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「おーい、お嬢ちゃん大丈夫かい?」

「こんなところで寝ていたら危ないよ」

突然誰かに肩を揺さぶられて長い眠りから目が覚めた。

目の前には赤毛の男性と金髪の女性が心配そうにこちらを見ていた。

「あっよかった、起きた。死んだのかと思ったよ」

えぇさっきまで死んでたんですと言い返そうかと思った。

だがそれよりも一体どこにいるのかを知りたくて周りをきょろきょろする。

 ちょうど夕暮れ時のようだ。

夕日に照らされる石畳の道路にレンガの建物に赤い屋根。その石畳の上を何台も荷馬車が通っていて、街の人も慣れた様子でその間を早足で横切っていく。日本にはない美しい景色でまるで中世のヨーロッパのような街並みだ。

「この子どうしようか」と目の前でつぶやいている二人を改めて見ると、女性の方は足まで隠れる長いスカートとガウンを着ており、男性は襟付きの白いシャツに少し緩めのズボンにブーツという出で立ちだ。

そして驚くことに女性の掌の上には光る球体が浮いていて周りを明るく照らしていた。

「魔法!?」

 私は全く違う世界に転生したようだ。

驚き過ぎて呆然としていると女性の方がこちらを不思議そうな目で見る。

「道路脇で寝ていると危ないわよ。あらあなた不思議な恰好ね。家はどこ?心配だから送るわ」

と私の手を引いて立ち上がらせた。

確かに日本のレストランのユニフォーム姿の優里亜はこの街には馴染んでいなかった。

「家はありません・・。」

二人が目を合わせるのを見た。だがこれ以上はなんて説明のしようもなかった。

これからどうしようと考え始めたとき「ぐぅぅう」と優里亜のお腹が盛大に鳴った。バッとお腹に手を当てたが手遅れだった。二人がもう一度目を合わせてうなずいた後、赤毛の男性が穏やかに口を開いた。

「よかったらうちに食べに来ないかい?うちはすぐそこで食堂をやっているんだ。だから怪しいもんじゃないよ」

食堂と聞いて優里亜は顔をあげた。今はお金を持ち合わせていないが掃除や雑用なら下積み時代に常にやってきたから何かお礼ができるはず。とにかくお腹がすいていた。

「ありがとうございます。お礼は何でもします!」

「気にしないでいいよ。私たちもこれから夜ご飯だからちょうどよかった。お嬢さん名前はなんていうんだい?」

「優里亜です」

「ユリアか。私はゲルトだ。こっちは嫁のカミラだ」

「よろしくお願いします」

もうすぐよとカミラに手を引かれながら歩いていると、一際大きく豪華なレンガの建物が見えてきた。ぶら下がっている看板には「フェルリーレ」と書いてある。

「あれよ。ふふっ、大層な建物だけどやっているのは大衆食堂よ」

建物に圧倒されているユリアをみてカミラが笑いながら教えてくれた。

「身分関係なく色んな方が来るわ。今日は定休日なの。さぁ入って」

ドアを開けてもらい中に入ると華やかな空間に言葉を失った。

中心には宙に浮いた豪華なシャンデリアがあり、その周りにはたくさんの蝋燭がまばゆく揺れていた。壁に飾ってある絵画品の数々は見るからに豪勢だが派手過ぎない。赤いテーブルクロスを敷いたシンプルなテーブルとイスともバランスが取れた内装だった。

 これが大衆食堂なの?もっと荒れた感じを想像していたんだけど。

「さぁ、ここに座って。もう下準備はしているからすぐに食べれるわ」

キッチンからはカチャカチャと食器を動かす音や、何かを切っている包丁の音がしていた。体感的には昨日死んで転生したはずだが、何だかひどく懐かしい音に感じた。

 少ししたらゲルトが両手に大きな皿を持って、いい匂いをさせながらやってきた。ゲルトの後ろには宙に浮いた皿が列をなしている。便利なものだ。

「お待たせ。遠慮せず、たくさん食べてね」

「ありがとうございます。いただきます」

手前に置かれている深皿にはかぼちゃのスープ、右の皿にはクリームソースのかかった魚のムニエル、左はグリル野菜だ。よく見るとナス、トマト、じゃがいも、ズッキーニと日本でも慣れた野菜たちだった。

「お、おいしい!!」

嬉しいことに味付けも日本で食べ慣れていたものに近い。

よく食べるユリアを見て二人も微笑んでいた。

二人は食後に温かいお茶も淹れてくれた。カミラに「レモンバーベナのお茶よ」と手渡されたカップからは確かに爽やかなレモンの良い香りがした。懐かしくてホッとする味だった。

「さて、ユリアよ。何か事情があるように見えるのだが、よかったら君のことを教えてくれないかい?もしかしたら力になれるかもしれない」

  少し考えた末に、全て話すことに決めた。

道路に倒れていた見ず知らずの人にこんなにおいしいご飯も与えてくれた。直感でこの人たちなら話しても信じてもらえるのではないかと思ったのだ。

「何から話していいのか・・。これから話すことは嘘ではありません。どうか信じてください」

ゆっくりと身に起きたことを話し始めた。転生したと言った時にはさすがに驚いた顔をしていたが、最後には「話してくれてありがとう」と言ってくれた。

いただいたお茶はとうに冷めきってしまっていた。

「私はあなたの話を信じるわ。だってあなたは私の魔法を見たときに心底驚いた顔をしていたもの。まるで今まで魔法を見たことがなかったかのような反応だったわ。あなたのいた世界ではなかったのでしょう?」

カミラはそう言いながら掌の上に明るい光の球体を出した。

「はい。私のいた世界には魔法はありませんでした。空想上のものでしたね」

 そしてカミラとゲルトはこの国のことをユリアに話してくれた。


 この国は王室と貴族のいる中立国で資源や作物の豊かな国であること。だが隣国は他国と戦争中であって国境付近には近づかない方がいいと言っていた。

この国のみんなが魔力を持って生まれてくること。特に魔力の高い人たちは上級魔法使いと呼ばれていて、貴族や王族に多いが稀に平民にもいるらしい。そして国を守る魔法騎士団があり彼らの多くが上級魔法使いで剣の使い手ということだ。

なんだかとんでもない世界に転生してしまった気がするが、この世界で後悔なく最後まで生き抜くしかない。それが祖母との約束だ。

 そうと思えばやることはひとつだ。

「ゲルトさん、カミラさん。掃除や雑用などなんでもします。私をここで働かせてもらえないでしょうか?」

深々と頭を下げたユリアに二人は顔を上げてと言う。

「私たちもそのつもりだったの。キッチンの経験もあるみたいだし、あなたが手伝ってくれたら助かるわ。あっ、ちゃんとお給金も出すからね。部屋もちょうど空いているからそこを使ってもらって構わないわ」

まさか部屋まで使わせてもらえるとは。これで住むところと仕事は一安心だ。

するとゲルトがふと気になったのか、こちらをじっと見ながら

「ところでユリアは魔力を持っているのかね・・・?」

「・・・・・・さぁ・・・。あるんですかね・・?」

「あらやだわ、ないってことはないでしょう・・・?」

全員首をかしげながらお互いの顔を見合う。

この世界ではみな魔力を持っているということだったので、ユリアも少なからずあるとは思うのだが・・・。

 転生初日は明日からの仕事について話しをしてお開きとなった。


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