Ep.31 再会
過去にいた最強と肩を並べられるのならば何人かはその域にいる者が居てもおかしくはない。だが、連邦最強のウィスターは確かに強いが、史実に残るほどの英雄と比べるべくもない。きっと世界が変質しているのか、環境の遷移のせいか、今は強者が現れにくいのではなかろうか。現在よりも過去の方が過酷な状況であったのではなかろうか。
「それで、結構被害出てるけど?」
「引くわけにもいかないだろ?」
「そうだよね」
いろいろ思うところはある。連邦市民は偽善者であり、同情してくる少し目障りな相手である。誇りに生きた人間が憐みの視線を心地よいと思うはずがない。が、死んでほしいとか、いなくなればいいのにとかは全く思わない。それどころか、自分たちに希望を託して死んでいく彼らの丸投げのような行動にも、誇りが確かに存在する。それを知っているというだけだ。
「任せろ、って言えればかっこいいのかな?」
「ライオスはそんなこと考える前に体つきを見直すところからだな」
「モンドはデリカシーを覚えるべきだね」
笑いながら、常に平常心を崩さない。たとえ目の前が焦土に変わるほどの魔法で焼き尽くされようが、仲間がどれだけ死のうが。心は痛み、憔悴するも怯みはしない。これこそ日常だ。連邦に保護され遠ざけられようとした日常が戻ってきただけ。だが、あの戦場と同じではない。今は隣を歩く者が多い。
「そろそろ頃合いだな」
軍勢に対抗するために軍勢を率いてきた。だが、軍は瓦解しつつ前進を続ける。速度は低下している。もはや隊列の意味はない。ならば主力だけを集め特攻するのが吉ではなかろうか。主力はゼルフィレイド部隊だ。ここまで自分の命令で進ませておいて、他二隊を見捨てる判断をするのは忍びないが、そうしなければすべてが終わる。
「両隊長、私の部隊で突貫します。私たちが戻らねば今作戦は―」
「任せろ、帰り道くらいは作っておく」
即答だった。ジュースは戦況をよく管理して、この戦争での勝利条件と状況の天秤を正しく把握していた。もちろん、損耗率からして直ちに撤退するほうが良いが、それをすれば連邦が崩壊し億近い人数が蹂躙される。たかが千足らずの人間が死ねばそれを防げるのだとすれば、喜んで生贄になる。それが連邦で、この世界で軍人となるという覚悟だ。
「了」
レイズとモンドの部隊が前線を作る。鋒矢の陣を形作る。一点突破にはもってこいだが、後ろからの衝撃にはめっぽう弱い。だが、頼りがいのある二部隊が後ろを守ってくれるというのだから後顧の憂いはない。もし失敗したとしても、突破力が減退しない限り後を追う魔物がいたとしても振り切れる。
「全員止まって!前方に超高魔力反応。魔力砲台、起動してるよ」
「ゼルフィレイド中隊より報告、魔力砲台起動。壁上戦力は警戒さ―」
頭上をまるで大木が横たわっているかのような厚みのあるレーザーが壁に向かって飛来する。間違いなく悪魔の魔法よりも威力は桁違いに高い。最も見たことのある悪魔の魔法は手加減されたものだったが。
壁を覆うように張られた強固結界に直撃し、数キロ離れているこの場所ですら轟音が鳴り響く。衝撃波すら届くほどのバカげた威力に、瞠目した。人間が作り出した武器、連邦にはない超技術によってもたらされたこの兵器が魔物に奪い取られたのだとすれば、その国は一体何に滅ぼされたというのか。
「これがあって負けたってどういうことよ?」
「想定以上だな」
「何相手に撃つの?」
これをまともに受けて生きていられる生物がいるとも思えないが、これを使用して負けたということはこれを凌駕する何かがあったということだ。
「損耗率は軽微なれど結界が破壊されました。砲台換装まで凡そ二時間。それまでに破壊を試みてください」
「了」
「結界硬いな!」
人間という種族はなんだかんだ言って強いのではないだろうか。そうでなくてはすでに滅びているのだが。技術が生来の化け物に迫る威力を発揮するとは同じ人として誇らしい、と思うが生身で同じようなことができる悪魔が異常なのだと再認識してしまう。連邦の結界が硬いのは数百年間蓄積された魔力を使っているからだが、それが一撃で破壊されたということはこれが壁面に直撃すれば致命的な損害が発生するということだ。
「フィン、ここから狙撃できるか?」
「余裕だよ」
「じゃあこれお願いね」
フィンの華奢な体に、不釣り相な装甲車すら破壊する威力を誇るスナイパーライフルだ。それを彼女のスキルによって威力も精度も底上げする。
「大きいよ!支えてね兄さん」
「こっちお出で、さっさと終わらせよう」
フィンが必要以上に近づいてきたが、今は敵中にありながら余裕がある。もちろん進みながらだが、中核に居れば敵とまみえることも少ない。
「よいしょ!」
可愛らし気な掛け声とともに一発、また一発と撃つ。まるで流れ星のような軌道を描きながら、見た目以上の威力を誇る恐ろしい攻撃だ。
「よし、もういいぞ」
ほんの少しして、轟音が響く。
「着弾してないね。周囲の敵には当たってるけど、結界が張られてるみたい」
「仕方ない。隙を見つけて打ち続けろ」
あまりもたもたとしているとレイズ達先陣に置いて行かれる。なので遅れないように走る。目の前の敵を切りながら進むのもそろそろ飽きてきたが、かといって悪魔と戦いたくはない。
「見えたよ!」
ライオスとレイズの声、それを皮切りに全員が咆哮を上げて一層早く突き進む。
「かった!」
レイズが魔法を放ち、ライオスが魔法を放ち、結界を破壊しようとするが無傷に終わる。遅れて到着した俺も、モンドも結果は同じ。そのあとで合流した誰もが結界を破れない。ただの魔法では破れないのだとすれば、立ち往生するしかない。だが、流石に時間はかけられなくなってきた。
「シルが制御、ライオスは援護ね。残り全員で魔法を使え。シル、結界を穿てるか?」
「この人数の魔力を制御するの?難しいけど・・・できなくはないわ、多分?」
最後に保険を掛けるのは、シルの慎重な性格のせいだろうが、俺は確信している。
ケルトやモンド、レイズはもちろんフィンの魔力も使う。魔力の供給程度ならば問題はないのだ。結界を割る事さえできれば、砲台の破壊は可能だ。それは物理的に可能なだけで現実的に可能であるという話ではない。
「3・・・2・・・1・・・でやるぞ」
打ち合わせのつもりだったが、魔法は射出されてしまった。
「ややこしい!」
「紛らわしい!」
と言われてしまったが、結界はたった一人分の隙間でも開けることに成功した。だが、一部を破壊できれば修復される前にそこから広げればよい。
刀をねじ込んで、ぐりぐりと広げる。ヒビが広がって、砕けた。鉄製の刀が折れ曲がったので近くにいた兵士から刀を借り受ける。別に替えの武器は持っているのだが、兵士が直々に刀を差しだしてきたので有難くもらう。
「うわぁ、使い方・・・」
「仕方ないだろ硬いんだから。それよりはやく入れよ」
一泊遅れて、なだれ込む。中には当然、大量の魔物が居た。モンドの広範囲魔法によって、空間を作り、陣形を形成。初めはモンドやレイズの範囲魔法が使えるものだけを入れた方が効率がいいが、それよりも速度優先だ。
「砲台あったよ!あの・・・なにこれ」
魔物から視線を上げてみれば、そこはまるで古代都市のような様相をしていた。石造りの拠点。最前線にある急場をしのぐための城の完成度ではない。本丸、二の丸、例を挙げれば、こういった区分すらある。砲台があるのは本丸、城と呼ぶにふさわしいその建物の頂上にそびえていた。背は高くないが、二階建てであり城壁もある。城壁の上からは弓が飛んでくるし、門兵も控えている。完全な籠城の構えに見えるが、悪魔の存在は未だ確認されていない。
「これ魔法で加工されているよ、城は壊せない」
硬度が違うらしい。確かに、魔物が作り上げたにしてはきれいすぎた。悪魔の趣味全開の、悪魔が作ったものなのだろう。
「ヤバいな、砲台光ってない?」
「魔法で無理やり砲身が冷やされてる」
「換装じゃなくて冷却?直ぐ撃たれるよ」
砲身の換装による冷却時間のリセットを選ぶと判断していた。これには理由があり、急激な温度変化に耐えられるはずがないため、魔法による強引な冷却はしないと判断していた。代わりの砲身があったとしても、次弾に控えさせるため自然的に冷えるのを待つと考えられたのだ。
「届くか?」
「無理だね」
「報告します。砲台に高魔力反応感知」
最低限だが、こちらも余裕がなくなってきた。戦力差があまりに圧倒的過ぎて、損耗率が激しい。既に残っているのは100を切っている。
「砲台はケルトとライオス、シルに任せる。フィンとアウラは二隊の援護。残りは悪魔だ。―出たぞ」
空、悠然と舞い降りるように現れた悪魔。それは神々しくありながら禍々しい。圧倒的な力の権化が今眼前に、悪魔らしい両翼を動かしながら不敵に笑い降り立った。
「随分と様子が変わったな。イメチェンってやつか?」
「貴方も死んだと思ってましたが、人間をやめたのですか?」
「やめてないから激痛だったわ」
「私も今悪魔になったわけではありませんからね。いやね、前回私は負けを認めて主のもとに帰ったのですが、叱られてしまいまして。許していただくためにあなた方を亡ぼさねばならないのですよ」
飄々と話しているが、これよりも圧倒的に強い上がいるという事実がすでに恐ろしい。こいつはこいつで悪魔の中で上位種だ。始祖と呼ばれる者も少なからず重要視はしているのだろう。
「レイズ、モンド、勝てるか?」
「三人で相打ちがやっとだね」
「少佐は勝てるのか?」
「戦える、と言うしかないな」
装備を整える。全員が戦闘準備を整え、構えた瞬間に戦闘は始まった。
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