7 自由の花
デミティア・ハースラーは、王都のある宿の受付嬢だ。冒険者を目指してやってきたけれど、どうにもパーティーには馴染めなかった。それで結局、幼いころに父親に連れられて旅した思い出と、漁るように読んだ本による知識で、各地からやってくる冒険者たちの話し相手を担っている。
とはいえ、不名誉なことではなかった。誰もが「王都の宿はデミのところに行きな」と言う。宿自体は庶民向けだけれど、旅好きの地方貴族でさえも、デミに会いに来るのだ。貴族向きの宿は別にあるから、選ばれることはないのだけれど、紹介すればいくらか報酬がもらえるから悪い話ではないのだ。
こういう庶民向きの宿に泊まるのは、何も冒険者だけではない。魔法学校の入学式のために、もしくは寮に居る友達に会うために、または観光にショッピングに……王都に用事のある庶民は、たいていデミのもとを訪ねる。
とはいえそういう目的で王都に来る庶民は、地方の有力者なのだが。
冒険者になる、と両親に言ったとき、女では危険すぎると止められた。それならば魔法学校に入りなさいというのだ。でもそれは性に合わない。少なくとも7年の間、狭い世界の中で閉じこもっているなど、デミにはできそうにもない。それで反対を押し切ったけれど、魔法使いではない女は、冒険者になかなかなれない。
たいてい、独りでいるデミのことを見て「うちに来ないか?」と言ってくるのだけれど、デミが旅好きなだけで、これといった特技のない、体力は女としては優秀かもしれないが、そこまで役に立つわけでもない……そんな微妙な存在であることに気づくと、だんだんと離れていく。
それでもなおパーティーにとどめようとするときは、たいてい女が欲しいというそれだけの理由だった。冒険者が甘くはないことを知らなかったわけじゃない。でも、自由に旅する夢を叶えられる場所ではないことを悟った。
酒場でどうしようかと一人で飲んでいるときに、王国の辺境クシャント地方のことを話す冒険者たちがいた。そのときは珍しく悪酔いしていたから、彼らの会話に入って思いのままに話した。そのあとはあまり記憶がないけれど、その知識を買われて受付嬢を任されている。
もう、4年になる。自由のために王都に来たと思ったら、楽しいけれど、ここは自由とは言えない。クシャント地方から来る人には、まだ一度も出会っていない。デミの出身はもう少し王都に近い、ダンピエ地方で、そこから訪れる者は何人も見てきた。
デミのことを気に入って求婚する者も居た。それに対して、クシャント地方の中でもさらにはずれの森にしか生息していない、藍色の花を綺麗なまま見たい、と答える。少し知識のある者ならば、それが不可能そのものであるとすぐにわかる。どんなに急いでも一週間はかかるのに、その花は摘んで2日もすればしおれてしまう。
「本当に実現したら、僕は本気だよ」
そんなことを言った冒険者は、今どうしているだろうか。デミは、自分から自由を捨てて、本当の願いを諦めている。パーティーに誘ってくれる冒険者も、何人も居た。王都に出たあのころに出会っていれば、人生は変わっていたのだろうか。
今年で20歳になる。魔法学校では、多くがこの年齢で卒業すると聞く。受付嬢という立場だから、と言い訳をしてお高くとまっている場合ではない。
夕方ごろになると、どっと人通りが多くなる。宿に訪れる者がいた。彼には、会ったことがある。
「久しぶりデミ! 覚えてる? 実は、これ。藍色の花を見つけてきたんだ」
不思議と覚えている。彼が求婚してきたのは2年くらい前だった。一目惚れだと言った。はじめは軽くあしらっていたけれど、あまりに本気そうだから、無理難題を与えて諦めてもらおうとした。
でもデミの前で、彼は藍色の花を持っている。ずいぶんと身体が汚れて、しかし顔つきは一段と男らしくなっている。花びらが藍色で、いくつかあるおしべのうち、1本だけがやけに長いのが特徴だ。今にもしおれそうだけれど、最後の力を振り絞るように、藍色の花はその美しさを必死に保っている。
「どうやって…….なにか魔法でも使ったのかしら?」
「そうさ……もちろん俺は多少の魔法しか使えない。でも、手伝ってもらっちゃいけないなんて、言ってない!」
彼は得意げにそう言う。だからといって、そうそう簡単にこんな難題をクリアできる魔法は存在しないはずだ。だからこそ、この「頼み」は意味をなしていたのだ。
でも、どうやったかなんて、どうでもよかった。
デミは、こんな自由な人がいるのかと、思った。この2年の間、デミに見せるために必死になって、ついになし得たのだ。それで本当に叶うかどうかも、わからないのに。それでも、達成した彼の表情は、この4年の間、出会った誰よりも、自由だった。
そんな彼が、羨ましい。
もし叶うのならば、彼と、自由の道を歩みたい。
「約束は、守らないといけないわよね」
「それって……!」
「この2年間の旅がどんなものだったのか、教えて。それで、私の夢を叶えてくれる?」
「もちろんだよ」
2年前、彼は宿に来ると泥のように眠っていた。でも、あまりに早く寝たから、夜中に腹を空かせていた。デミはたまたま、彼のことに気づいたから、食堂に余っていたありあわせの食材で料理を作った。彼は心の底から喜んで、寝ぼけた声で「君を自由にしてやりたい」とか言って……。
きっと彼は、その言葉を覚えていない。でも、デミにはずっと心に残っていた。本当は、ずっと待っていた。来てくれて、嬉しかった。
デミは王都に来て初めて、涙を流した。
それは幸せの味がした。
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