第4話 放り出されたふたり
今日の朝ご飯は何かな?
焼きたてのパン?
白いご飯?
目玉焼きなんて、ずいぶん食べていない。
そう言えば『魚』も食べたい。
焼いてあるのがいい。
揚げてあってもいい。
酸っぱいのは嫌だな。
お味噌汁があったら『和食』っていう食事かな。
『こーひー』は甘くしてほしい。
お茶ならそのままでもいいのに……
ゆうたん…………
「むにゃ……お腹空いたぁ…………」
「だろうな」
呆れたような声が頭上から降ってきて、メイはまだ閉じていたいと思う瞼をゆっくりと上げたが、視界がぼやけて何も分からない。
確か師匠のいらない気遣いで『メイ自身が発現させていると思っていた魔法が、実は単に師匠が浴室に仕掛けた魔法』だったことを思い出し、やけになってシャボン玉を大発生させて浴室中を泡だらけにしてしまったのは覚えているが、どうやって洗い流して服を着てベッドに入ったのかまったく記憶になかった。
それにあの家の中でこんなに草と土の匂いなんてしただろうか──少なくとも、メイの部屋は浴室だけで発生させられる『あわあわのまほう』とは違う花の香りだったはずだ。
ちなみに師匠の部屋はまったく無臭で、ルガはどこでも好きな所で寝てもいいがいつも日向にいるような温かい匂いだった。
それなのに。
「何で森の中なの────っ?!」
「森じゃない。何か……公園?とかいうところ?木がたくさんあるけど隠れられるわけじゃないし、土と草と……あと、何か変な奴」
「え?」
どうやらルガの膝を枕にぐっすり眠っていたらしいメイは地面に敷かれた薄いベットマットから体を起こしつつ手の甲で目を擦りながら、マントのようにクリーム色の毛布を巻きつけたルガが手に持った木の枝で差した方に視線を向ける。
そこにはユラユラと不安定に身体を揺らしながら歩いてくる人影──人か?
「何よ?アレ……」
「ん~?たぶん安全地帯から抜け出して、盗品漁りでもしていたんだろうな」
「はぁ~……馬鹿ねぇ。死体があるところなんて魔素が発生して瘴気溜まりになってる可能性が高いのに……」
「たぶんそれで酔っ払って、判断力なくしちまったんじゃねーの?そのまんま自分も偽魔物化?とかいうのになったとか?」
「何で全部疑問形よ……」
メイがじとっとルガを睨みつけるが、ルガにしてみれば自分の膝から上目遣いで不安そうな目つきをしているようにしか見えず、思わずヨシヨシと頭を撫でた。
きっとこんな気持ちをニンゲンは『庇護欲』と言うのだろうが、メイはそんな気遣いを台無しにするような軽さでペシッとルガの手を払いのける。
「まぁいいわ。お師匠がいないならいないで……」
そう言いながらメイは行儀悪く自分の指を咥えてベロリと舐める。
ツイッと引き出した指先と瑞々しい唇の間に透明な唾液が一瞬だけ糸のように繋がったが、その動きを瞬きもせずに見つめていたルガにすかさず咥えられ、じゅうと吸われた。
「足りない」
「知らない」
「噛みたい」
「あげない」
メイが眉を顰めながら名残惜しそうに舐り続けるルガの口から自分の指を取り戻す。
一瞬だけ互いの唾液に塗れた指に視線を落としたが、少し躊躇ってから上着の裾で適当に拭った。
「別に舐めてもいいのに」
「は?いいから仕留めてきなさいよ。危ないでしょ」
「チェッ」
迷ったような表情を揶揄うと辛辣な声で命令が返ってきたが、舌打ちしながらニヤリとルガは笑った。
一見すればメイと同じニンゲンなのに、彼女は自分の濡れた指をどうしようかと悩む時よりもあっさり排除しろと命じる。
実に冷静で端的で子供らしくて──素晴らしい。
ユルヴェストルル譲りの傲慢さを「子供のくせに」と思う気持ちはない。
むしろここで変な慈悲心を表して「あの人を助けて、お願い」と言われる方が困る。
自分のためにアレを『危険物』として処理しろと言われる方が、ルガにとっては単純明快で手軽な方法だった。
『ちょうどおなかすいてたんだよね。でもたりないかなぁ?もうちょっとでてきたらいいのに』
「あんまり変なの食べるとお腹壊すのよ?もうちょっと良い物食べなさい」
『はぁい。でも、いまはほんとにはらぺこだから……あれ、たべていい?』
「仕方ないわねぇ……」
ルガの体が獣人化し、思考も思念も幼く駄々をこねるのにため息をこぼしつつ、自分では同じモノを用意することなどできないし、現地調達して多少はルガが満たされればいいかと簡単に倫理観を放り出し、メイは長い黒髪をサラリと揺らして許可を出す。
「とりあえず好きにしなさい。他にも出てきたら、それもルガにあげるわ」
どうせ自分には何の役にも立たない。
腐った血肉が地面に吸収されてさらに瘴気溜まりになってしまうのは面倒だ。
しかもここは一見すると安全性の高そうな『公園』とかいう場所みたいだから、やはり『魔法使いの弟子』としては一般市民の安全とやらも守ってあげるべきだろう。
良いことをしたとメイが自画自賛しつつ頷く向こう側で、ルガは覚束ない足取りのアレに飛びかかり、振り下ろした腕でその頭部をパンッと軽く弾き飛ばした。
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