Ep.38 連邦と帝国

 家族が住む素晴らしく美しい豪邸が、やはり遠いものに見える。帝国の自宅だって、これには劣るが豪邸だった。それもまた、遠いものに見えた。本当に美しく、素晴らしいと言えるものを知ってしまったから。帝国にいた時は、そう思っていた。だが違った。


「やっぱり、俺は戦わなければならないな」


 友、愛人や家族のために己が命を賭す事、これよりも美しい行為はありはしない。自分がまた彼らのように美しくなるためには、このような美しい場所に生きるのはまだ相応しくない。形ばかり美しいのでは意味がない。


「長居し過ぎたかな」


 ここには友人と呼べるものはいない。だが、親しくなってしまったやつはいる。死んでほしくないような、その程度ではあるがそういう者もいるのだから。いささか居心地が良すぎた。死にたくないと思えるほどに。


 もう慣れたものだが、大きな扉を開いて、冬にもかかわらず温かいエントランスにまで駆け寄ってくれる二人の妹。


「ただいま」


 笑顔で手を引いて、皆が待つ食堂に連れられ夕飯を食べる。出来立ての、美味で美しい料理に舌鼓を打つ。極めておいしいものだ。きっと最高級の料理と交互に食したとしても違いが分からないほどに。料理の腕もいいが、材料も悪いものではない。帝国で暮らす者たちではいくら払おうが食べられない出来栄えだろう。


 携帯が鳴った。


「食事中」


 ライオスがニヤっと笑いながら注意してきた。マナーにうるさいとかではなく、単純に上げ足を取りたかったのだろう。そもそも彼らに携帯で連絡を取ろうとする者はいないだろうし、通知が来るという感覚が分からないのではないだろうか。


「悪い」


 家族でとる食事は害されたくなかったが、連絡元がまさかの総統だったから席を外す。


「なんです?時間外労働ですよ」


「出ろ、と命令した覚えはないよ。まあ、軍人でいながら連絡を無視することもできないだろうけど」


 そもそも目上の者から、総統の立場のものからの連絡を無視するなんてできないが、重要情報を逃すことになるかもしれないし、急遽会議が入るかもしれない。軍人は戦争時以外暇なのか?そんなわけもない。そもそもが常時戦争中なのだから。


「それで、用件は?」


「前の会議の話だけど、決まったよ。帝国がどう動くかは分からない。だけど、助けに行っておいで」


「―」


 少し考えた。レイズのことだ。レイズは最近、生き生きとしている。目の前の省へk知恵ある悪魔を討伐できたこと。連邦の力と勢力圏が増したこと。そして、総統がアウトキャストの戦力について興味があることで、帝国に出向くことが現実味を帯びていたからだ。だが、レイズの生きる目的が達成されてしまえば彼女は伽藍洞になってしまう。が、帝国に行くことはもはや彼女だけの夢ではない。


「総統、感謝申し上げます。拝命確かに受領いたしました」


 決まってしまった。悪魔と戦うよりも圧倒的に楽な戦だろう。この先、魔王の配下―いるかもわからないが―と戦うことになるならアウトキャストは戦力として必要だ。アウトキャストの前線で戦ってきた経験則と魔法の技術は連邦でも即戦力であり、一部隊級の戦力だ。詳細を軽く通話で聞き終えると総統は通話を切った。


「来てくれないだろうな。アウトキャストはあの戦場に誇りを持っている。道具と同じ扱いはな」


 食堂に戻る。俺以外は食事を終えたらしい。だが、皆自分の部屋に戻ろうとしない。部屋にはテレビもあればゲーム機だって用意されているのに。ケルトやライオスは暇さえあれば二人でゲームをしているはずだが。食事だけはいつも同じ時間を共有している。


「誰からだったの?」


「総統」


「仲いいよねホントに。もしかして―」


 ライオスがシルにたたかれる。


「ライオス!何言おうとしてるの!?」


 と小声で怒りながら。何を危惧しているのか分からないが、どうせ大したことではない。


「ご馳走様。―全員いるな?話がある」


 顔つきが変わる。立っていた者も全員席に着き、目を向けたのは俺だ。このタイミングにこの声色からして内容を察したのだろう。


「帝国に行くぞ」


「いつ!?」


 レイズが椅子を倒して立ち上がった。想像通りだ。彼女は逸る思いを戦うことで紛らわせてきている。そんなことがいつまでも続くはずがない。


「時期は決まっていない。何カ月先かもわからない。一年だってかかるかもしれない。だが、魔物の支配域を突破するんだ。準備はしておけ。今度は全員と話して帰ろう」


 誇り高く、意固地で明日のある生活に不安を感じる彼らを、連邦に連れてくることが救いであるなどと、口が裂けようと言えるはずもない。結局、連邦は彼らを戦力として見ている。モノのように、国から国へ輸出されるだけになるだろう。帝国民がアウトキャストの連邦市民を受け入れられるはずもない。連邦と帝国での扱いは、彼らアウトキャストにとって実害があるかどうかだけしか変わらない。


「で、帝国と国交を結ぶってことか?」


「それが一番難しいだろう。連邦は連邦で帝国を差別している。帝国に至ってはなおのことだ。アウトキャストを連れてくることの前提条件でもある。だが、総統ならできるはずだ」


 あれは、あれでカリスマだ。適当に見えて、先導者においてあれほどに素晴らしい逸材はいない。帝国市民を納得させることはできないだろうが、最低限アウトキャストをこちら側につかせることは可能だろう。そもそもアウトキャストは帝国に管理されていないのだから。


「そもそも帝国ってまだあるの?」


「ある・・・らしいぞ。衛生映像ではあの悪魔が帝国を攻めてからしばらくは大侵攻はなかったみたいだ。だが、悪魔を倒したから直ぐに帝国側に兵力が戻っているらしい。もって一年」


「変わらないね」


 帝国が亡ぼうが、どうでもよいことだ。俺が救いたいのは現実から目をそらす帝国民ではなく、現実を受け入れながらも抗うアウトキャストのみ。雨を待つ花よりも、日の光をより享受しようと葉を伸ばす花の方ならば、救われるに値する。


「これはあくまで勘だが、帝国は俺たちが着く前に滅ぶとそう思う」


「どうして?」


「少ないらしい。アウトキャストの人数が、想定していたよりも遥かに」


 凍り付く気配を感じた。少なくなるのは必然だ。奴隷商売のために産ませ、魔法の力があれば前線へ。擦り切れるまで使う。アウトキャストの数が増えるはずはない。だが、減少傾向に拍車がかかっている。考えられるのは、恐らくだが奴隷商売の衰退だ。つまり、買い手の激減。帝国は本土を魔物に犯されているに違いない。他に考えられるとしたら、最大戦力が連邦に流れてしまったこと。後者ならばその責任の所在は―。


「タイミング的に、俺のせいかもしれないな」


「それは違うよ少佐。貴方が国を出る時に、足を引っ張ったのは貴方の友達でしょ」


 レイズは食い気味に言ってくれた。それが、嬉しかった。だが、ライラックのせいでこうなったともいえるだろうが、其れのきっかけを作ったのは俺だ。


「あいつに教えたのは俺だ。きっかけを作ったのも俺だ。それでも、俺のせいでないと言ってくれるのか?」


「当たり前でしょ?」


「僕らは少佐を知っている。それに、白蛇がどんな奴かも知ってる。もし、少佐が思っていることが事実だとして、それを決めさせたのは少佐じゃないでしょ」


 ライオスが怒っているように言った。それに、救われた。


「イラっとした。もう聞くな」


「俺も、聞きたくない」


 涙が出そうなほどに感激した。涙は出なかったが。全員が怒っているのを感じる。それは俺の発言に対してだろう。そして、以外にも帝国へ対する怒り。


「それで、準備って何をするの?」


「俺たちは軍人だぞ。強くなるしかないだろ・・・と言いたかったが、久しぶりに会う同士に対する言葉も考えておくことだ」


「言葉?」


「ああ。俺もお前たちに対して何を言えばいいか、考えるのに5年はかかったぞ」


「少佐が五年!?―なら僕間に合わないかも」


「ライオスも少佐も、ってか男どもは口下手だからね」


 何も言い返せないのが、その証拠だ。望む言葉が分かっていても、伝え方次第で意味合いが変わってしまう。人間とは面倒なもので感受性がいささか豊か過ぎる。


「日が明ければ訓練だぞ。しばらく軍議に参加しなければいけない関係で前線には出れないからな」


 防衛に配属されていたが、仮の拠点は全て再確保した。再建も9割型終わっていると言っていい。連邦は史上最も防衛の硬い時代を迎えた。故だが、逸る気持ちを抑える方法がなくなってしまう。だから、良い感じに互いで発散してもらおう。


 ウィスターと知り合ったから、丈夫な訓練場は確保している。ありがたいものだ。


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