Ep.39 不穏

「ちょっと調整間違えてない!?」


「間違えていない」


 ライオスはケルトと戦っていた。訓練なので、殺さないように、ということはない。殺す気で戦え、と命じている。そうでなければ訓練にならない。ケルトは防御力が突出しているが、モンドと同程度の攻撃力もある。最もバランスの良い力を持っていると言える。


「がぁああ!」


「ちょっとモンド、もうちょっと耐えてくれない!?」


「無茶言うな!」


 モンドはレイズの、新たに契約した精霊たちにボコボコにされている。シルはフィンと模擬戦だ。拳銃で撃たれるのを、防御し反撃。それを避ける訓練だ。俺はウィスターと全力戦闘をしている。


「腕が上がりましたね」


「一回アレを経験すれば、感覚もつかめます」


「ただ、剣術ではまだ譲れませんよ!」


 また木剣がおられてしまった。ウィスターの剣戟はどれも拉げてしまいそうなほどに重い。肉体の使い方がうまいのだ。例えば筋繊維の一本でさえも操っているかのような。


「やはり、貴方の武術では一歩劣りますね」


 ウィスターの足元に鞭が絡まっていた。実力は互角。技術は総合的に見れば互角。スキルも互角。だが、殺し合えば俺が勝つ。魂喰らいの能力を使えば勝つことはできる。だが、訓練で起き上がれないようになっていては意味がない。


「ウィスター殿、いつ前線を退いたのです?」


「背中の筋肉が断裂して満足に剣を振るえなくなったのが15年前でしたかな」


「だと思いましたよ。気迫の割に威力が低い。治療の方法は?」


 これは半分負け惜しみだが。ウィスターは強いし、これで万全でないなどと信じられない。だが、それでも少し違和感は感じていた。


「ありますよ。100の命を引き換えに物体の時間を戻す魔法が。それでなければ私の呪いは解呪できない」


「なるほど、アンチマジックの呪いですか」


 肉体の修復だけならば、傷口を大きく抉り、そして治癒魔法をすればよい。アウラに頼めば欠損部位でも完全回復してくれるだろうし。そうなれば傷はいえる。だが、ウィスターの傷口はあまりに大きい。背中を大きく抉れば間違いなく死ぬ。ならば、肉体の時間を巻き戻しかないが、100の命が必要ならばそんな手段も取れない。そもそも呪いならば講じられることなどそうありはしない。


「全盛期ならば上位悪魔卿あのあくま程度、軽くひねってやれたものを」


「・・・ならばすでに死んだ魂からの修復は可能なのですか?」


 ウィスターが全盛期になるのならば、俺の持っている100の魂を代価にするのも悪い手段ではない。一時の効果を得るよりもかなり良いだろう。


「術者が居ません。どちらにせよ、終わりですよ」


「そうですか。ならば仕方ありません」


 ずっと刀を重ねて、全力で戦い続ける。一刀、また一刀、ウィスターに届くことはない。笑ってしまうほどに、剣技の差がある。こちらは万全なのに、あちらはすでに退役している身だ。正直に言って、かなり腹立たしい。


 戦って、戦い続けた先に幸せがあるとは思わない。幸せとは勝ち取るものだ。だから、これほど長く戦ってきた。自分で力を尽くした末によい未来をつかみ取るために強くなってきた。ウィスターが積み上げてきたその年月は到底、年齢や環境だけで説明して良いモノでも、覆せるものでもない。


「本当に強いですねウィスター殿」


「いやいや貴方もですよ。全盛ではないと言え、これほどの手傷を負うのは中々ありません」


 互いにあざだらけの体をアウラに癒してもらいに行く。何故か仲良くなってしまった。




 地獄のような稽古はアウラの魔力が絶えるまで続く。治癒ができなければ日常生活に支障が出るからだ。それに魔力を酷使することは、魔力量の増大につながるらしく悪いことではない。


 ポケットに入れた携帯に着信があった。見てみれば、いつの間にか追加されていた大統領からのものだった。激戦の中モニターは破損しているようだが。


「もしもし、稽古終わった?」


「終わりましたが、なんですか?」


「それがさ、デモ起こるみたいなんだよね」


 そんなノリで言っていいものではないよね?


 まあ、大体の原因は分かる。どうせ、アレだ。


「鎮圧できないレベルなのですか?」


「ええ、それが本当にヤバいよ。助けてくれない?」


「了」


 大統領からの勅令を断れるはずもない。とても淡々と話が流れていく。


「じゃあ、ちょっと会議に列席して。今すぐ」


「これから夕飯なんですが、勅令であれば致し方ありません」


 本気でいやだった。なにせ、団欒の場を妨害されるのだから、良い思いをするはずがない。これから先、ずっと何をしようともこの時間だけは大切なものなのに。


 同行していた彼らと別れを告げて、そのまま連邦軍居地に向かう。そしてすぐに義室に押し込められて、話し合いに興じた。


「来たね。それじゃあ話そうか」


 神妙な面持ちだった。通信していた時とは比べ物にもならない。


「今回のデモは首都、と言っても北東区にて確認されている。現状は武器の入手に動いているようだが、この壁内ですべての行動を秘匿することは叶わない。つまり、反乱勢力に武器を融通している者が内部に存在するはずだ」


 そもそも民間人が武器を手にすること自体がおかしな話なのだ。ここが魔物に対抗するために剣と魔法で戦わざるを得ない世界なのだとすれば冒険者が町中で武器を調達するということもあろう。だが、ここは文明国家であり銃器が主な世界でこれは脅威となり得る。


「悪魔、果ては魔王の手のものが内側から崩壊させようとしている可能性は?」


「ない、とは言い切れないだろう。利用された、そう仮定しても発端は帝国に軍を向けることの決定だ」


 やはりそうだったか。


 国としての在り方が人道に乗っ取たものであったとしても国民すべてが同意するとは限らない。帝国に軍を送ることの最低限の条件はまず、戦果を挙げることと目先の脅威を取り除くことだった。一つは、戦果を挙げていない状況で他国に軍を送るとなれば、「自国を優先すべきであるだろう」という主張と対立せねばならず国が二分する可能性があるから。もう一つは単に軍を送ることが困難な状況であるからだ。今はこの二つが達成されている。故に、国民の意見も大きく二つに分かれているのだ。


 内訳は賛成が7、反対が3と言った割合だが。ここは3億を超える人口を抱えている。其の三割のうちの数割でも反乱軍となれば大事なのだ。


「予測される反乱軍の規模は?」


「未知数だが、すでに中隊規模の武器が流れている」


 数百人規模の反乱軍、これだけを聞けば国防軍を使えば何とでもできそうに感じるが、手にしている武器を考えれば被害規模は予測できる範疇を超えると考えた方がいい。


「総統、武器の出所は判明しているのですか?」


 義室には数十の佐官と見たことのない、おそらくは治安組織の役職だろう。その中で初めて自分で質問した。なぜか総統が仕切っているのだが、それがこの国の形式らしい。


「それが、つい先ほど南東の防衛保管庫にあった帳簿と実際の在庫がちょうど合わないらしい。誰が手引きした?」


 ここにはすべての佐官と尉官がそろっている。整備局も含めてだ。国の武器庫から武器を拝借するなんてこと、それなりの位がなければ実現はできない。聞いたところ保管庫には鍵開けの跡や襲撃の報告はないらしい。だが、帳簿に残っていないとなると、保管庫の管理人の中にも手引きした者がいる。


「まあ、ここで犯人が名乗り出るなんて思っちゃいない。だが、戦力発起が確認された瞬間から、軍を動かす。国民に被害は出させない。先方はファイド、君だ。そして、勘違いしないでほしいのだが君たちに非があるわけではない。」


「ハ!拝命いたします」


 原因が原因だから仕方ない。それに、自分で歩く道を切り開いてもらうような彼らではない。自分の力で切り開いて生きてきたアウトキャストにとってはいつも通りのことだ。だが、相手が人間であること以外は。





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