8-2 珍しい転校生(後)
魔法学校では、転校生は珍しくない。
だが、今度の転校生は極めて珍しかった。
「エルフですか」
「ダンピエ校から強制転校だそうですよ。もう手に負えないと」
「ウィルメット校長はなんとおっしゃっているのですか」
「生徒たちに危害が及ぶことは絶対にないように、と」
「それでも、通常の生徒と同様に授業を受けるのですね」
「ハーフエルフは何度か例があるものの、エルフというと勝手がわからない。それだからといって差別するわけにもいかないのでしょう」
トット先生は呆れたように言う。ウィルメット校長から、直々に任されてしまったのだから、受け入れるしかない。彼にはいくつか恩もある。
「トット先生のクラスならば、私の授業にも来るわけですか」
フルーリー教授はあくまでも穏やかな口調だが、そこには緊迫の感情が隠しきれていない。
授業の時間になって、やはりエルフは居た。
「見たところ杖があるようだから、何も困ることはないよ。ただなにかあったらすぐに言いなさい」
「では、二人一組になって。干渉魔法を行使するときには、必ず相手方の準備を確認することを忘れないように」
名簿を確認する限りでは、これでは一人余ってしまう。それは好都合だった。一般の生徒と関わらせなければ問題は起きまい。
しかし、ナディルはすでに居場所を得ていた。
シロクと、ローファンだ。二人とも成績は悪くない。特にローファンのほうは先のテストではかなりの強度で防御魔法を行使できていたはずだ。これなら、さほど危険もないだろう。
フルーリー教授は、生徒たちの演習を巡回しながら見守るようで、実際にはほとんどの神経を、三人組に集中させていた。
ゆっくりと、ナディルが右手をあげる。相対するのは、シロクのほうだ。
「しまったな」
つい声が漏れた。
ゆっくりと、彼らのほうに歩みを進める。魔法陣の質が、明らかに違う。あえて分類するならば、上級防御魔法に匹敵するだろう。シロクは腰が引けて、なんとか、というふうに干渉魔法を放つ。
「1分保てば、最高評定がもらえるらしい。試す意味はないかもしれないが……」
「わかった」
そんなことをしてしまえば、どんな悪影響があるかわからない。実際、シロクは体全身が強張って、通常の思考などできていないように見える。
フルーリー教授がシロクに近づいても、シロクはまったくその存在に気づいていない。仕方なく、教授はナディルの魔法陣に上級攻撃魔法を与える。とはいえ、この程度では破壊までは至らないだろう。
このときにようやく、シロクは教授の姿に気づいた。
「ナディルくんと言ったか
―――――(今すぐやめろ)
――――――――(人を殺すな)」
研究の過程で、最低限学んだエルフ語が、このような場で役に立つとは思わなかった。その言葉のあと、すっと魔法陣が崩壊した。ナディルはただ黙っていた。
「シロクくん。君の番だ」
「はい」
シロクはまだ、怯えていた。
シロクの演習が終わった。あんなことがあったのに、彼はナディルから遠ざかるどころか、心を通わせようとしているように見える。
フルーリー教授は、とっさのこととはいえ、本当に正しい判断だったのか悩む。
エルフたちは、母語がエルフ語ではあるものの、高度な魔法を駆使することで、習得しなくても人語を解することができる。しかし、どこまで行っても思考言語は母語のままで変わらない。
思考言語は、もっとも心に近く、伝わるスピードも段違いだ。だからこそ、すぐに伝わるというメリットの反面、ナディルを深く傷つけてしまったとも言える。それに、魔法学校の生活の中で、エルフ語を聞く機会もほとんどなかっただろうから、余計に驚かせたに違いない。
ナディルは泣いていた。
それが正しかったなど、言えるわけがない。
「私も、まだまだだ」
それでも、シロクは強かった。それに救われたのだ。
ナディルの笑顔は、そんなフルーリー教授をも赦しているかのようであった。
わたしの魔法世界 hibihi @omaehoihoi
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