができるというユリアだけの特技を持っていた。
集中して一気に切っていると、ガシャーンと床に何かが落ちたような激しい音がキッチンに響いた。
「え、なに?」
ユリアは手を止めて音のした方を見ると、床にミートソースがぶちまけられていた。その傍らには今日のまかない担当が腕を抑えて座り込んでいた。
「す、すみません。ぶつかって落としてしまいました・・・。」
彼がミートソースの鍋を持って移動していたときに、仕込みをしていたスタッフが気づかず振り返りそのままぶつかってしまったのだった。よく見るとまかない担当はぶつかった拍子に熱々のミートソースが腕にかかったらしく顔を歪ませていた。
「早くこちらに!腕を出してください!」
ユリアは座り込んでいる彼の手をとって水場へ行き、冷水を服の上から腕にかける。
長袖のユニフォームのお陰で皮膚に直接かからずに済んだが、ちらっと見たときはかなり赤くなっていた。もっと冷やさないと火傷がひどくなってしまう。それに痛みも強くなり火傷の跡も残ってしまう。
「どなたか氷を出せますか?」
こういうときに自分の魔法が使えたら、と思うがどうしようもない。
周りで心配そうに見守ってる人たちに急いで氷を出してもらい彼の腕に当てる。
「火傷したって?大丈夫?」
事情を聞いたカミラがキッチンへ急いできて様子を確認した。
「このまま病院へ行きましょう。ゲルトは今食材の調達中で不在なの・・どなたか代わりにまかないを作ってくれるかしら?簡単なものでいいのだけど・・・」
正直みんなそれぞれの仕事で手一杯だ。そのために日替わりでまかない当番がある。
ユリアは少し考えた。ここでは新人だからみんなより仕事量は少なくて急げば何とかなりそうだ。
「私で良ければ作ります。仕込みももうすぐおわります」
「助かるわ、ユリア。よろしくね」
時間がないため自分の仕事を爆速でやりながら、頭の中では何を作るかを決めて手順を確認する。
玉ねぎは今切っている。ミートソース用のトマトがまだ残っていたな。マッシュルームとじゃがいもが大量にあるから使わせてもらおう。あとは魚かチキンがいるな・・・。
「すみません。まかない用に使ってもいい魚はありませんか?」
「おぉ、余分にあるから使っていいよ。今朝仕入れた新鮮なやつだから!」
よしっ!と心の中で拳を握りしめる。魚担当の人が渡してくれた魚はよく見るとタラだった。
この世界の食材は前の世界とほぼ同じなのかもしれない。もしそうなら食事に関してはホームシックになることはなさそうだ。
ユリアはさっそくもらったタラを捌く。中を開くとなんと白子まであるではないか!これは何で食べようかと考えていると自然と口元が緩んでいった。
タラの両面に軽く塩と胡椒をふって、フライパンにオリーブオイル、大量のニンニクを入れる。ニンニクの良い香りがしたらじゃがいも、マッシュルーム、玉ねぎの順に炒める。タラを入れて軽く両面に焼き色がついたら、小さく切ったトマトと白ワインとローリエとバジルを入れて煮込む。味見をして(トマトを煮込むと酸っぱくなりやすいから、その時は少し砂糖をいれる)タラのトマト煮の完成!
煮込んでいる間に、白子を綺麗に洗ってボウルに水と少しの塩を入れてその中で再び白子を洗う。そうすると不思議とぬめりが取れるのだ。そのあとは沸かしたお湯で白子をさっと茹でる。すぐに取り出して、水で洗ったあとに水気を取れば下準備は完了!なんと醤油もあってポン酢を作ることができた。白子ポン酢の完成だ。
「ユリア!めちゃくちゃ美味しいよ!!」
「この白いの初めて食べたけど濃厚でうまい!」
久しぶりの料理で少し緊張したが、みんな美味しいと言って顔を綻ばせるのを見て嬉しくなった。この瞬間が料理人冥利に尽きるなと感じた。
そうしているとちょうど病院からゲルトとカミラ達が帰ってきたところだった。ゲルトは病院で合流したらしい。火傷を負った彼の腕には白い包帯が巻かれていた。
「ケガの具合はどうですか?」
「全治一か月だと。安静にと言われたよ。まぁ利き手だしこのケガでは、今は何もできないね」
「そうですか・・・」
そう聞いてみんな黙り込んでしまった。この世界には保険なんてものはないだろうから、働けないと言うことはお給料がもらえないことになる。ケガをした彼の表情も暗かった。重く沈んだ空気を一蹴するような明るい声でカミラが声をかける。
「とりあえず食べましょう。少しでも早く復帰出来るように、今は栄養をしっかり取らなきゃね」
そうだ。少しでも早く良くなるようにと願いながら、お皿にたくさん盛ってユリアは彼に手渡した。
「・・・いただきます」
一口食べて、美味しいと言った小さい声が聞こえた。それからガツガツと食べ始めてユリアはホッとした。気が塞いでいるときこそ美味しいものを食べて元気をだして欲しかった。
そのときだった。食べていた彼が突然驚いた顔をしながら、食べていた手を止めた。
「あ、あれっ?腕が・・痛くない・・・ど、どうなってんだ?」
包帯を巻いた腕をもう片方の手でぺたぺた触りながら、首をかしげている。
「痛くないってことかい?」
「包帯を取ってみましょう」
ゲルトとカミラが彼の腕にある包帯とガーゼをゆっくり取って、恐る恐る傷口をみると、なんと火傷の跡がきれいさっぱりなくなっていた。まるで最初から火傷なんて負っていなかったかのようだ。
「どうなっているの・・・?」
全員が困惑していた。
「誰か治癒魔法を使ったの?」
「治癒魔法って使える人いるのか・・?」
治癒魔法は魔法の中でも特に扱うのが難しく、現代で使える者は王都にある病院の医師だけで王族や一部の貴族しか診てもらえないそうだ。
「こ、これを食べ始めたら腕がじんわり温かくなったんだ!そしたら火傷の痛みもなくなった!」
彼は痛くない、動かせるといって腕を振り回していた。
食事をしていた他のスタッフ達も「言われてみれば」とざわつき始めた。
「手首の腱鞘炎が痛くない・・!」
「こ、腰の痛みがなくなってる・・・」
「俺の古傷も綺麗になってる・・・」
料理人あるあるの職業病が治ってると言いだした。
「これを作ったのってユリアだよね・・・?」
全員の目がユリアに集まるが当の本人が一番困惑していた。
「作りましたけど・・・魔法なんてわからないです。ただ美味しく出来るように祈りながら作っただけですので・・」
「それがあなたの魔法よ!まぁ魔力があったのねっ!しかも治癒魔法だなんてすごいわ!!」
カミラが興奮しながらユリアの手を取った。ゲルトも嬉しそうに笑っている。
火傷を負っていた彼は、元に戻った腕をさすりながらユリアの方に向き直り深く頭を下げた。
「本当にありがとう。実はお給料を母に仕送りしていたんだ。俺の家は貧乏で、弟たちもまだ小さいからお金が必要なんだ。助かったよ、ありがとう」と目に涙を浮かべていた。
職業病が治った他のスタッフ達も口々に「ありがとう」とユリアにお礼をいう。
「そんな、私はただ食事を作っただけです。でも・・治って良かったです」
はにかみながらユリアもみんなを見渡す。料理と魔法でこんなに笑顔にできるんだと知った日であった。この世界も悪くないのかもしれない。
そしてこのユリアの魔法がこれからこの国を大きく巻き込んでいくことをまだ知る由もなかった。
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