第2話
翌日学校が終わると、アカリはすぐにペンギン王国に向かった。
自転車を駐めてゲートを潜ると「やあ」と足元で声がする。
「よく来たね、アカリ」
そこには、ぱたぱたとフリッパーを振ってアカリを歓迎するジェンツーペンギンの姿があった。
「ロイ」アカリも手を振って応じる。「もしかして、待っててくれたの?」
「そろそろ来る頃だと思ったからね。お出迎えだよ」
「ふふ、ありがと」
「アカリ。今日は、僕のおすすめの場所に案内するよ」
「やったね」
ロイが連れて来てくれたのは、大勢のペンギンたちがうごめく海岸だった。
「うわ、すごいね」手頃な岩に腰を下ろしながら、アカリは言った。
こんなに大量の、しかも色んな種類のペンギンが一緒にいるのを、アカリは初めて見た。
「いい所だろ? ここにはオオトウゾクカモメもオタリアもいないけど、オキアミはたくさんいる。僕たちにとっての理想郷さ」
「へえ」そして、たくさんペンギンが集まる場所は、アカリにとっての理想郷だ。
キガシラペンギンやガラパゴスペンギンなど、アカリには一生お目にかかることはできないだろうと思っていた種類のペンギンが、ここには当たり前のようにいた。
多種多様のペンギンたちが波と戯れる姿をうっとりと眺めていると、不意にロイが「アカリ」と言った。
「あのさ、アカリ」ロイはそれまでの様子とは打って変わって、言いづらそうに、慎重に言葉を選ぶ。「もしかしてだけど、今日、学校で何かあったかい?」
「へ?」
油断していたところに突然投げかけられた問いに心を硬くする隙はなく、呆気なくもぽろぽろと涙が零れ落ちてしまう。アカリは慌てて、袖で顔を拭った。
「やっぱり、辛いことがあったんだね?」
「なんで?」震える声を、必死で絞り出す「なんで分かったの?」
「顔を見れば分かるよ。ここに来た時君は笑っていたけど、悲しみを押し隠したような、怒りが滲んでいるような、でも全てを諦めたような、そういう張りぼての笑顔だった。君が頑張って笑っているから訊かない方がいいのかとも思ったけど、やっぱり心配だから訊かずにいられなかった。ごめんね」
何故か謝るロイに、アカリはぶんぶんと首を振った。
「そっか。ロイは心配してくれるんだね」
彼になら、話してもいい気がする。話せるかもしれない。聞いてもらいたい。
勇気を振り絞って、アカリは息を吸い込んだ。
「私ね、学校でいじめられてるの。今日も、ランドセルに悪戯されて」
今朝登校したら、昨日教室に置いて帰ってしまったランドセルが、無惨な姿で発見された。刃物で傷をつけられ、油性ペンで汚い言葉を書き殴られた挙句、ゴミ捨て場に投げ込まれていたのだ。
それを知った担任は、あろうことかアカリに向かって「物は大切にしなさい」と怒鳴り散らした。
そもそも、全ての元凶はこの担任にあった。
授業中、アカリが解けていないことを知った上で問題への解答を強い、間違った答えを言わせて笑い者にされた。アカリが何か失敗をする度に悪い見本として晒し上げられた。クラスで揉めごとが起これば全ての犯人をアカリにされた。担任から執拗な嫌がらせを受けたことで、クラスメイトはアカリを攻撃していい対象として認識してしまった。
一度だけ、母にこのことを話したことがある。
大事にしたくなくて、自分が傷ついていることを認めたくなくて、おちゃらけて話してしまったのが悪かったのかもしれない。だが、それにしても母の反応は冷たいものだった。
「そんなのいちいち相手にするから調子に乗るのよ。放っておきなさい」
料理の片手間に、アカリの方をちらりとも見ず、たったそれだけだ。
それなのにロイは。昨日出会ったばかりのロイが、心配してくれている。
どんなに酷い言葉を投げかけられるよりも、優しくされた方がずっと悲しくなってしまうのは、何故なんだろう。
膝を抱えて泣きじゃくるアカリに、ロイはただただ、静かに寄り添ってくれていた。
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