3 魔法石職人
新月の夜はどうにも調子が悪い。オウェインはぶつぶつと文句を吐きながら、それでも淡々と作業を続けている。薄暗い作業場に、ここしばらくずっとひとりでいる。金属製の杖はほとんどが錆びて、剥げてしまっている。
魔法石の錬成は、命を削る仕事だと言われている。寝ても寝ても、いつもどこか欠けている感覚がする。だからといってやめてしまえば、路頭に迷うだけだ。
今年で30になるオウェインには、8歳の娘がいる。彼女の笑顔だけが、彼を癒やす。でも最後に会ったのはいつだろう。きっと今ごろ、愛する妻のもとで眠っているはずだ。今夜もう少しだけ頑張れば、家に帰れるかもしれない。
「クソ、どうしてこう上手くいかないんだ」
魔法石は、魔力を結晶化したものだ。中核の金属粒にまとわせるように、魔力を注いでいく。魔法石の錬成は、魔法使いなら誰でもできるわけではない。あるサイズを超えると、ごく一部の魔法使いにしか作り得ないものとなる。その壁を超えられた者は、多くの場合、錬成の人生を歩むのだ。オウェインには、若い頃からその才があった。早死した父親を継いだこの作業場で、魔法石を作り続けている。
魔法石錬成の職人は、かつて誰もが憧れる夢の職業だった。錬金術とも言われるほど儲かる仕事だった。それなのに、魔法石の需要が減って、ただ辛い仕事と成り下がった。錬成技術が特に発展しないまま、魔法教育が普及してしまったからだ。
そんなことがあって、オウェインは魔法学校が嫌いだった。そして、そんな不甲斐ない自分がもっと嫌いだった。だんだん、家族のいる場所から遠ざかっていったのも、心が先に、閉ざされていったからかもしれない。
ここ数日は、ほとんど眠っていない。そもそもまともに休めるような場所ではない。揺れる灯火が、まるでオウェインの心を、命を映し出しているようだった。
寒い、寒い夜だ。魔力を注ぎ切ると、自然と眠気が襲ってくる。それについぞ耐えることはできなかった。
「――だいじょうぶですか?」
家族以外の、女の声を聞いたのはいつぶりだろう。目を開けると、別に死んでやしなかった。いつも見る作業場だった。彼女は、その背景に似合わない綺麗な正装を纏っている。
「あ、ああ」
「それはよかったです。オウェインさん、ですよね。お話があってお伺いしました」
ずいぶんと朝が早かった。もうすぐ商人が魔法石を買い取りに来る時間でもある。
「少しなら」
「そうですね。お忙しそうですから。単刀直入に申し上げますと、あなたに魔法学校の教師になっていただきたいのです」
「魔法学校だって?」
「はい。王都にある中央魔法学校の、錬成学を担当していただきたいと思っています」
「……すまんが俺には仕事があるんだ。王都なんて行っていたら身体がいくつあっても足りねえ」
「では、錬成業を辞めていただけませんか」
「魔法学校さまってのはそんなにお偉いのか」
女は魔法石の型のほうに歩いていった。
「おい、そっちは危ない」
「これで、一日いくつを?」
「クラス4を500個だ」
「……どうして、最新の型に変えないのですか」
「あれは一人じゃ扱えないんだろう。だから旧版しかダメなんだよ」
「これほどの実力があって、こんなにボロボロになって……ご家族がいらっしゃるのでしょう!?」
女はいまに泣きそうな表情を浮かべている。なにがわかるんだ、とは言えなかった。
「これが、あなたに対する教員採用の通知書です。文字は、契約まですべてご自分でやっているのですから、お読みになれますよね」
工場を継いですぐのころは、いくら値を上げたとしても売れるくらい需要があった。ただ魔法石を錬成しさえすれば、商人がすべてを請け負ってくれた。いつの間にか、立場が逆転した。どうにかして商人に売っていただけないかと、頼んでいる状態だ。だからオウェインは、錬成以外のことにも努力を欠かさなかった。子供の頃にろくに学ばなかった読み書きも商売も、完璧ではないけれど実用に足るくらいにはなった。
女にはすべてお見通しのようで、気持ちが悪い。でも、彼女はすべて本気のようだった。魔法学校からの差し金だとしても、ただの同情だとは思えなかった。久々に、こうして自分を認めてくれたような気がして、嬉しかった。それに、もう無茶ができるほど若くない。このままこんなことを続けていたら、娘のシリカに、妻のティファに、二度と会えなくなってしまうかもしれない。
「ありがとうな」
「え?」
「ここまで遠かっただろう。邪険な扱いをして悪かったと思っている。お礼だかお詫びだかわからないが、そこにある魔法石を持っていってもいい。俺にはこれしかない」
「私は魔法学校の職員である前に、魔法石のコレクターです。旧型の魔法石を見たのは本当に久しぶりで、それで少し舞い上がってしまいました」
「コレクターか。いつの間にか、そんな扱いになっていたんだな」
「鉱物からできた宝石とは違って、魔法石は儚い存在です。クラス4がクラス3ほどのサイズまで小さくなるのは、おおよそ20年と言われています。最後、中核だけが残るのは、その10年先。人の心を震わせるほど美しい魔法石は、作られた時代にしか見ることができない」
オウェインは、ぼうと彼女の言葉を聞いていた。語ってるときの目は、まるで宝石のように純粋で、綺麗だ。
「すみません。出過ぎた真似をしました」
「いや、いいんだ。こんなに魔法石を愛している人を見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。かつての絶頂期でさえ、誰もが儲かる道具としか見ていなかったしな」
「そんなことはありません。友人にも、同じようにコレクションしている人がいます。王都には、あなたが想像もしないような人が、きっとたくさんいると思います。いい人も、悪い人も」
女と話している間に、渡された通知書を流し読みしていた。どうやら家族とともに、王都のはずれに住むことができるらしい。
外から荷車の音が聞こえてくる。商人が訪れる時間だ。
「またご苦労さま……だけど今日で付き合いも終わりになるみたいだ」
「それは助かるなあ。最近儲け話を見つけてここらへんから手を引くことに決めていたんでな」
「そうかい。ここにあるのは全部持っていけ。代金はいらない」
「ありがたくもらっていくぜ」
女は静かに立っている。
「よかったのですか?」
「もともと在庫の魔法石は、取決めの量に足りてない。こうすれば、一度も約束を破らなかったことになるだろう?」
「そうですね」
女は笑った。
「名前を、教えてくれないか。お前さんが来てくれて、どうやら人生が変わりそうだ」
「たいそうなことはしていません。これもすべて、あなたの魔法石が導く運命なのですよ。
……わたくし王立中央魔法学校職員トット・シントロンと申します」
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