第5話 伝言を受けるふたり

首から上を失ってもなお、ふらふらと体は揺れながら立っている。


助けを求めるように両手を力無く差し出して。


すでに毒と変わった血の噴水を浴びながらルガはその手の匂いを嗅ぐように、二足立ちから四足の姿勢となって頭を下げた。

「ルガ!」

『うるさいなぁ……へいきだよ、こんなやつ』

獣化しているせいか表情は変わらないが、メイが感じ取るルガの声はへらりと気の抜けたものだ。

どこからそんな自信がと思うが、実際のところルガが戦闘で負けたなどということは、師匠との訓練や模擬戦以外で見たことがない。

その時に言われたのは「互いの絆が弱いせいだ」だったが、それならメイ自身がいつまで経っても強くなれないのは、師匠との絆が弱いせいなのだろうか。


幼い頃は魔法を覚えるよりも先に体力をつけるべきだと言われ、幼児期を抜けると魔法を覚えるために知識が必要だと言われ、十歳を迎えた後からは魔法を理解するために常識を覚えなければならないと言われた。

すべてその通り、全力で遊び、食べ、眠り、勉強し、師匠が「これも経験」と言って見せてくれた夢の中で『小学生』『中学生』『高校生』という時間を過ごしたのである。

むろん夢だからメイにとっては幻のようなものだが、何故かその時『クラスメイト』という子供達と一緒に勉強したことは記憶に残っており、現実に戻って師匠にその夢の中で学んだことをテストされもした。

あの頃はどちらが夢で、どちらが現実か混乱することもあったが、それも年齢が上がるうちに区別がつくようになり、師匠に「夢の中で仲良くなった友達と会いたい」と泣いてねだることも無くなった──まったく未練がないわけでもないし、ひょっとしたらいつかは会えるかもしれないという微かな期待を抱いているのだが。

そうして師匠からいつかきっと魔法を習う日を夢見ていたメイだったが、「明日から君はひとりで旅をすることになった」といきなり夕飯を食べている時に宣言され、ルガと共に森の外の世界に放り出されたのである。


「……まあ、確かにあの夢の中で学んだことで、ある程度困らずにはいるけどね」

あっという間に首を飛ばした男を引き倒して瘴気をたっぷりと吸い込み毒袋と化しているはずの胴体を噛み千切り、そのまま夢中になって腹を満たすルガを見ながらメイはため息をついた。




初めはあまりにも夢との違いがなさすぎて寝ているのだと思ったが、それまで一度も夢には出てこなかったルガがそばにいて、混乱するメイに説明してくれたのである。

『ゆるがね』

「ゆうたんが?」

『しろいたまをさがしなさいって』

「……どんな?」

『しらなーい』

本能の赴くまま飛び出してきた魔物を食い尽くしたルガが、その頃はまだ中型犬ぐらいだったためにそれほど大きくはない舌でベロリと口の周りを舐めつつ答えたが、メイが欲する的確かつ詳細な情報は得られなかった。

これが単に獣化ゆえの記憶退行なのか、本当に何も聞かされていないからわからないのか、メイには判断がつかない。

できれば家に戻って師匠に問い質したいところだが、放り出された場所に見覚えはなく、当てもなく歩き回る羽目になったのがその最初の『旅』だった。

しかも勝手な来訪を極端に嫌う性格のせいであの家のある森ごと結界が張られ、ユルヴェストルの気分でしか道は開かれないというのを知ったのは、夢の中で遊んだ『公園』の中の『砂場』と似たようなサラサラが限りなく広がり、ついでに恐ろしいくらいのしょっぱい水が動いているのに襲ってこない場所──いわゆる『海辺』で割れた海亀の卵の中で白く輝く『たま』を見つけた後である。

大人のくせにあまりの子供っぽい仕掛けにガッカリしたことは、絶対に忘れない。


そんな戻り方を知らないメイとルガがどうやって戻れたかというと、目的の『しろいたま』を見つけたのためである。

少女と犬が並んで歩くのをただの散歩と思ったのか、特に咎められることもなく歩き回ったメイは現在地が一体どこなのかという知識すらなかったのに、本当にソレを見つけることができた。

どうしてソレとわかったのかはあの時も今も説明できないが、確かに師匠が「探すように」とルガに言伝てした物である。

何故嬉しいのかわからないがメイがその『しろいたま』というのをジッと凝視したまま両手で大事そうに抱えている周りを、ルガはまるで自分が見つけたかのようにがはしゃいでグルグルと走り回った。

そうするうちにテンションメーターが振り切れたのか、ルガは突然走り出し、慌てたメイは全身についた砂をはたき落とす間もなく追いかける羽目になったのである。


やっとのことで追いつき歩いていうちにいつの間にか森に迷い込んでしまい──辿り着いた見慣れた一軒家から出てきた師匠は呆れた表情と声音でこう言った。

「駄目じゃないか、ちゃんと目的を果たしてから戻らないと……」

てっきり「よくやった!」といつにない喜びと、心配していたのだと言われると思っていたメイはポカンとしたが、ルガはどうでもいいとばかりに大欠伸をしてから激しく体と頭を振って纏わりつく砂を撒き散らした。


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