Ep.30 進軍

 苦しい戦場はいつも通り。何なら前の戦場よりはだいぶマシ、と言ったような彼らを前に自分だけが怯んでもいられない。アウラは戦に怯えていたが、戦場に来ることを否としなかった。だから今ここで戦っている者たちを癒している。医療班として戦場に立っていながら、前線部隊に配属されている異常な回復役。


「アウラ、正直助かる」


 酷いケガをなおすのは日常的にこなしていなければ難しいものだ。アウラはファイドの怪我を治してきた経験があるので今更だが。それは技術的な話ではなく、精神的な話でもある。これは乗り越えられない者だっている。帰ったら目いっぱいに甘やかしてやろう。


「兄さん、帰ったらかわいいスケッチブックが欲しいです」


「オーケー、何冊だって買ってやる」


 にこやかに、こんな程度で轟音鳴り響く戦場から安堵させることなんてできるはずもない。だが、気を使ってくれているのだからそれに甘えさせてもらう。アウラは強い人間だ。本人が否定しても、この俺が肯定する。彼女は共に戦う彼女らと同じだけの強さを持っている。


「ライオス、魔物の群れはどうなってる?」


「ここから先はあんまりいないかな。って言っても数では圧倒的に負けてるけど」


「それはいつも通りだな。だが、損耗した軍でさっきみたいなことができるのか?」


「できなくはない。が悪魔がここに結界を張った以上、いつどこで魔法が飛んできてもおかしくないからな。固まっておくべきではないだろう」


 困る。悪魔の魔法に対抗できるのはアウトキャストの中でもケルトかレイズ。戦うならば全員がそれなりに時間を稼ぐ程度はできる。だが、実際意味はないだろう。攻撃を防ぐことができなければ軍は瞬きのうちに壊滅だ。


「ジュース中佐、ジェーン少佐、同時に両脇から進軍できますか」


 耳に付けた通信装置で後ろに控える二部隊に連絡を取る。


「できる、がこちらも損耗が激しい。正直貴官の部隊についていくことはできないぞ」


「では、二部隊で私の部隊の左側から目標へ進軍してください」


「了」


 突破力ではこれで拮抗する。だが結局、魔法の対策にはならない。二つに分け、リスクを分散することができればそれで満足した方がいいかもしれない。それに、そもそも悪魔の魔法が飛んでくるとも限らない。悪魔が築城した、ということは攻城戦に対し防衛戦を選んだということ。つまり、城に到達した瞬間が最も危険であるということ。そこに到達させないということはあり得ないだろう。


「いや、三隊を合わせ横隊で進撃しましょう。それを大きく二列に分け、後列に主力部隊と援護を任せます」


「正気か?それで魔物の軍を突破できるとでも?」


「不可能ではありません。それに速度重視とは言いますが、一発で瓦解するほど軟な魔力結界でないならば、確実に到達し破壊することが最優先です。悪魔の魔法一発で全滅なんて笑えません」


「軍としては異常だが・・・まあいい。だが、前衛は戦車隊に任せよう」


「「了」」


 後方から、魔物の軍勢を蹴散らしてきた戦車隊の一部が合流したらしい。俺たちの部隊は最前線であり、戦車隊が追い抜いていくまでは待たなければならない。


「モンド、土魔法でこの砦を最低限修復してくれ。ここに戦車隊を一部駐留させる」


 敵の作った砦だが、これを利用しない手はない。爆薬のせいでかなり大破してしまっているがモンドの魔法があればすぐに修復できる。正確に言えば彼の隊を使えばだが。


「了」


 戦車がこの砦から全方位を狙えるようになれば数キロ先までは援護が見込める。さらに、まだまだ後方には魔物の軍勢が絶えず進撃している。これは危機的状況であるわけではなく、近代兵器のおかげで前線は維持し続けている。


「戦車連体連隊長代理キュレク大尉です。戦車6台、高射砲10機、自走榴弾砲15機現着いたしました」


「想定していた以上に多いな。大尉、高射砲、自走榴弾砲を10機ずつおいてきてくれ。残りは共に目標の破壊に向かう」


「了。連隊長より、この隊の指揮権をファイド少佐に移譲するよう申し付かっておりましたので、私は遊撃隊の指揮を執ります」


「任せた」


 キュレクから借り受けた戦車、対する補給車は5台。補給が間に合わないから、戦車隊は片道分の弾薬しか持っていけない。ただ、それは俺たちだって同じことだ。ただここは平和を尊び平等を謳う理想郷のような国だ。俺たちを救うための後続部隊が編成されることは出撃の時点で決まっていたことだ。


「進軍!」


 戦車隊を最前衛に据えたとして、集団の地上戦力に対し戦車一体では不利な場合が多い。通常の多対一であれば戦車に優位性があるだろうが、ここは魔物の支配域。戦車一体に全方位から数百の魔物が押し寄せたのでは直ぐに崩壊する。故に、戦車隊が最前衛でありそのすぐ後ろに歩兵隊が連なる。速度は魔装のおかげで早く保つことができるし、遠距離魔法も使えるよう練兵されている関係で悪くない。


「広がり過ぎじゃない?」


「悪魔の魔法範囲を見れば妥当だろ」


 戦車は集結させた方が強い。それは当然のことだ。だが、指揮官を狙い撃ち周囲を吹き飛ばすことを目的とすれば持て余すこともない。それでも、100メートルに一機しか配置できていない。無論、その間には自走榴弾砲を走らせている。それでも、戦力差は覆らない。


「これで押し込めてるんだから連邦の装備は優秀ね」


「威力が高いからな。それに練兵も申し分ない」


 俺たちは二列目だ。厳格に言えば、戦車隊と歩兵隊の後に控えるもう一列の歩兵隊だ。最も、歩兵隊は五列塊で動いているので大きく分けて、という枕詞が必要であるが。


「これで三度目か」


「私はまだあってないよ」


「私も会ったとはいいがたいよね」


 モンドの嘆き。モンドは初めの襲撃の被害を受け、ファイドと直接戦い、これから討伐しに行く。フィンは、一度だって被害を受けたことはない。そして、レイズも魔法を受けはしたが姿を見たことはない。悪魔との戦いは姿を認識する前に負けていることが多い。実力差がありすぎるから。


「少佐は会ったんだよね。どんな怖い奴だった?」


「雰囲気はウィスターみたいな紳士だったぞ?ただ、人間をなめている感じがするな。かなりウザい」


「それで負けてたらいい笑い話だよね」


「あいつ、次は絶対本気で来るぞ。フィンもなめてたら瞬殺されちゃうかもな」


 前回の戦いを思い返しても、やはり違和感は残る。魔法を使わせた、とあれは言っていたが、そもそも反応していたくせに対処しなかった。あれはきっと本気のその末端すら発揮していなかった。会敵しても勝ち目は薄い。


「全員で戦ってもか?」


「悪魔の攻撃は当たれば即死だが、こっちの攻撃はあれの結界も破れない、って感じか。レイズの魔法が通じれば勝ち目もあるかもしれないが」


「私の魔法?正直自信ないよ」


「少佐は奥の手とかないわけ?私たち死にに行くようなモノじゃない」


「奥の手はあるが、ここにいる奴らはほとんど死にに行くような奴らしかいないぞ」


 退却は意味がなく、向かう先にいるのは悪魔。平然としてられるのは、アウトキャストたちだからだ。兵士の一人一人は怯えているものだっている。先の魔法攻撃で戦意を削がれた者だっていた。ゼルフィレイド部隊にいる者の中でこれが初陣となるのはフィンとアウラだけだ。そのほかは皆練兵に実戦を重ねた実力者揃い。だが、この戦が終わったころに一人でも生き残っているだろうか。


「だが、ここで勝てば人類の英雄になれるぞ?」


「帰ったらちやほやされるよね」


「褒賞金で豪邸建てられるかも」


 そんな他愛もないような会話をわざわざ中隊の通信で話すのは士気が上がるからだ。自分たちよりも幼い、我が子の年齢と重なるような兵士もいる中で、子供が意気揚々と戦おうというのだから怯えてもいられない。とはいえ、士官校に通っている中で成人したものが多く、未成年はフィンとアウラだけだ。


「総員結界展開。直ちに退避行動をとれ」


 中空に魔法陣が3つ、広範囲に炎が降り注ぐ。いち早く感じ取れたのは行幸であり、俺の隊は損耗が0。ただ、一列目戦車2台大破、歩兵130余人死滅。


「本当に人間が全滅していないのは戯れにすぎないんだね」


「一度に三つか、まだまだ余裕はあるだろうな」


「これ本当にヤバいね」


 悪魔の魔法に流石のアウトキャストたちも嫌な汗を流した。一発の威力が自分とは比較にならないほどに高い。さらに、これが片手間に放ったものだろうと推測されるのが気に食わない。


「知ってるか?500年前の人間には同じようなことができたやつらが居たらしいぞ。いつかお前たちもそうなってもらわないとな」


「無茶言うな」


 実際に歴史には人知を脱したような力を持った人間がいた。都市壊滅だって可能な魔法をいくつも扱えるような魔法師がごろごろと。今はそれが悪魔や魔物の軍勢によって殺されたり寿命によって逝去したようだが。

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